【完結】白き塔の才女マーガレットと、婿入りした王子が帰るまでの物語

恋せよ恋

文字の大きさ
79 / 107
Ⅸ ルナリア王国: シリウス訪問

5 それぞれの反響

しおりを挟む
 ナザレフ王太子は書簡を握り締め、眉をひそめた。

「は? どういうことだ……? なぜ、マーガレット嬢が、あのシリウス魔導官と面会する必要があるというのだ……」

 机の上に置かれた地図や書類に目を落としながら、心の中で独り言をつぶやく。
「彼女は、自分の命を危険に晒した相手にまで、情けをかけるのか。シリウスの魔導官としての将来まで気にかけるとは……すごいな」

 ナザレフはふと、窓の外に目を向け、呟く。
「……私もまだまだだな」
 心の奥で、彼の胸に小さな感嘆が芽生える。マーガレットの広い視野と、人を育てる心情に、素直に感心していた。

 ペンを手に取り、書簡に軽く目を通しながら、再びつぶやく。
「なるほど……彼女の行動には、必ず意味があるのだな。私も、もっと精進せねば……」

 窓の外の景色に目を細めながら、ナザレフ王太子は静かに決意を新たにした。

◇◇◇

 その頃、アルマディア公国では――。

「は?……もう一度、言ってくれ」
 ニコラスは、受け入れ難い事実を拒むように言葉を詰まらせ、聞き返した。

「……はい。ヴァルディア王国より連絡が。マーガレット嬢は、これよりルナリア王国へ向かわれるとのことです」
 侍従は、言いづらそうに視線を落としながら告げた。
 
  ニコラスの指先から、持っていた書類がぱさりと落ちた。

「……ルナリア、だと?」

 胸の奥が、きゅっと痛む。
 ついさっきまで歓喜で満ちていた心が、何か黒いものに触れられたようにざわめき始めた。

(なぜだ……なぜ、今、ルナリアなんだ……?
 どうして“あいつ”なんかに会いに行く必要がある?)

 シリウス・ヴァーン。
 マーガレットを危険に晒した張本人。
 国ぐるみで処罰を受けている魔導官。

 その男と――自分の大切な女性が、会いに行く?

 心の中に、初めて覚える“嫉妬”が燃え上がる。
 自分でも驚くほど、感情が荒れる。

 侍従が恐る恐る続けた。

「ルナリア王国側の発表では……マーガレット嬢が、シリウス魔導官との面会を希望された、とのことで……」

「……マーガレットが?」

 ニコラスは、ぎゅっと拳を握りしめた。
 マーガレットの意思――それが何より胸を締め付ける。

 彼女のことは、信じている。
 優しくて、公平で、誰より強い。

 けれど。

(……嫌だ。あんな男に、もう一度近づいてほしくない)

 自分がどれほどの想いを抱いているのか、いまさら痛いほど突きつけられた。
 マーガレットが遠い国で別の誰かと話すだけで、こんなにも胸が苦しい。

 ニコラスはゆっくり立ち上がると、深く息を吐いた。

「……彼女が決めたことなら、尊重すべきだ。だが――」

 言葉を切る。
 だが、その瞳ははっきりと嫉妬と焦りの色を帯びていた。

(……君の隣にいたいのは、この俺なんだよ、マーガレット)

「……会いたい。けれど、行けない。」

 しかし、その願いは口から出た途端、霧雨に溶けて消える。
 ニコラスは知っていた。
“王子の恋”は、自分の感情だけで動くことを許されない。

国の都合。
外交儀礼。
周囲の思惑。
そして、マーガレットの未来。

 どれも振り切れない鎖のように絡みついてくる。

 だからこそ、彼の葛藤は苦しく、静かで、深い。

 彼は顔を上げ、そっと空に向かってつぶやいた。

「――いつか必ず会いに行く。
 だから、どうか……待っていて。」

 届くはずのない祈りを、雨が淡くさらってゆく。
 それでも、彼の瞳には揺るがぬ決意が宿っていた。

つづく

______________

いいね❤️&応援ありがとうございます🌿
皆さまのひと押しが執筆の力になります✨


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

公爵夫人の気ままな家出冒険記〜「自由」を真に受けた妻を、夫は今日も追いかける〜

平山和人
恋愛
王国宰相の地位を持つ公爵ルカと結婚して五年。元子爵令嬢のフィリアは、多忙な夫の言葉「君は自由に生きていい」を真に受け、家事に専々と引きこもる生活を卒業し、突如として身一つで冒険者になることを決意する。 レベル1の治癒士として街のギルドに登録し、初めての冒険に胸を躍らせるフィリアだったが、その背後では、妻の「自由」が離婚と誤解したルカが激怒。「私から逃げられると思うな!」と誤解と執着にまみれた激情を露わにし、国政を放り出し、精鋭を率いて妻を連れ戻すための追跡を開始する。 冒険者として順調に(時に波乱万丈に)依頼をこなすフィリアと、彼女が起こした騒動の後始末をしつつ、鬼のような形相で迫るルカ。これは、「自由」を巡る夫婦のすれ違いを描いた、異世界溺愛追跡ファンタジーである。

【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。

銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。 しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。 しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!

仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。 ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。 理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。 ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。 マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。 自室にて、過去の母の言葉を思い出す。 マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を… しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。 そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。 ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。 マリアは父親に願い出る。 家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが……… この話はフィクションです。 名前等は実際のものとなんら関係はありません。

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。 しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。 突然の失恋に、落ち込むペルラ。 そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。 「俺は、放っておけないから来たのです」 初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて―― ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

【完結】婚約破棄はいいのですが、平凡(?)な私を巻き込まないでください!

白キツネ
恋愛
実力主義であるクリスティア王国で、学園の卒業パーティーに中、突然第一王子である、アレン・クリスティアから婚約破棄を言い渡される。 婚約者ではないのに、です。 それに、いじめた記憶も一切ありません。 私にはちゃんと婚約者がいるんです。巻き込まないでください。 第一王子に何故か振られた女が、本来の婚約者と幸せになるお話。 カクヨムにも掲載しております。

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

処理中です...