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昨晩の誓いはどこへ?
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ーー「これからは君の婚約者として、誠心誠意努めていく。」
ウィリアム様。あなた、昨晩の夜会でそう言いましたよね?ね??
( ……わたし、夢でも見ていたのかしら?ついに憧れが幻聴を生成する域に到達してしまったの? )
そう思わずにはいられないほど、わたしは今、庭園のベンチから動けなくなっている……。
──遡ること、たった十分前。
忙しくて昼休みもとれなかったわたしに、王妃殿下が「ニ時過ぎに休んできなさい」と天使のような慈悲をくださった。
お気に入りの紅茶。ふわふわのカップケーキ。静かな庭園のベンチ。
はい、ここまでは最高に幸せな午後でした。ついさっきまでは。
ところが。
「ねえ、ウィリアム様。今度、一緒に夜会に参加したいですわぁ~」
……え? モテモテ婚約者様のお名前が聞こえた瞬間、心臓が飛び跳ねて口から出るかと思った。
どうやら、あちらからは生垣が壁になっていて、わたしは見えていないらしい。
ありがたいような、ありがたくないような……いや、今は圧倒的にありがたい。
「週末、我が家で夜会があるんですの。ぜひ、いらしてくださいませね、ねぇ。」
はい出ました、甘え声。はい、例のふにゃふにゃ甘え声。耳当たりは柔らかいのに、後味だけ妙に重たい……何この矛盾。ウィリアム様の返事は聞こえないけれど、わざわざ人気のない場所にいるってことは……“そういうこと”ですよね?ね?
( あーーーもうっ!どうしてあなたはそんなに“自分の婚約者の心にダメージを与えるプロフェッショナル”なの!? )
本音を吐き出しつつも、立ち上がるわけにはいかない。今動いたら、100%、見つかる。見つかったら、どうなるか?…… 想像したくもない。
( いいから早く終わって!わたしの休憩時間を返して!これ、なんの地獄よ!?……っていうか、“終わって”って何よ! 自分で言ってて泣けてくるわ。 )
クラリッサ、本日の癒しの時間、まさかの開始五分で強制終了。
笑顔で休憩に出たはずのクラリッサが、なぜか魂が少し抜けたような疲れ顔で戻ってきたものだから、マルグリット王妃は一瞬だけ怪訝そうに眉を寄せた。
だが、あえて何も聞かず、いつも通りに仕事を任せてくださるあたりが、王妃殿下の大人の気遣いである。
( ……ありがとうございます、王妃殿下。今わたしの心の中は、説明すると長くなりすぎるカオスです…… )
午後の業務は、黙々とこなす。いや、むしろサクサク進んだ。というのも、今晩は友人ナタリアからのお誘いで、マルディ侯爵家の夕食会に参加する予定があるのだ。
( やった……ナタリアの前なら、遠慮なく心の澱を吐き出せるわ……!今日の出来事、全部……ぜんぶ聞いてもらうからね!! )
そう思うと、筆も手も気持ちよく動き、書類の山がどんどん低くなっていった。
◇◇◇
「……って、ことがあったのよ!」
夕食会が始まるや否や、クラリッサは午後の庭園で遭遇した“精神的拷問タイム”を、盛大に愚痴り倒した。
「昨日の今日よ……? 『これからは君の婚約者として誠心誠意──』って言ったあの言葉、いったい何だったのよ!?もうね、わけがわからなさすぎて、逆に笑えてくるわ!ははは…」
両手をブンブン振り回しながら熱弁するクラリッサを、ナタリアは頬杖をついて、いつもの意地悪く楽しそうな笑みで眺めている。
「はいはい、またそれ。クラリッサ、あなた本当に懲りないわね。ウィリアム様って“王宮一のモテ男”なんだから、そんな急に変わるわけないじゃない。
それに、彼まだ“王妃殿下の補佐官どの”がクラリッサ本人だって認識してないんでしょ? それ、どう考えてもおかしいわよ?」
(おかしい、というか……もうホラーの領域よね。普通、一緒に働いてて気づくでしょうに!?わたし、影が薄すぎるのかしら……? いや違う、違うわよね?)
「わたしだったら、とっくに婚約破棄してるわよ。」
(ナタリア……それを言っちゃあおしまいよ。今の、けっこう本気で刺さったから。でも、言われてみれば……いやいや、違う、そこまで極端には……いや、でも……)
クラリッサの心の中で、ぐるぐると混乱が渦を巻き始めていた。
◇◇◇
ウィリアムは騎士宿舎へ戻ると、昼の出来事を思い返していた。
何度か関係を持った女官から、実家主催の夜会に誘われた。
自分に婚約者がいることなど、王宮ではもはや常識だというのに——むしろ“子爵令嬢相手なら勝てる”と考えているのか、女性たちの積極性が日に日に増している気がする。
( クラリッサ嬢に直接迷惑が掛からなければ、まあ……放置でいいだろう。そのうち飽きて離れていくさ。 )
これまでは、そんな軽い気持ちだった。
だが、昨晩の夜会でのクラリッサは——記憶にある“金髪の少女“とは違い、まるで別人のようだった。
艶のあるブルネットの豊かな巻き毛。
青にオリーブ色が混じる、吸い込まれるような瞳。
柔らかく、しかし凛とした気品。
四年ぶりに見た彼女は、美しく、魅力的で、優美な“大人の女性”に成長していた。
(……あれほどの女性になるとは、思っていなかったな。)
その瞬間から、ウィリアムの心は静かに、しかし確実に彼女へ傾き始めていた。
(ああ……彼女がいれば、もう他の女など必要ないな。)
なのに。
( まあ、遊び相手たちとは適当に距離を置いていけばいいか。クラリッサに気づかれない程度に、ゆっくりと……)
自分でクラリッサに向かって『これからは君の婚約者として、誠心誠意努めていく』と堂々と言い切ったことすら、ほぼ無自覚である。
そして——
目の前で毎日顔を合わせている“王妃殿下の補佐官”が、まさにそのクラリッサ本人であることにも、まったく気付いていなかった。
________________
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ウィリアム様。あなた、昨晩の夜会でそう言いましたよね?ね??
( ……わたし、夢でも見ていたのかしら?ついに憧れが幻聴を生成する域に到達してしまったの? )
そう思わずにはいられないほど、わたしは今、庭園のベンチから動けなくなっている……。
──遡ること、たった十分前。
忙しくて昼休みもとれなかったわたしに、王妃殿下が「ニ時過ぎに休んできなさい」と天使のような慈悲をくださった。
お気に入りの紅茶。ふわふわのカップケーキ。静かな庭園のベンチ。
はい、ここまでは最高に幸せな午後でした。ついさっきまでは。
ところが。
「ねえ、ウィリアム様。今度、一緒に夜会に参加したいですわぁ~」
……え? モテモテ婚約者様のお名前が聞こえた瞬間、心臓が飛び跳ねて口から出るかと思った。
どうやら、あちらからは生垣が壁になっていて、わたしは見えていないらしい。
ありがたいような、ありがたくないような……いや、今は圧倒的にありがたい。
「週末、我が家で夜会があるんですの。ぜひ、いらしてくださいませね、ねぇ。」
はい出ました、甘え声。はい、例のふにゃふにゃ甘え声。耳当たりは柔らかいのに、後味だけ妙に重たい……何この矛盾。ウィリアム様の返事は聞こえないけれど、わざわざ人気のない場所にいるってことは……“そういうこと”ですよね?ね?
( あーーーもうっ!どうしてあなたはそんなに“自分の婚約者の心にダメージを与えるプロフェッショナル”なの!? )
本音を吐き出しつつも、立ち上がるわけにはいかない。今動いたら、100%、見つかる。見つかったら、どうなるか?…… 想像したくもない。
( いいから早く終わって!わたしの休憩時間を返して!これ、なんの地獄よ!?……っていうか、“終わって”って何よ! 自分で言ってて泣けてくるわ。 )
クラリッサ、本日の癒しの時間、まさかの開始五分で強制終了。
笑顔で休憩に出たはずのクラリッサが、なぜか魂が少し抜けたような疲れ顔で戻ってきたものだから、マルグリット王妃は一瞬だけ怪訝そうに眉を寄せた。
だが、あえて何も聞かず、いつも通りに仕事を任せてくださるあたりが、王妃殿下の大人の気遣いである。
( ……ありがとうございます、王妃殿下。今わたしの心の中は、説明すると長くなりすぎるカオスです…… )
午後の業務は、黙々とこなす。いや、むしろサクサク進んだ。というのも、今晩は友人ナタリアからのお誘いで、マルディ侯爵家の夕食会に参加する予定があるのだ。
( やった……ナタリアの前なら、遠慮なく心の澱を吐き出せるわ……!今日の出来事、全部……ぜんぶ聞いてもらうからね!! )
そう思うと、筆も手も気持ちよく動き、書類の山がどんどん低くなっていった。
◇◇◇
「……って、ことがあったのよ!」
夕食会が始まるや否や、クラリッサは午後の庭園で遭遇した“精神的拷問タイム”を、盛大に愚痴り倒した。
「昨日の今日よ……? 『これからは君の婚約者として誠心誠意──』って言ったあの言葉、いったい何だったのよ!?もうね、わけがわからなさすぎて、逆に笑えてくるわ!ははは…」
両手をブンブン振り回しながら熱弁するクラリッサを、ナタリアは頬杖をついて、いつもの意地悪く楽しそうな笑みで眺めている。
「はいはい、またそれ。クラリッサ、あなた本当に懲りないわね。ウィリアム様って“王宮一のモテ男”なんだから、そんな急に変わるわけないじゃない。
それに、彼まだ“王妃殿下の補佐官どの”がクラリッサ本人だって認識してないんでしょ? それ、どう考えてもおかしいわよ?」
(おかしい、というか……もうホラーの領域よね。普通、一緒に働いてて気づくでしょうに!?わたし、影が薄すぎるのかしら……? いや違う、違うわよね?)
「わたしだったら、とっくに婚約破棄してるわよ。」
(ナタリア……それを言っちゃあおしまいよ。今の、けっこう本気で刺さったから。でも、言われてみれば……いやいや、違う、そこまで極端には……いや、でも……)
クラリッサの心の中で、ぐるぐると混乱が渦を巻き始めていた。
◇◇◇
ウィリアムは騎士宿舎へ戻ると、昼の出来事を思い返していた。
何度か関係を持った女官から、実家主催の夜会に誘われた。
自分に婚約者がいることなど、王宮ではもはや常識だというのに——むしろ“子爵令嬢相手なら勝てる”と考えているのか、女性たちの積極性が日に日に増している気がする。
( クラリッサ嬢に直接迷惑が掛からなければ、まあ……放置でいいだろう。そのうち飽きて離れていくさ。 )
これまでは、そんな軽い気持ちだった。
だが、昨晩の夜会でのクラリッサは——記憶にある“金髪の少女“とは違い、まるで別人のようだった。
艶のあるブルネットの豊かな巻き毛。
青にオリーブ色が混じる、吸い込まれるような瞳。
柔らかく、しかし凛とした気品。
四年ぶりに見た彼女は、美しく、魅力的で、優美な“大人の女性”に成長していた。
(……あれほどの女性になるとは、思っていなかったな。)
その瞬間から、ウィリアムの心は静かに、しかし確実に彼女へ傾き始めていた。
(ああ……彼女がいれば、もう他の女など必要ないな。)
なのに。
( まあ、遊び相手たちとは適当に距離を置いていけばいいか。クラリッサに気づかれない程度に、ゆっくりと……)
自分でクラリッサに向かって『これからは君の婚約者として、誠心誠意努めていく』と堂々と言い切ったことすら、ほぼ無自覚である。
そして——
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