【完結】白き塔の才女マーガレットと、婿入りした王子が帰るまでの物語

恋せよ恋

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Ⅳ ナターシャ公妃の影

4 セザンヌの婚姻

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 アルマディス公城では小さな婚姻の儀が執り行われた。
 参列者はわずかに十余名。
 セザンヌのモンレイユ侯爵家からは、母サザリー侯爵夫人と嫡男のテリオス夫妻が出席した。当主である父は急な病に臥し、領地へと居を移した。
 
 公国の伝統に則った厳粛な儀式は、ナターシャ公妃の喪中ゆえに音楽も祝辞もなく、ただ静けさと祈りに包まれていた。

 ナターシャ公妃の死から、幾月過ぎたばかり。それでも、国家の後継を定めねばならぬという現実が、二人をこの場へ導いた。

 ルーカス・ド・レオニス――若き君主。
 セザンヌ・ル・ド・モンレイユ――新たに公国の公妃となるもの。

 二人は互いに視線を合わせ、何も言わずに誓いの杯を交わした。愛の言葉はなくとも、その沈黙に宿るものは確かだった。

 長い年月、胸の奥で燻っていた想い___ 初恋の痛みと、敬意と、赦しと。

 その夜、彼らは言葉を交わさぬまま、ただそっと契りを交わした。ただひたむきに互いを求め合った……。

 翌朝、侍女たちは寝所を整えながら、控えめに視線を交わした。新たな公妃のそこかしこに消えぬ痕を見つけて。

 ナターシャはルーカスの同志であった。国家の未来を共に描いた知性の伴侶。恋情ではなく、家族の愛と信頼の絆。
 そして今、セザンヌはその志を継ぎ、彼の隣に立つ。亡きナターシャへの思慕を胸に、初恋の人への深い愛を携えて。

◇◇◇

 外では風がやさしく吹き抜け、新しい季節が、二人の始まりを静かに祝福していた。

 新たな公妃セザンヌが城へ入ってから、まだ数か月しか経っていなかった。
けれど、すでに宮廷の空気は変わりつつあった。

 ルーカスが執務室を出るとき、書類の束を抱えた侍従が小声で囁く。
 
 「……また、公妃様のお部屋に?」
 「そうらしい。午の休憩も取らずにだ」
 「まるで恋文でも届けに行くみたいだな」

 執務官たちが苦笑を交わす間に、ルーカスは近衛騎士を伴い長い回廊を歩いていた。その足取りは軽く、無意識のうちに表情が緩んでいる。

 彼の歩みの先――陽光が差し込む庭の小径に、淡い青いドレスのセザンヌがいた。侍女たちと花台の並びを整えている。ルーカスはしばし足を止め、遠くからその横顔を見つめた。

 柔らかな金髪が風が遊び、頬に淡い桜色が差す。ヘーゼルの瞳は、学院の庭で微笑んだ少女のままだ....... ルーカスの“遅い初恋“の相手。

 「……閣下、お声をおかけになられないのですか?」
 傍らの近衛ディエゴが、苦笑まじりに囁く。ルーカスは一瞬だけ眉を上げ、しかしすぐに首を振った。
 
 「いや。見ているだけで、癒されるんだ」
 その声音の柔らかさに、ディエゴは息をのんだ。
――ああ、この方は、セザンヌ公妃を本当に愛しておられるのだ........。

 噂は瞬く間に社交界へ広がったーー
 「ルーカス大公は、セザンヌ公妃のご様子を一日に一度は必ず見に行かれる」
 「執務中でも、紅茶の銘柄を“セザンヌと同じもので”とお選びになるそうだ」
 「朝の書簡の筆跡が、以前よりずっと穏やかになられたとか」

 侍女たちは微笑みながら、時折そっと目を合わせた。
 「まるで恋する少年のよう……」
 「ええ、けれど――セザンヌ公妃ご本人だけはお気づきじゃないのよ」

 セザンヌは、周囲の視線の意味を知らずにいた。

 自分の言葉にルーカスが少し微笑んだら、「きっとお疲れなのね…..」と思い紅茶を新しく淹れなおしてしまうような人だった。

 そんなある日、宰相レオネルは、執務室で小さく息をついた。
 「…… ルーカス閣下のセザンヌ公妃への愛は誰の目にも明らかですが、なぜかご本人だけが気がついておられないようですな、いやはや不思議だ」
 
 ルーカスは、苦笑いを浮かべて答えた。
 「いいんだ。セザンヌが私の気持ちに気づかぬうちは、この想いを押し付けたくない」

 その瞳には、確かに恋が宿っていた。
燃えるようでもなく、声高でもなく――
ただ、凍てついた心にようやく訪れた“春”のように。

つづく

_______________

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