【完結】愛しているから、触れないで

恋せよ恋

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因果応報

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「オリビエ様は、あなたを『彼女には愛情はない』となだめたそうね。でも、あの方に贈った宝石を、ご存知? あなたが誕生日に欲しがっていた、あの職人の一点物。……それと同じものが、あの男爵夫人の首元で光っていたそうよ」

 ローゼリアの頭の中で、昨日夫のオリビエが言った言葉がリフレインした。

『愛しているのは、ローゼリア、君だけだ。あれはただの欲の発散だよ』

(嘘。あの人は私を一番に……。でも、あの宝石は……)

「まさか、自分だけは特別だなんて、夢みたいな言い訳を信じているわけじゃないわよね? ローゼリア、あなたが言ったのよ。『浮気男の言葉は、呼吸と同じで無意味』だって」

 クスクスと、周囲から忍び笑いが漏れる。

 かつてローゼリアが振りかざした「正論」という名の武器が、今や刃となって彼女の喉元に突きつけられていた。

「早く離縁の書状を出して、私たちに『淑女の見本』を見せてちょうだい。それとも……これまで散々他人を批判しておいて、自分は夫に縋り付いて泣くだけの、可哀想な女に成り下がるのかしら?」

 ローゼリアは、真っ白な顔で唇を噛み締めた。

 大好きで、自分を甘やかしてくれる完璧な夫。でも、今の自分は、かつて自分が軽蔑していた「愚かな女」そのものだった。

 エメラルダの勝ち誇ったような笑みに、ローゼリアの喉の奥は焼けるように熱くなった。

「ねえ、ローゼリア。あんなに厳しく私を突き放したあなたのことだもの。もう離縁の手続きは進めているのよね? それとも、自分の言葉は他人専用だったのかしら?」

「……オリビエ様とは、まだ話し合いの最中よ」
 絞り出すように言った言葉は、自分でも驚くほど弱々しかった。

「話し合い? 笑わせないで」
 公爵夫人であるはずのエメラルダが、ティーカップを置く手を硬く震わせ、カチリという音が静まり返った広間に鋭く響いた。

「あなたが言ったのよ。『浮気男との話し合いなんて、泥棒に戸締まりの相談をするようなもの』だって。…… ローゼリア、あなたは今、自らの誇りを踏みにじっていることに気づいているの?」

 その瞬間、ローゼリアの脳裏に、昨夜のオリビエの姿が蘇った。

「ごめん、ローゼリア。あれはただの気まぐれだ。君を愛しているのは本当なんだ」
 そう言って、彼はローゼリアの頬を涙ながらに撫でた。その指先の熱、切なげな声、自分を求める瞳。

( だって、あの人は私を必要としているの。あんな年増の女とは、ただの……)

 そう言い訳をしようとしたローゼリアの唇が、エメラルダの次の一言で凍りついた。

「そういえば聞いたわ。その年上の愛人、ベルナール男爵夫人が夜会で吹聴していたそうよ。『オリビエ様は、お人形のように完璧すぎて面白みのない奥様に、すっかり飽き飽きしていらっしゃる』って。『私のように、酸いも甘いも噛み分けた女の方が、彼を解放してあげられるのよ』とまで……」

「……っ!」
 ローゼリアの視界が、屈辱で真っ赤に染まった。

 自分より八歳も年上で、社交界では「古びた薔薇」と揶揄されるような女に、自分の夫との時間を「解放」などと呼ばれた。

 自分がオリビエに捧げてきた「完璧な妻」としての努力。彼に愛されるために磨いてきた美貌も、知性も、気遣いも、すべてが「面白みのない人形」の一言で切り捨てられたのだ。

「かわいそうに。あんなに『あざとい』女に、あなたのオリビエ様は骨抜きにされているのね」

 友人たちの視線は、もはや同情ですらなかった。それは、高嶺の花が泥にまみれるのを愉しむ、残酷な見物人の眼差し。

「……失礼するわ」
 ローゼリアは、震える膝を叩いて立ち上がった。

 背後で「あら、逃げるの?」「お得意の正論はどうしたのかしら」という声が追いかけてくる。
 馬車に駆け込み、扉が閉まった瞬間に、ローゼリアは豪華なドレスの袖に顔を埋めて嗚咽した。

 ずっと大好きなのだ。美しくて、優しくて、自分を世界で一番のお姫様のように扱ってくれるオリビエを、心から愛していた。
 けれど、今彼女を包んでいるこの香水の残り香さえ、あの女の影が混じっているのではないかと疑ってしまう。

( 許せない……。許せないわ、オリビエ、どうして…… )

 かつて自分が友人に説いた「別れるべきよ」という言葉が、呪いのように胸に突き刺さる。
 離縁すれば、自分は「正論」を証明できる。けれど、オリビエを失う。でも、離縁しなければ、自分は「一生、社交界の笑い者」として生きることになる。

 馬車がラングレー侯爵邸の門をくぐる。
 そこには、何も知らない顔をして、自分を迎えに出る「最高に素敵で最低な夫」が待っているはずだ。

 ローゼリアは涙を拭い、馬車の窓ガラスに映る自分を見た。
 目は赤く腫れ、化粧は崩れている。そこには、「正論のローゼリア」の面影など微塵もない、ただの惨めな女が映っていた。
___________

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