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お姉様に譲ってあげなさい
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数日後、私が自分の部屋に戻ると、クローゼットの前に見慣れない人影があった。
母と、そして婚約者であるはずのカイル様だ。二人は勝手に私のクローゼットを開け、中を物色していた。
「あ、リリア。ちょうど良かったわ。このブルーの夜会服、あなたには少し大人っぽすぎると思っていたの。エレナに譲ってあげなさい」
母が事も無げに言ったのは、来月の私の誕生日に合わせて仕立てたばかりの新作だった。
「……お母様、それは私の誕生日のために新調したものです。お姉様にはサイズも合いませんわ」
「あら、エレナは今、心労で少し痩せてしまわれたから大丈夫よ。それに、今のあなたにはそんな華やかなドレス、必要ないでしょう? エレナは明日、カイル様に誘われて庭園散策に出かけるのよ。気分転換が必要なの」
私は、隣に立つカイル様を凝視した。
庭園散策。それは、先日の観劇をキャンセルされた代わりに、今日、私と行くはずだった約束ではないか。
「カイル様、今日の私との予定は……?」
「ああ、リリア。すまない、言い忘れていた。エレナ嬢がどうしても外の空気を吸いたいと言うのでね。君はいつも屋敷の仕事で忙しそうだし、僕が彼女に付き添うことにしたんだ。……それより、このドレスを彼女に着せてあげてくれないか? 彼女、自分の服を見ると伯爵家での辛い記憶が蘇ると言って、泣き出してしまって」
カイル様の目は、一点の曇りもなく「善行」を積んでいると信じ切っている。
不貞で追い出された女が、妹の婚約者と、妹のドレスを着てデートに行く。その異常さを、この家の誰も、私の婚約者さえも理解していない。
「……断ります。それは私のものです」
「リリア! なんて我儘なの!」
母が鋭く私を叱りつけた。
「エレナはすべてを失って帰ってきたのよ? 婚約者も、地位も、着るものさえも! たかがドレスの一着や二着、貸してあげるのが妹の慈悲でしょう。あなたはいつもそうやって、自分のものに執着して……。姉の可哀想な境遇を、少しは自分のこととして考えられないの?」
「私が失ったものはどうなるのですか? 婚約者との時間も、大切にしていた思い出も、今こうして勝手に部屋に入られるプライバシーも……すべてお姉様のために差し出せとおっしゃるのですか?」
私が声を震わせて訴えると、カイル様が溜息をつき、一歩前に出た。
「リリア。君のそういう『被害者意識』が、エレナ嬢を追い詰めているんだ。彼女はさっきも言っていたよ。『リリアが怖くて、邸に居づらい』と。君が冷たい態度を取るから、彼女は家の中でも怯えている。……このドレスを譲ることは、君の謝罪の印だと思ってはどうかな」
謝罪。浮気をした姉が、その事実を指摘した私に「怯えている」と言い、私は彼女の機嫌を取るために捧げ物を出せという。
視界が怒りで白く染まりそうになった。
だが、その時、部屋の入り口にエレナが姿を現した。相変わらず弱々しく、今にも折れそうな花のような風情で。
「……リリア、ごめんなさい。私のせいで喧嘩しないで。……ドレスなんて、私、いらないわ。古ぼけたボロ布を着て、隅っこで震えていればいいのよ……ううっ」
「エレナ嬢! そんな悲しいことを言わないでくれ!」
カイル様が素早く彼女の肩を抱き寄せ、優しく頭を撫でる。
母もまた、「まあ、可哀想に!」と姉の手を取って慰め始めた。
三人の中心で、手厚く保護される姉。その輪の外で、自分の部屋なのに居場所のない私。
エレナは、カイル様の胸に顔を埋めながら、睫毛の隙間から私を見た。そこには、明白な嘲笑があった。
(ほら、みんな私の味方。あなたの居場所なんて、どこにもないのよ)
声にならない嘲笑が、私の鼓膜に直接響いた気がした。
「……もう、結構です」
私は、クローゼットからそのブルーのドレスを乱暴に引き抜き、カイル様の手に押し付けた。
「差し上げますわ。ドレスも、宝石も、何もかも。お姉様によく似合うことでしょう――他人のものを奪って飾るのがお好きな方ですから」
「リリア! 言葉が過ぎるわ!」
「……失礼いたします」
母の怒声が廊下まで追いかけてきたが、私は振り返らなかった。
涙は出なかった。ただ、胃の奥が焼けるように熱い。
私はそのまま、屋敷の裏手にある図書室へと向かった。そこには、私が個人的に雇っている「調査員」への手紙が届いているはずだ。
お姉様、あなたは忘れているようだけど。あなたが伯爵家を追い出された時の「捏造された」という証拠。それを集めて伯爵に突きつけたのは、私だということを。
あなたが浮気に溺れている間、私がどれだけ泥を被って家を守ってきたか。その「強さ」が、今度はあなたたちを地獄に叩き落とす力になることを、教えて差し上げます。
「……カイル様、あなたも同罪ですわ」
私は、震える手でペンを握り、伯爵家時代の知人――お姉様の不倫相手だった騎士の、現在の潜伏先を書き記した。
私は、完璧に「冷たい妹」を演じきってあげることに決めた。
______________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
母と、そして婚約者であるはずのカイル様だ。二人は勝手に私のクローゼットを開け、中を物色していた。
「あ、リリア。ちょうど良かったわ。このブルーの夜会服、あなたには少し大人っぽすぎると思っていたの。エレナに譲ってあげなさい」
母が事も無げに言ったのは、来月の私の誕生日に合わせて仕立てたばかりの新作だった。
「……お母様、それは私の誕生日のために新調したものです。お姉様にはサイズも合いませんわ」
「あら、エレナは今、心労で少し痩せてしまわれたから大丈夫よ。それに、今のあなたにはそんな華やかなドレス、必要ないでしょう? エレナは明日、カイル様に誘われて庭園散策に出かけるのよ。気分転換が必要なの」
私は、隣に立つカイル様を凝視した。
庭園散策。それは、先日の観劇をキャンセルされた代わりに、今日、私と行くはずだった約束ではないか。
「カイル様、今日の私との予定は……?」
「ああ、リリア。すまない、言い忘れていた。エレナ嬢がどうしても外の空気を吸いたいと言うのでね。君はいつも屋敷の仕事で忙しそうだし、僕が彼女に付き添うことにしたんだ。……それより、このドレスを彼女に着せてあげてくれないか? 彼女、自分の服を見ると伯爵家での辛い記憶が蘇ると言って、泣き出してしまって」
カイル様の目は、一点の曇りもなく「善行」を積んでいると信じ切っている。
不貞で追い出された女が、妹の婚約者と、妹のドレスを着てデートに行く。その異常さを、この家の誰も、私の婚約者さえも理解していない。
「……断ります。それは私のものです」
「リリア! なんて我儘なの!」
母が鋭く私を叱りつけた。
「エレナはすべてを失って帰ってきたのよ? 婚約者も、地位も、着るものさえも! たかがドレスの一着や二着、貸してあげるのが妹の慈悲でしょう。あなたはいつもそうやって、自分のものに執着して……。姉の可哀想な境遇を、少しは自分のこととして考えられないの?」
「私が失ったものはどうなるのですか? 婚約者との時間も、大切にしていた思い出も、今こうして勝手に部屋に入られるプライバシーも……すべてお姉様のために差し出せとおっしゃるのですか?」
私が声を震わせて訴えると、カイル様が溜息をつき、一歩前に出た。
「リリア。君のそういう『被害者意識』が、エレナ嬢を追い詰めているんだ。彼女はさっきも言っていたよ。『リリアが怖くて、邸に居づらい』と。君が冷たい態度を取るから、彼女は家の中でも怯えている。……このドレスを譲ることは、君の謝罪の印だと思ってはどうかな」
謝罪。浮気をした姉が、その事実を指摘した私に「怯えている」と言い、私は彼女の機嫌を取るために捧げ物を出せという。
視界が怒りで白く染まりそうになった。
だが、その時、部屋の入り口にエレナが姿を現した。相変わらず弱々しく、今にも折れそうな花のような風情で。
「……リリア、ごめんなさい。私のせいで喧嘩しないで。……ドレスなんて、私、いらないわ。古ぼけたボロ布を着て、隅っこで震えていればいいのよ……ううっ」
「エレナ嬢! そんな悲しいことを言わないでくれ!」
カイル様が素早く彼女の肩を抱き寄せ、優しく頭を撫でる。
母もまた、「まあ、可哀想に!」と姉の手を取って慰め始めた。
三人の中心で、手厚く保護される姉。その輪の外で、自分の部屋なのに居場所のない私。
エレナは、カイル様の胸に顔を埋めながら、睫毛の隙間から私を見た。そこには、明白な嘲笑があった。
(ほら、みんな私の味方。あなたの居場所なんて、どこにもないのよ)
声にならない嘲笑が、私の鼓膜に直接響いた気がした。
「……もう、結構です」
私は、クローゼットからそのブルーのドレスを乱暴に引き抜き、カイル様の手に押し付けた。
「差し上げますわ。ドレスも、宝石も、何もかも。お姉様によく似合うことでしょう――他人のものを奪って飾るのがお好きな方ですから」
「リリア! 言葉が過ぎるわ!」
「……失礼いたします」
母の怒声が廊下まで追いかけてきたが、私は振り返らなかった。
涙は出なかった。ただ、胃の奥が焼けるように熱い。
私はそのまま、屋敷の裏手にある図書室へと向かった。そこには、私が個人的に雇っている「調査員」への手紙が届いているはずだ。
お姉様、あなたは忘れているようだけど。あなたが伯爵家を追い出された時の「捏造された」という証拠。それを集めて伯爵に突きつけたのは、私だということを。
あなたが浮気に溺れている間、私がどれだけ泥を被って家を守ってきたか。その「強さ」が、今度はあなたたちを地獄に叩き落とす力になることを、教えて差し上げます。
「……カイル様、あなたも同罪ですわ」
私は、震える手でペンを握り、伯爵家時代の知人――お姉様の不倫相手だった騎士の、現在の潜伏先を書き記した。
私は、完璧に「冷たい妹」を演じきってあげることに決めた。
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