【完結】愛しているから、触れないで

恋せよ恋

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正論の女王と、大好きな婚約者

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 王都の社交界において、ローゼリア・エインズワースの名を知らぬ者はいなかった。

 由緒正しき公爵家の令嬢。その輝くような金髪と、宝石のように澄んだ翠の瞳は「帝国の至宝」と謳われ、彼女が扇を揺らすだけで、名だたる夜会に華やかな風が吹く。

 だが、彼女を最も象徴していたのは、その美貌ではなく、他人の色恋沙汰に向けられる冷徹なまでの「正論」だった。

「いい? エメラルダ。浮気は病よ。それも、死ぬまで治らない不治の病。一度でもあなたを裏切った男に、二度目の価値なんてないわ。自分を大事にしない男を大事にする必要がどこにあるの? さっさと婚約破棄の書状を叩きつけて、あなたの価値に見合う、新しい紳士を探すべきよ」

 サロンの最奥、最高級の茶葉が香るお茶会のテーブルで、ローゼリアは毅然と言い放つ。
 浮気に涙する友人たちにとって、その助言は、凍えるほど冷たいが、確かに目を覚まさせるものだった

 「正論のローゼリア」。彼女は、愛に溺れて自尊心を捨てる女たちを、心の底から憐れんでいた。自分だけは、そんな「愚かな女」にはならない。その自信が、彼女の誇りを支えていたのだ。

 そんな彼女には、この上なく誇らしい婚約者がいた。オリビエ・ラングレー侯爵子息。

 次期侯爵の地位にあり、若くして将来を約束された存在だ。。そして何より、見る者の息を呑ませるほどの美貌の持ち主だった。

 夜会に彼が現れれば、未婚の令嬢のみならず、経験豊かな貴婦人までもが頬を染め、視線で彼を追いかける。彼は、ただそこに立つだけで周囲の空気を独占してしまう、天性の生まれつき人を惹きつけてやまない男だった。

 しかし、オリビエがその極上の微笑みを向けるのは、世界でただ一人、ローゼリアに対してだけだった。

「ローゼリア。今日も君が一番美しい。僕の隣にいてくれることが、いまだに夢のようだよ」

 学園の卒業を控えたある日の午後。木漏れ日が降り注ぐ東屋で、オリビエはローゼリアの指先に、とろけるような甘い口づけを落とした。

 彼は、ローゼリアを徹底的に甘やかし、慈しんだ。
 彼女が少しでも眉を寄せれば、この世の終わりかのように案じ、望むものは何でも手に入れ、贈った。

「オリビエ、そんなに私を甘やかしてどうするの? 私、わがままな女になってしまうわ」
「いいんだ。君のわがままを叶えるのが、僕の生き甲斐なんだから。他の男にその顔を見せないで。……君を僕だけの箱に閉じ込めてしまいたい」

 その独占欲すら、ローゼリアには心地よかった。

 オリビエが時折、夜会で他の女性に親しげに声をかけられ、ほんの少しだけ視線を交わしていることには気づいていた。嗅ぎ慣れない香水の香りをさせて、待ち合わせに現れたこともあった。

(いいの。だって、オリビエが本当に好きなのは私だもの)

 どうして、あなたから女物の香水の香りがするの。
 どうして、あんなにも親しげに身を寄せ合っていたの。

 その答えを、彼女は知ろうとしなかった。知ってしまえば、この幸福が壊れてしまう気がしたから。


 学園での彼も、あまりにも魅力的すぎた。寄ってくる羽虫をすべて追い払うのは不可能だ。それに、彼は最後には必ず自分の元へ帰り、膝をつき、愛を乞うように私を甘やかす。

「浮気は治らない。別れるべきよ」
 友人たちに放った言葉が、時折脳裏を掠める。けれど、ローゼリアはそれを素早く思考の隅に追いやった。

 自分は、彼女たちとは違う。私の夫になる人は、私を特別だと言ってくれる。私を誰よりも高く評価し、愛してくれている。「雑な遊び」と「本気の愛」の区別くらい、私のように賢い女ならつけられる。

 卒業式の日、全校生徒が見守る中、オリビエはローゼリアを抱き上げ、そっと椅子に座らせた。そして、その場にひざまずき、永遠の愛を誓った。

「君を、世界で一番幸せな妻にしてみせる」

 嬉しさと感動に胸を満たされ、ローゼリアは涙を流しながら、精一杯の愛の言葉を返した。その瞬間、彼の言葉に偽りなどあるはずがないと、心から信じていた。

 祝福の拍手、友人たちの羨望の眼差し、そして愛するオリビエの腕のぬくもり。ローゼリアは、自分の人生が完璧な形で完成したことを確信していた。

 その誓いが揺らぐ日など、ローゼリアは想像すらしていなかった。
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