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気づかれなかった少女
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オレーリアの仕えるエスメラルダ王女殿下は、美しい金色の髪に愛らしい青い瞳を持つ十六歳の姫君である。王族で唯一の王女ということもあり、両親である両陛下や、兄である王太子、第二王子からもひときわ可愛がられていた。臣下にも細やかな気配りを忘れない、心優しい方である。
「僕の可愛いお姫様のご機嫌はいかがかな?」
午後になり、執務がひと段落した頃、エイドリアン王太子が来訪した後ろには、側近であるエドワードとオーランドの二人が控えている。
「エディお兄様、ご機嫌よう。本日の執務はお済みになりましたの?」
可愛らしく首を傾げるエスメラルダに、エイドリアンは柔らかな笑みを向けて答えた。
「いや、まだだけれど、エメの顔を見たら元気が出るかと思ってね」
「まあ。それでは、事務方の皆さまに迷惑でしょうに……ねえ、エド?」
話を振られたエドワードは、ほんのわずかに口元を緩めただけで、特に言葉は返さなかった。
そのとき、王太子一行の入室を見て、オレーリアは静かに一礼し、自然な所作で退室した。
――なぜだろう。
すれ違いざまに感じた、控えめで落ち着いた佇まい。
どこか見覚えがあるような、ないような――そんな曖昧な感覚が、エドワードの胸に小さく引っかかった。
もちろん、それが先日の“媚薬で苦しんだ夜“の出来事と結びつくことはない。
ただ、理由もなく、もう一度だけ背を追ってしまった。
オレーリアの後ろ姿が扉の向こうへ消えるまで、エドワードは、自分が視線を向けていたことにさえ、はっきりとは自覚していなかった。
「エド。お前、オレーリア嬢が気になるのか?」
エイドリアン王太子が、先ほどのエドワードの視線を追い、静かに問いかけた。
「……いや。確か、彼女は学園の同級生だったな、と思っただけだ」
わずかな間を置いて返されたその言葉に、エイドリアンはそれがすべてではないと悟る。だが、今は掘り下げるべき時ではないと判断し、それ以上の追及は控えた。
一方で、オーランドは、オレーリアの姿から目を離せずにいた。伏し目がちに歩く所作、控えめな身のこなし――胸の奥で、何かがかすかに引っかかる。
(……最近、どこかで会ったか? いや、気のせいか……)
はっきりと思い出せない。だが、“見過ごしてはいけない何か”があった気がしてならなかった。
やがてオーランドは、何事もなかったかのように表情を整える。違和感を言葉にするには、まだ材料が足りなすぎた。
「あら? エドは、オレーリアが気になるの?」
恋愛話に興味津々なお年頃――十四歳のエスメラルダ王女が、瞳をきらきらと輝かせて話題に食いつく。
「こらこら、エメ。他人の恋路に踏み込むのは、少し不躾な振る舞いだよ。感心できないな。」
兄であるエイドリアン王太子の穏やかな諫めに、エスメラルダははっとしたように肩をすくめる。
「ごめんなさい、エド。でも……オレーリアは、とても真面目で、優秀で、心の優しい子なの。それに、実家の伯爵家を支えるために、仕送りもしていると聞いたわ。だから……幸せになってほしくて……。」
王族でありながら、仕える者にも分け隔てなく心を配る妹の成長に目を細めつつ、エイドリアンは兄として、もう一つだけ言葉を添えた。
「エスメラルダ。他人の事情を軽々しく口にするものじゃない。本人が知られたくないことかもしれないだろう?」
その言葉に、エスメラルダは今さら気づいたように目を見開き、深くうなずいた。
「……そうね。本当にその通りだわ。今の話は、忘れてちょうだい。」
エイドリアン一行は、エスメラルダ王女と束の間の休憩時間を過ごし、その後、執務室へと戻っていった。
――ただ一人、エドワードの胸に残った小さな棘だけが、静かに、しかし確かに、次の出来事を待っていた。
◇◇◇
「よお、エド。パトリシア侯爵令嬢とは、無事に婚約破棄できたようだな。よかったじゃないか」
オーランドが、エドワードの肩を軽く叩いて声をかける。
「ああ。世話になったな。いずれは解消したいと思っていた婚約だ。結果だけを見れば、すっきりしたよ。……彼女も、関係のあった三人のうちの誰かと、いずれは婚約し直すだろう」
どこか歯切れの悪い物言いが気にかかり、オーランドは首をかしげた。
「……まだ、何か引っかかってるのか?」
「……ああ。なあ、オーランド。あの夜のことだが……なぜ、“あの女性”を部屋に入れた?」
「ん? どういう意味だ?」
オーランドは一瞬考え込み、肩をすくめる。
「部屋の前に来たから、中へ入れただけだが。……何か問題でもあったか?」
「……そうか。彼女は、“部屋に来た”のか……」
エドワードは小さく息を吐き、視線を伏せた。
「いや、もういい。大丈夫だ。」
その問いは、オーランドの勘違いを正すことなく、そこで途切れた。
(――あの少女は、エイドリアンが“差し向けた女性”だったということか……。だが……なぜ、あれほど怯えた、純潔の少女を、そんな役目に……?)
答えの出ない疑問だけが、胸の奥に静かに残ったまま、エドワードは口を閉ざした。
__________________
エール📣・いいね❤️ をいただけると物語づくりの励みになります。
本作は、登場人物の心情や葛藤を重く描く場面が含まれます。
読み進める中で、不安や痛みを感じられる方もいらっしゃるかもしれません。
それでも、この物語を最後まで丁寧に紡いでいきたいと思っています。
ご理解いただける方に、そっと見守っていただけたら幸いです。
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午後になり、執務がひと段落した頃、エイドリアン王太子が来訪した後ろには、側近であるエドワードとオーランドの二人が控えている。
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可愛らしく首を傾げるエスメラルダに、エイドリアンは柔らかな笑みを向けて答えた。
「いや、まだだけれど、エメの顔を見たら元気が出るかと思ってね」
「まあ。それでは、事務方の皆さまに迷惑でしょうに……ねえ、エド?」
話を振られたエドワードは、ほんのわずかに口元を緩めただけで、特に言葉は返さなかった。
そのとき、王太子一行の入室を見て、オレーリアは静かに一礼し、自然な所作で退室した。
――なぜだろう。
すれ違いざまに感じた、控えめで落ち着いた佇まい。
どこか見覚えがあるような、ないような――そんな曖昧な感覚が、エドワードの胸に小さく引っかかった。
もちろん、それが先日の“媚薬で苦しんだ夜“の出来事と結びつくことはない。
ただ、理由もなく、もう一度だけ背を追ってしまった。
オレーリアの後ろ姿が扉の向こうへ消えるまで、エドワードは、自分が視線を向けていたことにさえ、はっきりとは自覚していなかった。
「エド。お前、オレーリア嬢が気になるのか?」
エイドリアン王太子が、先ほどのエドワードの視線を追い、静かに問いかけた。
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わずかな間を置いて返されたその言葉に、エイドリアンはそれがすべてではないと悟る。だが、今は掘り下げるべき時ではないと判断し、それ以上の追及は控えた。
一方で、オーランドは、オレーリアの姿から目を離せずにいた。伏し目がちに歩く所作、控えめな身のこなし――胸の奥で、何かがかすかに引っかかる。
(……最近、どこかで会ったか? いや、気のせいか……)
はっきりと思い出せない。だが、“見過ごしてはいけない何か”があった気がしてならなかった。
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兄であるエイドリアン王太子の穏やかな諫めに、エスメラルダははっとしたように肩をすくめる。
「ごめんなさい、エド。でも……オレーリアは、とても真面目で、優秀で、心の優しい子なの。それに、実家の伯爵家を支えるために、仕送りもしていると聞いたわ。だから……幸せになってほしくて……。」
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その言葉に、エスメラルダは今さら気づいたように目を見開き、深くうなずいた。
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どこか歯切れの悪い物言いが気にかかり、オーランドは首をかしげた。
「……まだ、何か引っかかってるのか?」
「……ああ。なあ、オーランド。あの夜のことだが……なぜ、“あの女性”を部屋に入れた?」
「ん? どういう意味だ?」
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その問いは、オーランドの勘違いを正すことなく、そこで途切れた。
(――あの少女は、エイドリアンが“差し向けた女性”だったということか……。だが……なぜ、あれほど怯えた、純潔の少女を、そんな役目に……?)
答えの出ない疑問だけが、胸の奥に静かに残ったまま、エドワードは口を閉ざした。
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