婚約者が視線だけで妊娠すると噂のモテ男の副団長で胃が痛い!-黒歴史封印したいのに手遅れです!

恋せよ恋

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恋愛脳の母と、片想い八年の終わり

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 ルーブル子爵家の庭園は小さいながらもよく手入れされ、今は白薔薇が花の盛りを迎えている。
 その中庭、噴水を望む白薔薇のアーチの向こう、四阿にはアフタヌーンティーの準備が整えられていた。

 十歳で婚約した当時は月に一度のお茶会が予定されていたものの、ウィリアム様の“多忙”を理由に一年ほどで断られ続け、自然消滅。
 その後は、クラリッサの黒歴史――押しかけたり追いかけ回したり――のせいで、気まずさも相まって会うことすらなくなっていた。

 正直、『なんで、いまさらお茶会なんて?』という気持ちが拭えない。ウィリアム様の行動を見る限り、とても婚約者がいるようには思えないのだ。
 だが今回は、母アメリアが先に招待状を送ってしまったせいで断れず、クラリッサは重い足取りで昨晩から子爵家に戻っている。

「ごきげんよう、ウィリアム様。ご多忙でしょうに申し訳ございません。流行りのパウンドケーキをご用意しておりますので、宜しければ騎士宿舎の皆さまとお召し上がりくださいませ。領地で摘み取った希少な茶葉もございますので、一杯だけでも味わってからお帰りください……。」

 クラリッサは、いつもの“できる補佐官”の顔で、一息に告げた。要するに、“さっさとお帰りください”である。

 ウィリアムは一瞬、怪訝そうに眉を動かしたが、すぐに柔らかい笑顔を浮かべた。

「いや、疲れていても、美しい君に会うと不思議と癒やされるよ。招待してくれてありがとう。今後は、できるだけ夜会などにも同伴したいと思っている。」

(……はい出ました、“美しい君に会えて疲れが癒やされていくよ”の甘い言葉。いやいやいや、ウィリアム様。昨日までのあなたの行動、ぜんぶチャラにできると思ってます?)

 訝しむ視線を無意識に向けていたらしく、ウィリアムは戸惑ったように首を傾げた。

( だいたい、“夜会に同伴したい”って……何その今さら婚約者ムーブ。あなた、王宮じゃ女官に、にっこにこで手を握られてましたよね?わたし、あの生垣の向こうから見てましたよ?
 クラリッサ=王宮補佐官=あなたの現場を把握してる、っていう簡単な方程式にどうして気づかないのかしら。この人、本当にわたしの顔覚えてるの?四年で髪の色が変わっただけで記憶が初期化される仕様なんですか?)

( というか、“美しい君”とか言われる筋合いないんですけど!? これまでのやる気ゼロ婚約者ムーブはどう説明するんです? いまさら距離を縮めようとしても遅いんですよ。こっちはもう、『あ、これは自然消滅パターンだな』って、心の準備まで完了してたんですから。)

(なのに、なんで今日に限ってやたら優しいわけ? ああもう、対応が読めない。読めなさすぎて怖い。“疲れが癒やされる”とか言ってるけど、こっちはあなたの存在だけで疲弊してるんですよ。)

 クラリッサの心の声(恐ろしいほどの長文)が、淑女の微笑みの下に巧みに隠された。

 クラリッサは、ふと気付いてしまった。

(……待って。わたし、ウィリアム様のどこが好きだったんだっけ?誠実さ? 優しさ? 思いやり? ……全部、なかったわね? じゃあ……顔? 顔なの? 顔“だけ”?)

 ぐらり、と心の中で何かが音を立てて崩れた。

(いやもう……え、これ、婚約解消でよくない?いま気付いたわたし、むしろ偉くない?)

 白薔薇が咲き誇る四阿の中、クラリッサは一人、人生最大級の“悟り”を開いていた。

 目の前で優雅に紅茶を口にするウィリアム様が、途端に“ハリボテのイケメン”に見えてくる。……いや、騎士団の副団長なのだから、デキる男の魅力は確かにあるのよ?
 あるのだけれど――中身の方向性が、致命的にわたしと噛み合っていないというか、残念ながら“魅力 > 不信感”という計算式がとうの昔に崩壊しているというか……。

 気づけば、その完璧なお顔も、“立体感のない飾り絵”に見えてきた。

( わたし、ついに気づいてしまったのよね……。ウィリアム様の好きなところ、顔しかなかったわ。)





 お茶会が終わり、ウィリアム様が麗しい笑顔を残して帰って行った後、わたしはそそくさと立ち上がり、お母様へ面会を申し入れた。

 ____コンコンッ 「失礼いたします……」

 さすがは元公爵令嬢、お母様はソファに腰かけているだけで圧倒的オーラと風格を放っている。今なお美貌を保ち、クラリッサと並べば「姉妹?」と聞かれる常連だ。その一言がまた、お母様の美しさに燃料投下しているのだから恐ろしい。

「あら、お茶会はもう終わったの? ウィリアム様とは仲良くしているのかしら?」

 はい来ました、恋愛脳全開モード。お母様は“初恋のきらめきは永久不滅”と思っている節がある。たぶん、お父様といまだに初々しいせい。

「お母様、お話があります――」

 クラリッサは、丁寧に事実を告げた。八年の交流ゼロ。王宮で会っても、女性連れ。婚約者認識ゼロ。女性関係は火のついた藁より早く燃える噂。証拠もすぐ集まる。婚約解消したい、と。

(言ってやったわ……! ついに口にしたわ……! わたしの口から“婚約解消”が!!もっと動揺するかと思ったけど、言ってみたら意外とスッとしたわ……!いや、スッとしちゃダメなんだけど。人生の岐路なんだけど。)

 お母様は、静かに、しかし痛ましげに娘を見つめた。

「そう……そうなのね。ウィリアム様が、そんな方だったなんて…… (バキィッ) 」

 お母様が広げていたレース扇子が、音をたてて真っ二つに折れた。扇子は壊れたのに、お母様の微笑だけは完璧だ。同時に、声の温度がスッと下がる。

「クラリッサ、ウィリアムの有責で婚約破棄に向けて、証拠を集めなさい。来月、また話しましょう。来週末のマルクスの誕生祝いには参加してね。みんなで一緒にお祝いしましょう。」

(でた……“アメリア様・氷の微笑みモード”。お母様、お気に入りの扇子を素手で……。そして“ウィリアム様”が“ウィリアム”に降格……!ごめんなさい……。でも、わたし、八年間 “絶望に片想い”してただけなの。もう限界。お母様の恋愛ファンタジーに、わたしの心はついていけなかったの……。)

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