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廊下で壁ドンする男と、胃薬を飲む女
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今日も王宮の裏庭を抜け、書類を届けに向かっていたクラリッサは、ふと鼻先をくすぐる甘い香りに眉をひそめた。
(……バニラ?ムスク?なんか、混ざってる……)
嫌な予感しかしない。香りの方向に視線を向けると――庭の大理石ベンチの上に、明らかに“落とした”としか思えない レースのハンカチ が。
(来たわね……現場の“残り香”……!!)
ハンカチには淡い香水がしっかり染みついており、となりの花壇には、誰かが勢い余って倒れたのか、ラベンダーが不自然に折れている。
さらに、ベンチの影には――ウィリアム様の名前入りの上着が無造作に掛けられていた。
「……脱いだのね。うん、脱いだのよね。
仕事中に上着を……脱ぐ必要のある“作業”ね……?」
上着の胸元には、女性の口紅らしき淡い赤い跡がついていた。
クラリッサはそっと外套を摘まみ、腕を伸ばしたままの姿勢で持ち上げた。──自分の体に触れさせないという、強い嫌悪がにじむ距離感である。
(触れたら負けよ……いや、物理的にも精神的にもダメージが大きいわ……)
だが、ここに置きっぱなしにはしておけない。
このまま放置すれば、また王宮中でウィリアム様の女遊びの噂が増殖するだけだ。
(せめて火種くらいは消しておかないと……。本人が火柱を立てるのは止められないけれど!)
「王宮の環境美化のためにも……専用の焼却炉を導入したいわ……」
呟きながら深呼吸するけれど、残り香が余計に鼻についた。
(はぁ……“いま、まさに!”の現場も嫌だけど……“直前までいました”の残骸を見るのも精神に悪いわね……)
クラリッサは上着を回収し、足早に王宮へ戻った。
ある日、王宮の廊下を、書類を抱えて小走りになる。
「王妃殿下に提出する資料、今日中に仕上げないと……」
曲がり角を曲がった、その瞬間。
「――ウィリアム様、誰か来ちゃいます……っ」「大丈夫だ、すぐ終わるから」
(……は?)
思考が止まる。
そこにいたのは、着衣が半分ずり落ちている侍女と、“絶賛イベント開催中”のウィリアム。
(ちょ、ちょっと!?“いま、まさに!”なのは見れば分かるけど、なぜ廊下で!?)
クラリッサは反射的に書類で顔を隠す。目だけをチラッと出すのが、余計にコソコソしていて余計に惨事。
「わ、わたし何も見てませんから!ごゆっくりどうぞ!!」
声が裏返った。侍女は悲鳴を飲み込み、ウィリアムは軽く睨んでくる。
(睨まれた……。いや、睨みたいのはこっちよ!?)
クラリッサは慌てて踵を返し、廊下の端まで後退。心臓を押さえながら深呼吸する。
(はぁ……またよ。どうして私は、こんなにも“現場”に遭遇するの?
これって星回り?運命?それとも……ウィリアム様の打率が高すぎるだけ?)
最初は「またか」と思える程度の呆れだった。
けれど――頻度が増えるにつれ、その呆れはじわじわと別の感情に変わっていった。
(……嫌だ。なんか、もう、本当に嫌。少女の頃、庭園で侍女とイチャついてるのを偶然見た時とは……レベルが違うわ)
当時は、まだ子どもで、見たものの意味も曖昧だった。ただ“ショック”だっただけ。
でも今は違う。“意味”も“背景”も“理由”も分かる年齢になってしまった。
(よりによって、王宮で、王妃殿下の補佐官の目の前で……何をしてるのよ、この人は)
胸の奥がぎゅっと痛む。視線を俯かせながら、心の中で静かに吐き捨てる。
(……最低)
さらに、まさに今、壁際で、侍女を片腕で抱き寄せ、例の“視線だけで妊娠する男”が半分ほどシャツをはだけていた。
その表情は、爽やかさと艶っぽさを絶妙にブレンドした、“人をムカつかせるための顔”としか思えない完成度。
(……いや、なんでこんな時まで顔面偏差値が安定して高いの?事後に会っても爽やか、“しながら”会っても爽やかってどういう才能よ……)
クラリッサは反射的に、今回も“書類で顔を隠す・でも隙間から覗く”という、いちばん怪しい行動をとる。
「な、何も……見てませんから!どうぞそのまま続け――じゃなくて、失礼します!!」
叫んでしまった。侍女は耳まで真っ赤に、ウィリアム様はというと、ほんのり眉をひそめて見下ろしてくる。
「……補佐官…どの?」
低く落ち着いた声。それがまた腹立つ。こんな状況でも美声ってどういうこと。
(こっちは純情な心が毎度粉砕されてるのよ!?もうちょっと慌てなさいよ!せめて“やべっ”って顔しなさいよ!!)
クラリッサは踵を返し、廊下の端まで退避。壁に頭をコツンとつけながら、深く深くため息をついた。
(いま……“補佐官どの”って呼んだわね、ウィリアム様。まだ、気づいてないの……?ていうか、婚約者なんですけど!)
呆れは次第に、胸の奥の嫌悪へと変わっていった。
昼食休憩は、侍女や女官たちの休憩所兼食堂では今日も恋バナが飛び交っていた。
「ねえ聞いた?ウィリアム様、今月はもう予定がいっぱいですって!」「じゃあ王宮内でワンチャン狙うしかないわね、ふふ」
(……風紀委員をここに配属したい)
クラリッサは食堂の端でそっとパンをちぎりながら、心の中で念仏を唱えていた。
そこへ、補佐官仲間で親友のナタリアがトレイを持ってやってくる。
「クラリッサ、また“何か”あった顔してるわね。
ほら、例えるなら……お気に入りの本を読もうとしたら、しおり代わりに元カレの写真が挟まってた時の顔?」
「......その例え、やめて。刺さるから。」
ナタリアは悪戯っぽく笑い、身を乗り出した。
「で? 今度はどこで“現場”を見たの?」
「……角を曲がったら“絶賛開催中”だったのよ。しかも壁ドン添え」
「あー、ウィリアム様なら、ありそう!」
「『ありそう!』じゃないわよ!普通、仕事中の廊下でしないでしょ!?っていうか普通の常識人は、人目のある廊下でイチャつかないのよ!
あの人……本当にいつ仕事してるの?」
ナタリアは紅茶をひと口、優雅に啜ってから、真顔で答えた。
「クラリッサ、あなたは勘違いしてるわ。
ウィリアム様は“モテ男”じゃない。“エネルギー効率のいい肉食獣”なの。」
「言い方。」
クラリッサは、げんなりした表情を浮かべる。
「だってそうでしょ? あの男、仕事はできる、顔もいい。性格は……まあ、棚の一番上に隠して置いとくとして。
副団長なんて役職まで付いて、毎日忙しく走り回ってるくせに――女関係だけは、どこからか時間をひねり出してくるのよ。
あれはもう、才能。特殊技能。国家資格にしてもいいレベル。」
「そんな才能、要らないわ……」
クラリッサは行儀悪く食卓に額を押しつけた。
「はぁ……なんでわたしはウィリアム様の“出没スポット探索係”みたいになってるの……?」
「知らないわ。でも、あなたって昔から運が悪いじゃない。ほら、学園時代も――」
「それ以上言わなくていいッ!!」
クラリッサの悲鳴が食堂に響く。
(……ああもう、嫌悪感が胃まできた。胃薬、まだ残っていたかしら……。)
______________
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嫌な予感しかしない。香りの方向に視線を向けると――庭の大理石ベンチの上に、明らかに“落とした”としか思えない レースのハンカチ が。
(来たわね……現場の“残り香”……!!)
ハンカチには淡い香水がしっかり染みついており、となりの花壇には、誰かが勢い余って倒れたのか、ラベンダーが不自然に折れている。
さらに、ベンチの影には――ウィリアム様の名前入りの上着が無造作に掛けられていた。
「……脱いだのね。うん、脱いだのよね。
仕事中に上着を……脱ぐ必要のある“作業”ね……?」
上着の胸元には、女性の口紅らしき淡い赤い跡がついていた。
クラリッサはそっと外套を摘まみ、腕を伸ばしたままの姿勢で持ち上げた。──自分の体に触れさせないという、強い嫌悪がにじむ距離感である。
(触れたら負けよ……いや、物理的にも精神的にもダメージが大きいわ……)
だが、ここに置きっぱなしにはしておけない。
このまま放置すれば、また王宮中でウィリアム様の女遊びの噂が増殖するだけだ。
(せめて火種くらいは消しておかないと……。本人が火柱を立てるのは止められないけれど!)
「王宮の環境美化のためにも……専用の焼却炉を導入したいわ……」
呟きながら深呼吸するけれど、残り香が余計に鼻についた。
(はぁ……“いま、まさに!”の現場も嫌だけど……“直前までいました”の残骸を見るのも精神に悪いわね……)
クラリッサは上着を回収し、足早に王宮へ戻った。
ある日、王宮の廊下を、書類を抱えて小走りになる。
「王妃殿下に提出する資料、今日中に仕上げないと……」
曲がり角を曲がった、その瞬間。
「――ウィリアム様、誰か来ちゃいます……っ」「大丈夫だ、すぐ終わるから」
(……は?)
思考が止まる。
そこにいたのは、着衣が半分ずり落ちている侍女と、“絶賛イベント開催中”のウィリアム。
(ちょ、ちょっと!?“いま、まさに!”なのは見れば分かるけど、なぜ廊下で!?)
クラリッサは反射的に書類で顔を隠す。目だけをチラッと出すのが、余計にコソコソしていて余計に惨事。
「わ、わたし何も見てませんから!ごゆっくりどうぞ!!」
声が裏返った。侍女は悲鳴を飲み込み、ウィリアムは軽く睨んでくる。
(睨まれた……。いや、睨みたいのはこっちよ!?)
クラリッサは慌てて踵を返し、廊下の端まで後退。心臓を押さえながら深呼吸する。
(はぁ……またよ。どうして私は、こんなにも“現場”に遭遇するの?
これって星回り?運命?それとも……ウィリアム様の打率が高すぎるだけ?)
最初は「またか」と思える程度の呆れだった。
けれど――頻度が増えるにつれ、その呆れはじわじわと別の感情に変わっていった。
(……嫌だ。なんか、もう、本当に嫌。少女の頃、庭園で侍女とイチャついてるのを偶然見た時とは……レベルが違うわ)
当時は、まだ子どもで、見たものの意味も曖昧だった。ただ“ショック”だっただけ。
でも今は違う。“意味”も“背景”も“理由”も分かる年齢になってしまった。
(よりによって、王宮で、王妃殿下の補佐官の目の前で……何をしてるのよ、この人は)
胸の奥がぎゅっと痛む。視線を俯かせながら、心の中で静かに吐き捨てる。
(……最低)
さらに、まさに今、壁際で、侍女を片腕で抱き寄せ、例の“視線だけで妊娠する男”が半分ほどシャツをはだけていた。
その表情は、爽やかさと艶っぽさを絶妙にブレンドした、“人をムカつかせるための顔”としか思えない完成度。
(……いや、なんでこんな時まで顔面偏差値が安定して高いの?事後に会っても爽やか、“しながら”会っても爽やかってどういう才能よ……)
クラリッサは反射的に、今回も“書類で顔を隠す・でも隙間から覗く”という、いちばん怪しい行動をとる。
「な、何も……見てませんから!どうぞそのまま続け――じゃなくて、失礼します!!」
叫んでしまった。侍女は耳まで真っ赤に、ウィリアム様はというと、ほんのり眉をひそめて見下ろしてくる。
「……補佐官…どの?」
低く落ち着いた声。それがまた腹立つ。こんな状況でも美声ってどういうこと。
(こっちは純情な心が毎度粉砕されてるのよ!?もうちょっと慌てなさいよ!せめて“やべっ”って顔しなさいよ!!)
クラリッサは踵を返し、廊下の端まで退避。壁に頭をコツンとつけながら、深く深くため息をついた。
(いま……“補佐官どの”って呼んだわね、ウィリアム様。まだ、気づいてないの……?ていうか、婚約者なんですけど!)
呆れは次第に、胸の奥の嫌悪へと変わっていった。
昼食休憩は、侍女や女官たちの休憩所兼食堂では今日も恋バナが飛び交っていた。
「ねえ聞いた?ウィリアム様、今月はもう予定がいっぱいですって!」「じゃあ王宮内でワンチャン狙うしかないわね、ふふ」
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クラリッサは食堂の端でそっとパンをちぎりながら、心の中で念仏を唱えていた。
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ナタリアは悪戯っぽく笑い、身を乗り出した。
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あの人……本当にいつ仕事してるの?」
ナタリアは紅茶をひと口、優雅に啜ってから、真顔で答えた。
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ウィリアム様は“モテ男”じゃない。“エネルギー効率のいい肉食獣”なの。」
「言い方。」
クラリッサは、げんなりした表情を浮かべる。
「だってそうでしょ? あの男、仕事はできる、顔もいい。性格は……まあ、棚の一番上に隠して置いとくとして。
副団長なんて役職まで付いて、毎日忙しく走り回ってるくせに――女関係だけは、どこからか時間をひねり出してくるのよ。
あれはもう、才能。特殊技能。国家資格にしてもいいレベル。」
「そんな才能、要らないわ……」
クラリッサは行儀悪く食卓に額を押しつけた。
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「知らないわ。でも、あなたって昔から運が悪いじゃない。ほら、学園時代も――」
「それ以上言わなくていいッ!!」
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