9 / 22
無意識の執着
シシリー伯爵家の応接室。再会した瞬間、テリーは椅子を蹴立てて詰め寄ってきた。
「ジェシカ! ああ、ジェシカ……! 生きていたんだね! どんなに心配したか……!」
彼は私の肩を掴もうとし、私が怯えて身を引くと、芝居がかった仕草で天を仰いだ。そして、あふれ出した涙を拭いもせず、朗々と語り始めたのだ。
「覚えているかい? 君が初めて我が家に来た日、慣れない台所で指を切って……。泣き出しそうな顔をしながらも、俺のために一生懸命スープを作ってくれた。あの味は今でも忘れられないよ」
テリーの瞳に、懐かしむような色が宿る。彼は自分の言葉に酔いしれるように、次々と「思い出」を掘り返していった。
「君はいつも、俺が仕事から帰ると玄関まで走って迎えに来てくれたね。泥だらけの騎士服を、文句一つ言わずに一晩で真っ白に磨き上げてくれた。……ああ、そうだ。給料日には、俺の好きな酒と肉を必ず用意してくれて……君は自分の分を減らしてまで、俺に『お疲れ様』と言ってくれたじゃないか」
語れば語るほど、テリーの声に熱が帯びていく。
それは、『失踪していた妻との再会を喜ぶ心優しい夫』としての「演技」として始まったはずだった。しかし、口に出していくうちに、彼の中に眠っていた「傲慢な充足感」が呼び覚まされていく。
「ジェシカ……君は、俺が何をしても笑って許してくれた。夜遅くに帰っても、暗い部屋で一人、俺の帰りを待っていてくれた。あの家にはいつも君がいて、俺の世話を焼いて……」
テリーはふと、言葉を失った。
ミレイヌと暮らし始め、家の中がゴミ溜めになり、食事も出てこず、罵声だけが飛び交う今。それと比較して初めて、彼は気づいてしまったのだ。
(ああ、そうか……。俺は、あの時、幸せだったんだ。俺を全肯定し、無償で尽くし、すべてを捧げてくれる女がいた……。あんなに心地よい場所は、他になかった)
彼の中に芽生えたのは、愛ではなく、「自分を甘やかしてくれた唯一の存在」への強烈な執着だった。彼はジェシカを愛していたのではない。ジェシカに傅かれている自分自身の境遇を愛していたのだ。
「ジェシカ、帰って来てくれたんだろう! 俺たちの幸せな家に帰ろう!」
必死な形相で縋り付こうとする男を、私は一歩引いた場所から、冷ややかな、完全なる「他人」の瞳で見つめた。
「……申し訳ありません。あなたが仰っていることは、まるで別の世界の物語のようですわ」
私の声は、鈴の音のように清らかで、そして残酷なほどに感情が欠落していた。
「お話を伺う限り、その『ジェシカ』という方は、随分とあなたに都合よく扱われていたのですね。……私には、到底耐えられそうにありませんわ。そんな生活」
「……っ!?」
テリーの顔が、衝撃で引き攣った。
彼が「幸せ」だと言い切った思い出の正体は、私にとっては「搾取」そのものだったのだ。彼が懐かしむスープの味は、私の指の血が混じった絶望の味。彼が語る真っ白な騎士服は、私の睡眠時間を削って削り出した、血の滲むような労働の成果。
「どなたかは存じませんが……私を、その『ジェシカ』という不幸な女性と重ねるのは、おやめになっていただけますか?」
トドメの一撃に、テリーは呆然と立ち尽くした。
彼がようやく気づいた「幸せ」は、もはやどこにも存在しない。彼が求めているのは私ではなく、彼を甘やかす「都合のいい幻」でしかないことを、私はこの場で突きつけてやったのだ。
__________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
「ジェシカ! ああ、ジェシカ……! 生きていたんだね! どんなに心配したか……!」
彼は私の肩を掴もうとし、私が怯えて身を引くと、芝居がかった仕草で天を仰いだ。そして、あふれ出した涙を拭いもせず、朗々と語り始めたのだ。
「覚えているかい? 君が初めて我が家に来た日、慣れない台所で指を切って……。泣き出しそうな顔をしながらも、俺のために一生懸命スープを作ってくれた。あの味は今でも忘れられないよ」
テリーの瞳に、懐かしむような色が宿る。彼は自分の言葉に酔いしれるように、次々と「思い出」を掘り返していった。
「君はいつも、俺が仕事から帰ると玄関まで走って迎えに来てくれたね。泥だらけの騎士服を、文句一つ言わずに一晩で真っ白に磨き上げてくれた。……ああ、そうだ。給料日には、俺の好きな酒と肉を必ず用意してくれて……君は自分の分を減らしてまで、俺に『お疲れ様』と言ってくれたじゃないか」
語れば語るほど、テリーの声に熱が帯びていく。
それは、『失踪していた妻との再会を喜ぶ心優しい夫』としての「演技」として始まったはずだった。しかし、口に出していくうちに、彼の中に眠っていた「傲慢な充足感」が呼び覚まされていく。
「ジェシカ……君は、俺が何をしても笑って許してくれた。夜遅くに帰っても、暗い部屋で一人、俺の帰りを待っていてくれた。あの家にはいつも君がいて、俺の世話を焼いて……」
テリーはふと、言葉を失った。
ミレイヌと暮らし始め、家の中がゴミ溜めになり、食事も出てこず、罵声だけが飛び交う今。それと比較して初めて、彼は気づいてしまったのだ。
(ああ、そうか……。俺は、あの時、幸せだったんだ。俺を全肯定し、無償で尽くし、すべてを捧げてくれる女がいた……。あんなに心地よい場所は、他になかった)
彼の中に芽生えたのは、愛ではなく、「自分を甘やかしてくれた唯一の存在」への強烈な執着だった。彼はジェシカを愛していたのではない。ジェシカに傅かれている自分自身の境遇を愛していたのだ。
「ジェシカ、帰って来てくれたんだろう! 俺たちの幸せな家に帰ろう!」
必死な形相で縋り付こうとする男を、私は一歩引いた場所から、冷ややかな、完全なる「他人」の瞳で見つめた。
「……申し訳ありません。あなたが仰っていることは、まるで別の世界の物語のようですわ」
私の声は、鈴の音のように清らかで、そして残酷なほどに感情が欠落していた。
「お話を伺う限り、その『ジェシカ』という方は、随分とあなたに都合よく扱われていたのですね。……私には、到底耐えられそうにありませんわ。そんな生活」
「……っ!?」
テリーの顔が、衝撃で引き攣った。
彼が「幸せ」だと言い切った思い出の正体は、私にとっては「搾取」そのものだったのだ。彼が懐かしむスープの味は、私の指の血が混じった絶望の味。彼が語る真っ白な騎士服は、私の睡眠時間を削って削り出した、血の滲むような労働の成果。
「どなたかは存じませんが……私を、その『ジェシカ』という不幸な女性と重ねるのは、おやめになっていただけますか?」
トドメの一撃に、テリーは呆然と立ち尽くした。
彼がようやく気づいた「幸せ」は、もはやどこにも存在しない。彼が求めているのは私ではなく、彼を甘やかす「都合のいい幻」でしかないことを、私はこの場で突きつけてやったのだ。
__________
エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇♀️
あなたにおすすめの小説
『「ママは我慢してればいいんでしょ?」と娘に言われた日、私は妻をやめた』~我慢をやめた母と、崩れていく家族、そして再生~
まさき
恋愛
私はずっと「いい妻」でいようとしてきた。
夫に逆らわず、空気を読み、波風を立てないように生きる。
それが、この家を守る唯一の方法だと思っていた。
娘にも、そうであってほしかった。
けれど──
その願いは、静かに歪んでいく。
夫の言葉をなぞるように、娘は私を軽んじるようになった。
そしてある日、夕食の後片付けをしていた私に、娘は言った。
「ママはさ、我慢してればいいんでしょ?」
その一言で、何かが壊れた。
我慢することが、母である証だと思っていた。
だがそれは、私自身をすり減らすだけの“呪い”だった。
──もう、我慢するのはやめる。
妻であることをやめ、母として生き直すために。
私は、自分の人生を取り戻す決意をした。
その選択は、家族を大きく揺るがしていく。
崩れていく夫婦関係。
離れていく娘の心。
そして、待ち受ける“ざまぁ”の行方。
それでも私は問い続ける。
母とは何か。
家族とは何か。
そして──私は、どう生きるべきなのか。
『最後に名前を呼ばれた日、私はもう妻じゃなかった』
まさき
恋愛
「おい」「なあ」
それが、夫が私を呼ぶときの言葉だった。
名前を呼ばれなくなって三年。
私は、誰かの妻ではあっても、もう“私”ではなかった。
気づかないふりをして、耐えて、慣れて、
それでも心は、少しずつ削れていった。
——だから、決めた。
この結婚を、終わらせると。
最後の日、彼は初めて私の名前を呼ぶ。
でも、その声は、もう届かない。
婚約者は妹のような幼馴染みを何より大切にしているので、お飾り妻予定な令嬢は幸せになることを諦めた……はずでした。
待鳥園子
恋愛
伯爵令嬢アイリーンの婚約者であるセシルの隣には『妹のような幼馴染み』愛らしい容姿のデイジーが居て、身分差で結婚出来ない二人が結ばれるためのお飾り妻にされてしまうことが耐えられなかった。
そして、二人がふざけて婚姻届を書いている光景を見て、アイリーンは自分の我慢が限界に達そうとしているのを感じていた……のだけど!?
【完結】病弱な妹に魔力を分け続け死ぬ寸前の私を、宮廷魔術師になった旧友が攫ってくれました。家族を捨てて幸せになっていいんですか?
未知香
恋愛
「あなたはもう十分楽しんだでしょう? 今度はミアーラの番よ」
膨大な魔力と知識を持ち、聖女候補とまで言われた、天才魔術師エリアーナ。
彼女は、病弱な妹ミアーラの為、家族に言われるまま自らの膨大な魔力を差し出すことにした。
「そうだ。私は健康で、今まで十分に楽しんできた。だから、あげるのは当然だ」
魔力を与え続けた結果、彼女は魔力を失い、容姿も衰え、社交界から姿を消してしまう事となった。
一方、妹ミアーラは姉から与えられた魔力を使い、聖女候補として称賛されるように。
家族の呪縛に縛られ、「今まで多くを貰いすぎていたのだ」と信じ、利用され続けるエリアーナ。
そんな彼女の前に現れたのは、かつての旧友であり宮廷魔術師となった青年だった。
ハッピーエンドです!
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫(9/10受賞作発売中!)
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*