48 / 107
Ⅳ ナターシャ公妃の影
8 婚姻による同盟の行方
しおりを挟む
セザンヌは、暖かな風に髪を揺らしながら、静かにベランダに立っていた。
その隣には十五歳になった双子――エレンヌ公女とエリック公子が並んでいる。まだ幼さが残るものの、両親に似た美しい容姿に目を奪われる。
「……お母さま。今日はオーデリアお姉様と晩餐をご一緒できるの?」
エレンヌの声に、セザンヌは小さく頷いた。
「ええ、そうよ。……その前に、あなたたちに話しておくことがあるの」
エレンヌとエリックは顔を見合わせ、少し緊張したように背筋を伸ばした。
「これまで……あなたたちに“オーデリアと距離を置きなさい”と言ってきましたね」
「はい」「……はい」
二人の声が重なる。
「本当は――あなたたちを守りたかったの」
セザンヌの静かな声が風に流れていく。
潮風が頬を撫で、三人の髪を揺らす。
「オーデリアは、亡きナターシャ様のたったひとりの娘。けれど……彼女の母の実家、ヴァロワ公爵家には、いくつもの“権力の影”があったのよ。昨日の評議会の話は聞いたかしら?」
二人は小さく頷く___コクンッ
「あなたたちを危険に巻き込見たくなかったの...... ごめんなさいね」
エリックが眉をひそめた。
「じゃあ……お母さまは、オーデリアお姉様を嫌っていたわけでは……?」
セザンヌはその言葉に、初めて微笑んだ。
「まさか。……あの子は、私にとっても大切な娘よ。ナターシャ様の形見のような存在ですもの。けれど、その優しさが、かえって危険を呼ぶこともあるの。
だから、私は……あの子から少し離れるしかなかったの…….わかってくれる?」
エレンヌの瞳が潤んだ。
「お母さま……ずっと、オーデリアお姉様のことを守ってくださっていたのね」
「そう。守っていたのは、あなたたちだけじゃない。あの子も、私の大切な家族だから」
オーデリアの幸せ、そのために。
頭の片隅には、カルリスタ王国から婚姻のため滞在しているニコラス殿下の処遇。二国間の同盟締結がかかっている。
「オーデリアとローレンスが両思いになったことで、ニコラス殿下との婚姻の見直しが急務ですわね」
セザンヌは書類に目を落としながら言った。
「……ニコラス殿下ご本人は喜んでくれています。殿下には白き塔の才女マーガレット様がいらっしゃいますから。私たちの幸せも心から祝ってくださるのです」
ルーカスは微笑む。
「それなら、同盟関係の形を変える必要があるな。婚姻だけに頼るのではなく、信頼と友情に基づいた関係を築くことも可能だろう」
「ええ、これからは、信頼でつながる同盟を築きましょう」
庭園に漂う春風が、笑い声を運ぶ。
「お母さま!リアお姉様と一緒にお話していい?」
「ええ、もちろん。……これからは、もう何も隠すことはないわ」
二人の顔に、ぱっと花が咲いたような笑顔が広がる。
「「やった!!」」
二人がオーデリアに駆け寄る姿を見送りながら、セザンヌは小さく息を吐いた。
◇◇◇
「オーデリア公女とローレンスが幸せそうで良かったな――」
居室の窓辺に立つニコラスは、エレンヌとエリックの笑顔を眺めていた。
ルーカス大公夫妻も、それを公認している。予定されているニコラスとオーデリアの婚姻による同盟は、形を変え、信頼で結ばれる同盟が十分に成り立つ――。
ニコラスは、その明るい兆しに微笑が浮かぶ。彼の心は、国の政治や外交よりも、もっと個人的な希望に傾いていた。
「マーガレットと、王国で――共に歩める日が近いかもしれない...... 」
この時、彼は知らなかった____。
まさかマーガレットが、カルリスタ王国を離れようとしていることを......。
遠く離れた二人の心は、まだ交わらない。しかし、それぞれが信念と希望を胸に抱き、静かに次の一歩を踏み出そうとしていた――。
つづく
__________________
お楽しみいただけましたら、ぜひ❤️で応援していただけると幸いです。
皆さまの応援が、物語を紡ぐ力になります。
その隣には十五歳になった双子――エレンヌ公女とエリック公子が並んでいる。まだ幼さが残るものの、両親に似た美しい容姿に目を奪われる。
「……お母さま。今日はオーデリアお姉様と晩餐をご一緒できるの?」
エレンヌの声に、セザンヌは小さく頷いた。
「ええ、そうよ。……その前に、あなたたちに話しておくことがあるの」
エレンヌとエリックは顔を見合わせ、少し緊張したように背筋を伸ばした。
「これまで……あなたたちに“オーデリアと距離を置きなさい”と言ってきましたね」
「はい」「……はい」
二人の声が重なる。
「本当は――あなたたちを守りたかったの」
セザンヌの静かな声が風に流れていく。
潮風が頬を撫で、三人の髪を揺らす。
「オーデリアは、亡きナターシャ様のたったひとりの娘。けれど……彼女の母の実家、ヴァロワ公爵家には、いくつもの“権力の影”があったのよ。昨日の評議会の話は聞いたかしら?」
二人は小さく頷く___コクンッ
「あなたたちを危険に巻き込見たくなかったの...... ごめんなさいね」
エリックが眉をひそめた。
「じゃあ……お母さまは、オーデリアお姉様を嫌っていたわけでは……?」
セザンヌはその言葉に、初めて微笑んだ。
「まさか。……あの子は、私にとっても大切な娘よ。ナターシャ様の形見のような存在ですもの。けれど、その優しさが、かえって危険を呼ぶこともあるの。
だから、私は……あの子から少し離れるしかなかったの…….わかってくれる?」
エレンヌの瞳が潤んだ。
「お母さま……ずっと、オーデリアお姉様のことを守ってくださっていたのね」
「そう。守っていたのは、あなたたちだけじゃない。あの子も、私の大切な家族だから」
オーデリアの幸せ、そのために。
頭の片隅には、カルリスタ王国から婚姻のため滞在しているニコラス殿下の処遇。二国間の同盟締結がかかっている。
「オーデリアとローレンスが両思いになったことで、ニコラス殿下との婚姻の見直しが急務ですわね」
セザンヌは書類に目を落としながら言った。
「……ニコラス殿下ご本人は喜んでくれています。殿下には白き塔の才女マーガレット様がいらっしゃいますから。私たちの幸せも心から祝ってくださるのです」
ルーカスは微笑む。
「それなら、同盟関係の形を変える必要があるな。婚姻だけに頼るのではなく、信頼と友情に基づいた関係を築くことも可能だろう」
「ええ、これからは、信頼でつながる同盟を築きましょう」
庭園に漂う春風が、笑い声を運ぶ。
「お母さま!リアお姉様と一緒にお話していい?」
「ええ、もちろん。……これからは、もう何も隠すことはないわ」
二人の顔に、ぱっと花が咲いたような笑顔が広がる。
「「やった!!」」
二人がオーデリアに駆け寄る姿を見送りながら、セザンヌは小さく息を吐いた。
◇◇◇
「オーデリア公女とローレンスが幸せそうで良かったな――」
居室の窓辺に立つニコラスは、エレンヌとエリックの笑顔を眺めていた。
ルーカス大公夫妻も、それを公認している。予定されているニコラスとオーデリアの婚姻による同盟は、形を変え、信頼で結ばれる同盟が十分に成り立つ――。
ニコラスは、その明るい兆しに微笑が浮かぶ。彼の心は、国の政治や外交よりも、もっと個人的な希望に傾いていた。
「マーガレットと、王国で――共に歩める日が近いかもしれない...... 」
この時、彼は知らなかった____。
まさかマーガレットが、カルリスタ王国を離れようとしていることを......。
遠く離れた二人の心は、まだ交わらない。しかし、それぞれが信念と希望を胸に抱き、静かに次の一歩を踏み出そうとしていた――。
つづく
__________________
お楽しみいただけましたら、ぜひ❤️で応援していただけると幸いです。
皆さまの応援が、物語を紡ぐ力になります。
99
あなたにおすすめの小説
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました
おりあ
恋愛
アーデルベルト伯爵家の令嬢セリナは、王太子レオニスの婚約者として静かに、慎ましく、その務めを果たそうとしていた。
だが、感情を上手に伝えられない性格は誤解を生み、社交界で人気の令嬢リーナに心を奪われた王太子は、ある日一方的に婚約を破棄する。
失意のなかでも感情をあらわにすることなく、セリナは婚約を受け入れ、王都を離れ故郷へ戻る。そこで彼女は、自身の分析力や実務能力を買われ、辺境の行政視察に加わる機会を得る。
赴任先の北方の地で、若き領主アレイスターと出会ったセリナ。言葉で丁寧に思いを伝え、誠実に接する彼に少しずつ心を開いていく。
そして静かに、しかし確かに才能を発揮するセリナの姿は、やがて辺境を支える柱となっていく。
一方、王太子レオニスとリーナの婚約生活には次第に綻びが生じ、セリナの名は再び王都でも囁かれるようになる。
静かで無表情だと思われた令嬢は、実は誰よりも他者に寄り添う力を持っていた。
これは、「声なき優しさ」が、真に理解され、尊ばれていく物語。
公爵夫人の気ままな家出冒険記〜「自由」を真に受けた妻を、夫は今日も追いかける〜
平山和人
恋愛
王国宰相の地位を持つ公爵ルカと結婚して五年。元子爵令嬢のフィリアは、多忙な夫の言葉「君は自由に生きていい」を真に受け、家事に専々と引きこもる生活を卒業し、突如として身一つで冒険者になることを決意する。
レベル1の治癒士として街のギルドに登録し、初めての冒険に胸を躍らせるフィリアだったが、その背後では、妻の「自由」が離婚と誤解したルカが激怒。「私から逃げられると思うな!」と誤解と執着にまみれた激情を露わにし、国政を放り出し、精鋭を率いて妻を連れ戻すための追跡を開始する。
冒険者として順調に(時に波乱万丈に)依頼をこなすフィリアと、彼女が起こした騒動の後始末をしつつ、鬼のような形相で迫るルカ。これは、「自由」を巡る夫婦のすれ違いを描いた、異世界溺愛追跡ファンタジーである。
冷徹公爵閣下は、書庫の片隅で私に求婚なさった ~理由不明の政略結婚のはずが、なぜか溺愛されています~
白桃
恋愛
「お前を私の妻にする」――王宮書庫で働く地味な子爵令嬢エレノアは、ある日突然、<氷龍公爵>と恐れられる冷徹なヴァレリウス公爵から理由も告げられず求婚された。政略結婚だと割り切り、孤独と不安を抱えて嫁いだ先は、まるで氷の城のような公爵邸。しかし、彼女が唯一安らぎを見出したのは、埃まみれの広大な書庫だった。ひたすら書物と向き合う彼女の姿が、感情がないはずの公爵の心を少しずつ溶かし始め…?
全7話です。
「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。
海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。
アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。
しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。
「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」
聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。
※本編は全7話で完結します。
※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?
小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。
しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。
突然の失恋に、落ち込むペルラ。
そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。
「俺は、放っておけないから来たのです」
初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて――
ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる