【完結】「中身はいいけど顔がなぁ」と笑った侯爵令息。美人の姉目当てに地味ブスな私を利用したこと、謝られても手遅れです

恋せよ恋

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ストーカー紛いの再登場

  ラシュフォール学院の正門前は、異様な熱気に包まれていた。

 原因は、一台の豪華な馬車と、その傍らに立つ一人の男だ。かつて社交界を賑わせた「浮名を流す貴公子」の面影はどこへやら、そこにいたのは、旅の塵にまみれ、目の下に濃い隈を浮かべた、悲愴感漂うレオナルドだった。

「アイリス! アイリス、そこにいるんだろう!?」

 門番に制止されながらも、彼は狂ったように私の名前を呼び続けていた。その姿は、かつての洗練された彼を知る者が見れば、偽物だと疑うほどに余裕を失っている。

 私は、エドワード公爵令息や周囲の生徒たちの視線を背に受けながら、ゆっくりと彼のもとへ歩み寄った。かつての私なら、この騒ぎに顔を赤らめ、逃げ出していたことだろう。けれど今の私は、一ミリの動揺もなく、完璧に整えられた微笑みを面に貼り付けている。

「……お騒がせして申し訳ありません、エドワード様。私の『古い知り合い』が、少々取り乱しているようですわ」

 エドワードに一礼し、私はレオナルドの正面に立った。
 彼が私に気づいた瞬間、その絶望に染まっていた瞳に、パッと眩いほどの光が宿った。

「アイリス! ああ、神に感謝を……! ずっと、ずっと君を探していたんだ。国中の港や宿を回り、ようやく君がここにいると突き止めた。……ああ、なんてことだ。君は、本当に……」

 レオナルドは震える手で私の肩を掴もうとした。だが、私はその手が触れる直前に、優雅な所作で半歩身を引いた。

「侯爵令息ともあろう方が、このような公共の場で声を荒らげるとは。祖国の教育を疑われてしまいますわよ」

 冷ややかな私の声に、レオナルドは打たれたように固まった。

「謝らせてくれ、アイリス。あの日、アレンとの会話を聞いていたんだろう? あれは……あれは最低な、男の見栄だったんだ! 君の知性に、君の心に、僕は救われていた。それなのに、自分の浅ましさから君を傷つける言葉を吐いてしまった。死ぬほど後悔しているんだ!」

 彼は衆人環視も構わず、その場に膝をつかんばかりの勢いで頭を下げた。かつての「遊び人」が、地味だと蔑んでいた女に縋り付く姿。周囲からは失笑と驚愕の入り混じった囁きが漏れる。
だが、私の心には、一滴の同情も湧かなかった。

 今の彼の言葉は、私が「美しくなった」からこそ響くものだと知っているからだ。もし私が以前のままの姿で彼の前に現れても、彼はこれほど必死に謝罪しただろうか。答えは、否だ。

「レオナルド様。お顔を上げてくださいませ。周囲の目が。……それに、謝罪など必要ありませんわ」

「アイリス……許してくれるのか!?」

 期待に満ちた彼の瞳を見つめ、私は慈愛に満ちた、けれど極限まで温度の低い微笑みを浮かべた。

「許すも何も、気にしておりませんもの。……むしろ、感謝しておりますのよ?」

「……感謝?」

「ええ。貴方があの日、はっきりと『顔がなぁ』と仰ってくださったおかげで、私は目が覚めましたの。女にとって、外見がいかに強力な武器であり、男という生き物がいかに単純な視覚情報に支配されるか。……それを身をもって教えてくださったのは、貴方です」

 私は自分の艶やかな亜麻色の髪を一房、指先で弄んで見せた。

「今の私があるのは、貴方の残酷な本音があったからです。自分を磨き、身だしなみを整える素晴らしいきっかけをくださって、本当にありがとうございました。おかげさまで、この国では多くの素晴らしい殿方との出会いに恵まれておりますわ」

「そんな……そんなことが言いたいんじゃない! 僕は、君という人間を……!」

「お話はそれだけかしら? 講義の時間が参りますので、失礼いたします」

 私は、言葉を失い呆然と立ち尽くすレオナルドを置き去りにし、一度も振り返ることなく学院の奥へと消えた。

背後で、彼が絞り出すような声で私の名を呼ぶのが聞こえた。けれど、それはもう、今の私には遠い異国の言語のように、意味をなさない雑音でしかなかった。

(……追いかけてくればいいわ。惨めに、這いつくばって)

 心の中で、かつての自分が静かに笑った。

 私が流した涙の数だけ、今度は貴方が、その「美しい顔」を歪めて後悔すればいい。私の隣に立つ資格があるかどうか、精々、その身を削って証明して見せて。
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