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夜会で知る記憶のズレ
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「クラリッサ、あなた、ウィリアム様とは仲良くお付き合いしているのよね?」
ルーブル子爵家に帰省した私に、晩餐の席で母アメリアがいきなり爆弾を投げ込んできた。
__ゴホッッ! 「し、失礼いたしました……」
あまりに突然すぎて、飲んでいたスープを盛大に咽せたわたしは、涙目で謝罪する。
「あー、その、ええと……まあ、相変わらずでしょうか……」
必死に“明確な返答”を避ける。
「あなた、いつも“相変わらず”って言うけど、相変わらずって何?」
今日のお母様は珍しく引き下がらない。圧が強い。
「まあ、お母様。相変わらずは相変わらずでしてよ。ほほほ。」
もはや勢いと匂わせで押し切るしかない! いけ、誤魔化しスマイル!
「……今回は、誤魔化されませんよ。今週末のジョーセリア侯爵家の夜会にウィリアム様と一緒に参加しなさい。これは命令です。明日、商会を呼んでドレスを仕立てますから、そのつもりで。」
母アメリアの宣言は、もはや裁定。控訴不可。
(ああ、もう! 絶対面倒なことになるわ……ウィリアム様と“ご一緒した”ことなんて一度もないのに。
夜会で顔を合わせたのも、あの“未亡人と遭遇した夜会”以来じゃない……?)
「……わかりました。ウィリアム様には、こちらから招待状をお送りします。」
侍女に胃薬を持ってくるよう頼み、ようやくベッドに身を沈めた。
――今日は王宮から帰ってこなければよかった。
そんな後悔を胸に抱えたまま、家族との晩餐は静かに幕を下ろした。
サロンでお茶を飲んでいると、父ルドルフがひょっこり顔を出した。
「クラリッサ、元気がないね。……ウィリアム君が原因かな?」
頭脳明晰・冷静沈着、見た目は地味なのに中身は切れ味鋭いとアーベル公爵にお墨付きの父である。
(地味だけど超有能なのが父のチャームポイント。)
「ええ、お父様。……ウィリアム様の女性関係の派手さには、もう呆れ果てておりますの。」
母アメリアには絶対言えないウィリアムへの愚痴も、父ルドルフには安心して吐き出せる。
「ふむ……彼の自堕落な生活は、まだ続いているのかな?」
「自堕落、というか……まあ、女性関係以外は評価高いようですわ。騎士団の副団長としては、フェルナンドお兄様も“合格”って言ってましたし。」
「そうか。……彼は“誰か”を探しているのかもしれないね。」
父にしては珍しく、やけに含みのある物言いをしてくる。
「誰かって……どういう意味ですの?」
「クラリッサにとってのウィリアム君のような“誰か”だよ。
アメリアにとっての私で、私にとってのアメリア。
そしてマルクスにとってのイザベラ嬢のようなね。」
「つまり……“好きな人”ですわね?
残念ですが、それは私ではありませんわ。」
クラリッサは長いまつ毛をふせ、声を落とした。
「本当にそうかな? 私はね、ウィリアム君とクラリッサには“縁”があると思っているよ。
アメリアは恋愛脳だのなんだの言われるけど――彼女、見る目はあるからね。
きっとウィリアム君の探している“誰か”は君だよ、クラリッサ。」
父の言葉に、クラリッサの胸がじんわり温かくなる。
十九歳になった今の自分なら、前よりも冷静に、距離感を間違えずに――ウィリアム様と向き合えるのではないかしら。
……そう、思いたかった。
クラリッサの初恋は今も続いているのだ。
◇◇◇
週末のジョーセリア侯爵家の夜会は、上位貴族がずらりと集まる華やかな社交の場だった。
わたしは、ウィリアム様の瞳の色に合わせて“青いシフォンのドレス”を選んだ。彼からドレスが届いたことは一度もなかった。
会場では、ウィリアム様が現れた瞬間、令嬢とご婦人方がざわつき始める。
その騒ぎの中心の張本人は、なぜかキョロキョロと誰かを探しているようだ。
(また“次の女性”ですか? 本当に懲りないお方ね……)
と、呆れた視線を向けていると――バチンッと目が合った。
なのに、ウィリアム様は“目が合ったまま”動揺し、目を見開いて固まっている。
しばらく石像のようになっていたが、ハッと我に返ると、こちらへまっすぐ駆けてきた。
「クッ、クラリッサ?」
なぜか、小声で語尾が疑問形。動揺がダダ漏れである。
「はい。ウィリアム様、ご機嫌よう。お久しぶりでございます。」
わたしは“完璧な淑女スマイル”を貼りつけ、優雅にご挨拶――大人の女性の底力だ!
「クラリッサ……君は、確か金髪ではなかったのかい?」
……どうやらウィリアム様の中の私は、十歳で時が止まっているらしい。
地味に傷つくんですけど。
(この方、本当にわたしを見てなかったのね……やだ、泣きそう。)
「十歳の頃は金髪でしたが……十五歳で宿舎に伺った ( 女性と寝台で寝乱れていた )頃には暗い金髪でした。
最後の夜会でお会いした( 未亡人との事後に遭遇した)頃は、もう今のブルネットに近かったと思いますわ。」
――あえて、ウィリアム様が“一切覚えていなかった事実”を並べてやる。気づけ。反省しろ。という気持ちを込めて。
「そっ、そうか。そうだったね……失礼した。」
ウィリアム様は気まずそうに視線を落とした。過去の自分の軽率さを指摘されたと思ったのか、しゅん……となっている。(自業自得ですけど?)
「クラリッサ嬢、迎えに間に合わなくてすまなかった。急用があってね。」
ウィリアム様は、時間がなかったのか第一騎士団の制服で参加していた。
(……さすがに制服姿で不埒なことはできないでしょうね。今夜は安心……よね? 本当に?)
「君と向き合おうとせず、長い間すまなかった。
あらためて謝らせてほしい。これからは君の婚約者として、誠心誠意努めていく。」
その言葉は真剣そのもので、わたしの胸に不覚にも小さな波紋が広がった。
_______________
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ルーブル子爵家に帰省した私に、晩餐の席で母アメリアがいきなり爆弾を投げ込んできた。
__ゴホッッ! 「し、失礼いたしました……」
あまりに突然すぎて、飲んでいたスープを盛大に咽せたわたしは、涙目で謝罪する。
「あー、その、ええと……まあ、相変わらずでしょうか……」
必死に“明確な返答”を避ける。
「あなた、いつも“相変わらず”って言うけど、相変わらずって何?」
今日のお母様は珍しく引き下がらない。圧が強い。
「まあ、お母様。相変わらずは相変わらずでしてよ。ほほほ。」
もはや勢いと匂わせで押し切るしかない! いけ、誤魔化しスマイル!
「……今回は、誤魔化されませんよ。今週末のジョーセリア侯爵家の夜会にウィリアム様と一緒に参加しなさい。これは命令です。明日、商会を呼んでドレスを仕立てますから、そのつもりで。」
母アメリアの宣言は、もはや裁定。控訴不可。
(ああ、もう! 絶対面倒なことになるわ……ウィリアム様と“ご一緒した”ことなんて一度もないのに。
夜会で顔を合わせたのも、あの“未亡人と遭遇した夜会”以来じゃない……?)
「……わかりました。ウィリアム様には、こちらから招待状をお送りします。」
侍女に胃薬を持ってくるよう頼み、ようやくベッドに身を沈めた。
――今日は王宮から帰ってこなければよかった。
そんな後悔を胸に抱えたまま、家族との晩餐は静かに幕を下ろした。
サロンでお茶を飲んでいると、父ルドルフがひょっこり顔を出した。
「クラリッサ、元気がないね。……ウィリアム君が原因かな?」
頭脳明晰・冷静沈着、見た目は地味なのに中身は切れ味鋭いとアーベル公爵にお墨付きの父である。
(地味だけど超有能なのが父のチャームポイント。)
「ええ、お父様。……ウィリアム様の女性関係の派手さには、もう呆れ果てておりますの。」
母アメリアには絶対言えないウィリアムへの愚痴も、父ルドルフには安心して吐き出せる。
「ふむ……彼の自堕落な生活は、まだ続いているのかな?」
「自堕落、というか……まあ、女性関係以外は評価高いようですわ。騎士団の副団長としては、フェルナンドお兄様も“合格”って言ってましたし。」
「そうか。……彼は“誰か”を探しているのかもしれないね。」
父にしては珍しく、やけに含みのある物言いをしてくる。
「誰かって……どういう意味ですの?」
「クラリッサにとってのウィリアム君のような“誰か”だよ。
アメリアにとっての私で、私にとってのアメリア。
そしてマルクスにとってのイザベラ嬢のようなね。」
「つまり……“好きな人”ですわね?
残念ですが、それは私ではありませんわ。」
クラリッサは長いまつ毛をふせ、声を落とした。
「本当にそうかな? 私はね、ウィリアム君とクラリッサには“縁”があると思っているよ。
アメリアは恋愛脳だのなんだの言われるけど――彼女、見る目はあるからね。
きっとウィリアム君の探している“誰か”は君だよ、クラリッサ。」
父の言葉に、クラリッサの胸がじんわり温かくなる。
十九歳になった今の自分なら、前よりも冷静に、距離感を間違えずに――ウィリアム様と向き合えるのではないかしら。
……そう、思いたかった。
クラリッサの初恋は今も続いているのだ。
◇◇◇
週末のジョーセリア侯爵家の夜会は、上位貴族がずらりと集まる華やかな社交の場だった。
わたしは、ウィリアム様の瞳の色に合わせて“青いシフォンのドレス”を選んだ。彼からドレスが届いたことは一度もなかった。
会場では、ウィリアム様が現れた瞬間、令嬢とご婦人方がざわつき始める。
その騒ぎの中心の張本人は、なぜかキョロキョロと誰かを探しているようだ。
(また“次の女性”ですか? 本当に懲りないお方ね……)
と、呆れた視線を向けていると――バチンッと目が合った。
なのに、ウィリアム様は“目が合ったまま”動揺し、目を見開いて固まっている。
しばらく石像のようになっていたが、ハッと我に返ると、こちらへまっすぐ駆けてきた。
「クッ、クラリッサ?」
なぜか、小声で語尾が疑問形。動揺がダダ漏れである。
「はい。ウィリアム様、ご機嫌よう。お久しぶりでございます。」
わたしは“完璧な淑女スマイル”を貼りつけ、優雅にご挨拶――大人の女性の底力だ!
「クラリッサ……君は、確か金髪ではなかったのかい?」
……どうやらウィリアム様の中の私は、十歳で時が止まっているらしい。
地味に傷つくんですけど。
(この方、本当にわたしを見てなかったのね……やだ、泣きそう。)
「十歳の頃は金髪でしたが……十五歳で宿舎に伺った ( 女性と寝台で寝乱れていた )頃には暗い金髪でした。
最後の夜会でお会いした( 未亡人との事後に遭遇した)頃は、もう今のブルネットに近かったと思いますわ。」
――あえて、ウィリアム様が“一切覚えていなかった事実”を並べてやる。気づけ。反省しろ。という気持ちを込めて。
「そっ、そうか。そうだったね……失礼した。」
ウィリアム様は気まずそうに視線を落とした。過去の自分の軽率さを指摘されたと思ったのか、しゅん……となっている。(自業自得ですけど?)
「クラリッサ嬢、迎えに間に合わなくてすまなかった。急用があってね。」
ウィリアム様は、時間がなかったのか第一騎士団の制服で参加していた。
(……さすがに制服姿で不埒なことはできないでしょうね。今夜は安心……よね? 本当に?)
「君と向き合おうとせず、長い間すまなかった。
あらためて謝らせてほしい。これからは君の婚約者として、誠心誠意努めていく。」
その言葉は真剣そのもので、わたしの胸に不覚にも小さな波紋が広がった。
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