私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜

恋せよ恋

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騎士団主催の夜会

  王都の夜を鮮やかに彩る、騎士団主催のチャリティー夜会。豪奢なシャンデリアが至高の輝きを放つ大広間には、着飾った貴族のみならず、富を築いた豪商や街の名士、そして勇壮な騎士たちが集い、華やかな調べに乗せて語らいの花を咲かせていた。

 その喧騒の渦中に、一組の男女が足を踏み入れた瞬間、会場の空気が一変した。

「……あの方は、どなただ?」

「オマリア伯爵ではないか。隣にお連れなのは……なんと美しい淑女だ」

 セドリック卿の逞しい腕に手を添えて現れたのは、夜空を映したような深い紺青のドレスに身を包んだジェシカだった。かつての煤けたエプロン姿や、修道院の質素な法衣の面影はどこにもない。丁寧に結い上げられた髪にはシシリー伯爵家から贈られた真珠が輝き、その立ち居振る舞いは、かつての貴族令嬢としての気品を完璧に取り戻していた。

 会場の隅、謹慎明けで辛うじて出席を許されたものの、壁際に追いやられていたテリーは、その光景に目を見開いた。

「……ジェシカ……? まさか、そんな」

 テリーの心臓が激しく鐘を打つ。記憶を失った「アン」として再会した時よりも、今の彼女は遥かに眩しく、そして遠い存在に見えた。

 セドリック卿と見事なステップでダンスを踊る彼女は、誰よりも気高く、誰よりも幸せそうに微笑んでいる。その笑顔は、かつて自分の家で、彼が一度も引き出すことのできなかったものだ。

 ダンスが終わり、ジェシカが一人で化粧室へ向かうのを見て、テリーは吸い寄せられるように後を追った。

「ジェシカ! 待ってくれ!」

 テリーの声に、ジェシカは静かに振り返った。その瞳には、かつて彼を焦がしたような「怯え」も「愛」も、何一つ宿っていない。ただ、深い夜の海のような静寂があるだけだった。

「……テリー様。公式の場で、そのように大声を出すのは騎士の端くれとして感心しませんわね」

「思い出してくれたのか!? 俺だよ、テリーだ! 頼む、ジェシカ。あの家は今、めちゃくちゃなんだ。母さんもコレットも、君がいなくて後悔している。俺も……俺も、君がいないとダメなんだ! あの不倫相手とはもう終わりだ、籍も入れていない! だから、復縁してくれないか!」

 テリーは必死だった。目の前の、伯爵にエスコートされるほど美しく「元妻」を再び手に入れれば、自分の没落した人生も一気に逆転できると、浅ましい計算が働いていた。

 ジェシカは、ふっと小さく、氷のような笑みを漏らした。

「復縁? おかしなことを仰るのですね。私は『アン』として、あなたとは正式に他人になったはずですわ。それに……」

 彼女は一歩、テリーに歩み寄った。その香油の香りが、テリーの鼻をくすぐる。

「あなたが懐かしんでいるのは、私ではなく、『自分を無償で世話し、踏みつけにしても笑っていた便利な女』でしょう? 残念ですが、そんな女性は、あなたが自分の手で殺したのですよ。……あの、冷たい雨の日に」

「それはっ……」

「いいえ。あなたは、私という人間を一度も見ていなかった。……あなたのその薄汚れた視線が触れるだけで、吐き気がいたしますわ」

 ジェシカは冷徹に言い放ち、縋り付こうとするテリーの手を扇でぴしゃりと払いのけた。
 光り輝く広間へ戻っていく彼女の背中は、もはやテリーの手が届く場所にはなかった。
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