婚約者が視線だけで妊娠すると噂のモテ男の副団長で胃が痛い!-黒歴史封印したいのに手遅れです!

恋せよ恋

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関わらぬに、越したことはない

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 「ねえ、ウィリアム様。明日の夜は、私と過ごしてくださいね」

 王宮の侍女バネッサが、媚びた仕草で身を寄せる。
 僕は彼女に何の感情も抱いていない。ただ、面倒だから応じているだけだ。付き合っているわけではないが、誘われれば応じる。長い間会わないこともあれば、毎週誘われることもある。身体の関係はあるが、時には友達感覚の気楽な関係――そう思っていた。

……だが、どうやら違ったようだ。

「私たち、“付き合って”もう三年になるでしょう。そろそろ将来のことも考えたいの。赤ちゃんも欲しいし、新居も決めなくちゃ。両親への挨拶も必要よ。いろいろ決めなきゃね」

 突然、バネッサが僕との将来について語り出した。

 僕は狐に摘まれたように呆気に取られた。何を言っているのか理解できない。気味の悪い者を見る目で、バネッサの言葉を遮った。

「待ってくれ。君は何を言っているんだ? 僕には婚約者がいる。君もそれは了承していたはずだろう。勝手に妄想して、僕との将来を語るのはやめてくれ」

 普段は感情の起伏のない僕の不機嫌な様子に、バネッサは慌てて言い訳を始める。

「え! でも、私たち、三年も付き合ってるのよ。普通は将来について考えるでしょう?」

「それだよ。誰が“付き合ってる”って言った? 僕たちは身体だけの不定期な関係だろう。将来なんてない」

 バネッサは怒りに顔を赤くして声を荒げる。

「はあ!? 付き合ってたでしょう! 私が誘えば必ず応じたじゃない。婚約者のクラリッサ様の誕生日にだって、毎年、私を優先してくれたじゃない!」

「……どういうことだ? 毎年、わざとクラリッサの誕生日に僕を誘ってたのか? 性格悪すぎないか?」

 その自覚のなさに、自分の間抜けさが腹立たしかった。

「そんな! 私のことが好きでしょう? 今さら、別れるなんて言わないで!」

 ついに涙を流し、僕に縋るバネッサが鬱陶しく思えた。

 そのとき、扉を叩く音がした。

 ―――コンコン

「どうぞ!」

 こんな状況なのに、バネッサはドアを叩く相手に声をかけた。

 ―――ギーッ

 開いた扉から現れたのは、まさかの王妃殿下の補佐官どのだった。

「えっ……どういうことですの、バネッサ様?」

 落ち着いた声で尋ねる補佐官どのに、興奮したバネッサは答える。

「私とウィリアム様は三年間も男女の関係を含めて深く愛し合ってきました! どうか私たちの結婚を認めてください!お願いします!」

 補佐官どのの表情は変わらず、冷静な態度は崩れない。

「お二人のことは、私にはお返事致しかねますわ。然るべき段取りを経て申し入れなさい。
 要件が以上でしたら、わたくしはこれで失礼します。今後、一切、関わり合いにはなりたくありませんので、お二人とも声をかけないでくださいましね」

「まっ、待ってくれ!……どういうことだ!」

 僕の呼ぶ声にも応えることなく、補佐官どのは部屋を出て行った。

 残された僕の怒りは凄まじかった。

「バネッサ! お前はわざわざこの状況で“関係ない“彼女を呼んだのか! なんと姑息で愚劣な。
 汚らしい! 悍ましい! 気持ち悪くて吐き気がする。俺はお前と将来を共にする気は一切ない。第一、お前を好きだと言った記憶すらない。
 身体だけの関係の相手と結婚する男がいるか? 思い上がりもいい加減にしろ!二度と連絡してくるな。顔も見たくない。失礼する。」

 ―――バタンッ

「うっ、うっ、うわあぁぁぁん……ひどいっ! ひどいわ! あんまりだわ!」
 バネッサの泣き声が、侍女宿舎に響き渡った。

 僕とバネッサの“痴情のもつれ”の噂は、翌日には王宮中に面白おかしく広まった。

 王妃マルグリットは、クラリッサの将来を守るためだけに、準男爵家三女のバネッサに男爵家の後妻として嫁ぎ先を用意した。

「婚約者のいる相手との不貞行為は、立派に慰謝料が発生する事案です。男爵家に払える額ではないでしょう。生家の爵位を売っても足りるかどうか……娼館に身を落とすことになるでしょうね……」

 ブルブルと身を震わせたバネッサは、男爵家の後妻となることに感謝し、納得して王宮を辞した。

 王宮内のウィリアムにまつわる噂は、一気に収まり――誰も王妃の不興を買いたくなかったからだ。

◇◇◇

 週末、クラリッサはルーブル子爵家へ帰省した。目的は、兄であり次期当主のマルクスの二十一歳の誕生祝いだ。

 兄マルクスは、母アメリア譲りの美しい銀髪と、青い瞳を持つ中世的美男子。
 父ルドルフに似て聡明で冷徹、見た目に騙されて侮ると痛い目を見るタイプの次期子爵である。

 小さい頃は、マルクスお兄様を怒らせると、とんでもない悪戯を仕掛けられたものだ。
 ある日、クラリッサが勝手に兄の机の上のインク壺を触ろうものなら――机ごとひっくり返されて、文字通りインクまみれに。
 ……とにかく、マルクスお兄様の怒りを買うと、後始末は全部クラリッサの役目だった。

 近々、ルーブル子爵家は伯爵に叙爵される予定なので、彼は次期ルーブル伯爵でもある。お兄様の才知と冷静さがあれば、伯爵家に昇格しても家の繁栄は盤石だろう。

 誕生祝いには、お兄様の婚約者、イザベラ侯爵令嬢も出席していた。
 イザベラ・ロレーヌ侯爵令嬢十八歳。彼女の学園卒業を待って婚姻予定の、お兄様の最愛。
 三年前、街で馬車が故障し立ち往生していたイザベラを、兄マルクスがロレーヌ侯爵邸まで送り届けた縁で結ばれた婚約。十五歳のイザベラ嬢の無垢な美しさに、十八歳の兄が一目惚れした末に”伯爵家への叙爵“を条件に成立した婚約である。

 会場は、愛と笑顔に溢れた温かいお祝いの言葉で満たされた。

 その場には、第一騎士団長こと、アーベル公爵家嫡男フェルナンドお兄様の姿もあった。いつもの厳しいお顔ではなく、家族・親戚と過ごす際の柔和なお顔で笑っている。

 クラリッサは、誕生祝いに婚約者ウィリアムを招待しなかった。
 人々は、婚約者の姿がないことで『ああ、そういうことか』と勝手に解釈し、噂した。

◇◇◇

 数日後、第一騎士団の執務室にて。
 フェルナンド騎士団長が書類を閉じ、ウィリアム副団長に声をかけた。

「ウィリアム。先週末のルーブル子爵令息マルクスの誕生会――知っていたか?」

 突然の話題に、ウィリアムは怪訝そうに眉をひそめた。

「え? 招待状は……受け取っていないはずですが。」

「……やはりな。」
 フェルナンドは低く息をつき、言葉を続けた。

「昨日、ルーブル子爵家でマルクスの誕生祝いが開かれた。友人、親戚、家族……多くの者が招かれた。もちろん、私もだ。
 だが――クラリッサの婚約者であるお前が姿を見せなかったことが、早くも噂になっている。」

 ウィリアムの顔がわずかに強張る。

「……噂、ですか。」

「いずれ直接、お前に問いただす輩も出てこよう。事を荒立てぬよう、無難な返答を準備しておけ。
 ……そして、もう一つ。」

 団長の声音が、鋼のように硬くなる。

「お前とクラリッサの婚約は、近々“お前の有責”として破棄されるだろう――と、もっぱらの噂だ。……身から出た錆だな、ウィリアム。」

 その言葉が落ちた瞬間、ウィリアムの思考は真っ白になった。
 どうやって執務室へ戻ったのか、自分でも覚えていない。

 ――クラリッサとの婚約がなくなる。そんな未来を想像したことすらなかった。

 彼女を失うかもしれないという現実が、ウィリアムの胸中を激しく掻き乱していた。

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