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芽生えた独占欲
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学園入学を目前に控えた春、リカルドの変貌は誰の目にも明らかだった。
かつての「泥だらけの仔犬」は、今や「オーブライト公爵家が隠し持っていた秘蔵の秋色の宝石」として、社交界の噂にのぼり始めていた。
「セシリア様、本日の講義はこれで終了です」
別邸のサロン。最後の家庭教師が退出した後、リカルドは静かに本を閉じた。
その所作には、私が数年かけて叩き込んだ優雅さが、まるで天性のものであるかのように馴染んでいる。
光を吸い込むような茶色の瞳。整いすぎた鼻梁。そして、少年の幼さを脱ぎ捨て、精悍さを増した顎のライン。
「……リカルド、少し背が伸びたかしら」
「ええ。もう、あなたを見上げる必要もなくなりました」
彼は立ち上がり、私の前に立った。
気づけば、その視線は私よりも高い位置にある。威圧感ではなく、包み込むような、それでいて射抜くような強さを持った視線だ。
「明日は学園の入学式ね。あなたは寄宿舎に入る。……もう、こうして毎日顔を合わせることもなくなるわ」
私の言葉に、リカルドの表情が微かに陰った。
彼は私の手を取り、その白い手袋越しに自分の熱を伝えるように強く握った。
「寂しいと、言ってくださるのですか?」
「まさか。あなたの教育から解放されて、せいせいしているわ」
嘘だ。本当は、私の胸のうちは酷くざわついていた。
王宮からは連日のように王太子教育のスケジュールが届き、私は「完璧な未来の王妃」としての檻に閉じ込められようとしている。
そんな私にとって、反抗的な瞳で私を見つめ、私の手によって磨かれていくリカルドの存在だけが、唯一、私が私自身として呼吸できる時間だった。
「……セシリア。俺が学園で結果を出したら、褒美をいただけますか」
「褒美? あなたが立派になるのは、私への義務よ」
「義務ではなく、一人の男としての願いです」
リカルドの声が、これまでにないほど低く響く。
私はその言葉の意味を深く考えることを避け、適当な相槌を打って彼を帰した。
翌日、王立学園の入学式。公爵令嬢である私と、王太子の婚約披露を兼ねたその場所で、リカルドは衝撃的なデビューを飾った。
新入生総代として壇上に上がったのは、王太子ではなく、試験で最高得点を叩き出したリカルド・グラン子爵令息だった。
壇上に現れた彼を見た瞬間、会場の令嬢たちから吐息が漏れた。
「あの方は……どこの貴公子?」
「茶色の瞳がなんて美しいの。まるで宝石のようだわ」
ざわめきの中で、リカルドは堂々と祝辞を述べていく。
その姿を、私は来賓席から眺めていた。隣には、私の婚約者である王太子、エドワード殿下が座っている。
「……フン、あれが君が囲っているという遠縁の小僧か。見掛け倒しでなければいいが」
エドワード殿下は不機嫌そうに鼻で笑った。
殿下は、整った容姿こそ持っているが、その瞳には常に傲慢さと退屈の色が張り付いている。すでに数人の令嬢と浮名を流しているという噂は、私の耳にも届いていた。
「見掛け倒しではございませんわ、殿下。彼は私の誇りですから」
「誇り、か。婚約者がいる身で、他の男を褒めるのは感心しないな」
冷ややかな殿下の声。私はそれに応えることなく、ただ真っ直ぐにリカルドを見つめた。
すると、壇上のリカルドがふと視線をこちらに向けた。大勢の観衆の中で、一瞬だけ、私と彼の視線が絡まる。
彼はわずかに口角を上げ、挑発するように、あるいは誓うように目を細めた。
――その夜、学園の寄宿舎に落ち着いたはずのリカルドから、一通の手紙が届いた。公式なルートではなく、私の信頼する侍女を介して届けられた密書。
『セシリア。今日、あなたの隣に座る男を見て、確信しました。
あんな男に、あなたを渡したくはない。
俺があなたに相応しい男になるまで、どうか、その心に鍵をかけて待っていてください。
金持ちの道楽だと吐き捨てた俺を、笑ってください。
今は、あなたの愛が欲しくてたまらないのです。』
手紙を読み終えた私は、震える指先でそれを暖炉の火に投げ入れた。
激しく燃え上がる炎を見つめながら、私は自分の頬が熱くなっていることに気づく。これは、私が望んだ結果ではない。彼を立派な貴族に育て上げたのは、私の義務のためであり、彼自身の人生のためだったはずだ。
それなのに。彼が他の令嬢たちに熱い視線を送られるのを想像するだけで、胸の奥が焼け付くように痛む。
「……馬鹿な子」
私は独り言を呟き、窓の外の夜空を見上げた。
学園という広大な庭に放たれたリカルドは、もう私の手の内にはいない。彼はこれから、私という呪縛を越えて、一人の男として、牙を研ぎ始める。
そして同時に、王太子殿下の周囲にも、不穏な影が忍び寄っていた。後に私たちの運命を大きく狂わせる、あの「女狐」の影が。
______________
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かつての「泥だらけの仔犬」は、今や「オーブライト公爵家が隠し持っていた秘蔵の秋色の宝石」として、社交界の噂にのぼり始めていた。
「セシリア様、本日の講義はこれで終了です」
別邸のサロン。最後の家庭教師が退出した後、リカルドは静かに本を閉じた。
その所作には、私が数年かけて叩き込んだ優雅さが、まるで天性のものであるかのように馴染んでいる。
光を吸い込むような茶色の瞳。整いすぎた鼻梁。そして、少年の幼さを脱ぎ捨て、精悍さを増した顎のライン。
「……リカルド、少し背が伸びたかしら」
「ええ。もう、あなたを見上げる必要もなくなりました」
彼は立ち上がり、私の前に立った。
気づけば、その視線は私よりも高い位置にある。威圧感ではなく、包み込むような、それでいて射抜くような強さを持った視線だ。
「明日は学園の入学式ね。あなたは寄宿舎に入る。……もう、こうして毎日顔を合わせることもなくなるわ」
私の言葉に、リカルドの表情が微かに陰った。
彼は私の手を取り、その白い手袋越しに自分の熱を伝えるように強く握った。
「寂しいと、言ってくださるのですか?」
「まさか。あなたの教育から解放されて、せいせいしているわ」
嘘だ。本当は、私の胸のうちは酷くざわついていた。
王宮からは連日のように王太子教育のスケジュールが届き、私は「完璧な未来の王妃」としての檻に閉じ込められようとしている。
そんな私にとって、反抗的な瞳で私を見つめ、私の手によって磨かれていくリカルドの存在だけが、唯一、私が私自身として呼吸できる時間だった。
「……セシリア。俺が学園で結果を出したら、褒美をいただけますか」
「褒美? あなたが立派になるのは、私への義務よ」
「義務ではなく、一人の男としての願いです」
リカルドの声が、これまでにないほど低く響く。
私はその言葉の意味を深く考えることを避け、適当な相槌を打って彼を帰した。
翌日、王立学園の入学式。公爵令嬢である私と、王太子の婚約披露を兼ねたその場所で、リカルドは衝撃的なデビューを飾った。
新入生総代として壇上に上がったのは、王太子ではなく、試験で最高得点を叩き出したリカルド・グラン子爵令息だった。
壇上に現れた彼を見た瞬間、会場の令嬢たちから吐息が漏れた。
「あの方は……どこの貴公子?」
「茶色の瞳がなんて美しいの。まるで宝石のようだわ」
ざわめきの中で、リカルドは堂々と祝辞を述べていく。
その姿を、私は来賓席から眺めていた。隣には、私の婚約者である王太子、エドワード殿下が座っている。
「……フン、あれが君が囲っているという遠縁の小僧か。見掛け倒しでなければいいが」
エドワード殿下は不機嫌そうに鼻で笑った。
殿下は、整った容姿こそ持っているが、その瞳には常に傲慢さと退屈の色が張り付いている。すでに数人の令嬢と浮名を流しているという噂は、私の耳にも届いていた。
「見掛け倒しではございませんわ、殿下。彼は私の誇りですから」
「誇り、か。婚約者がいる身で、他の男を褒めるのは感心しないな」
冷ややかな殿下の声。私はそれに応えることなく、ただ真っ直ぐにリカルドを見つめた。
すると、壇上のリカルドがふと視線をこちらに向けた。大勢の観衆の中で、一瞬だけ、私と彼の視線が絡まる。
彼はわずかに口角を上げ、挑発するように、あるいは誓うように目を細めた。
――その夜、学園の寄宿舎に落ち着いたはずのリカルドから、一通の手紙が届いた。公式なルートではなく、私の信頼する侍女を介して届けられた密書。
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あんな男に、あなたを渡したくはない。
俺があなたに相応しい男になるまで、どうか、その心に鍵をかけて待っていてください。
金持ちの道楽だと吐き捨てた俺を、笑ってください。
今は、あなたの愛が欲しくてたまらないのです。』
手紙を読み終えた私は、震える指先でそれを暖炉の火に投げ入れた。
激しく燃え上がる炎を見つめながら、私は自分の頬が熱くなっていることに気づく。これは、私が望んだ結果ではない。彼を立派な貴族に育て上げたのは、私の義務のためであり、彼自身の人生のためだったはずだ。
それなのに。彼が他の令嬢たちに熱い視線を送られるのを想像するだけで、胸の奥が焼け付くように痛む。
「……馬鹿な子」
私は独り言を呟き、窓の外の夜空を見上げた。
学園という広大な庭に放たれたリカルドは、もう私の手の内にはいない。彼はこれから、私という呪縛を越えて、一人の男として、牙を研ぎ始める。
そして同時に、王太子殿下の周囲にも、不穏な影が忍び寄っていた。後に私たちの運命を大きく狂わせる、あの「女狐」の影が。
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