婚約者が視線だけで妊娠すると噂のモテ男の副団長で胃が痛い!-黒歴史封印したいのに手遅れです!

恋せよ恋

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視線だけで妊娠すると噂の男、沈む

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「おい、お前、見たか!? 王妃殿下付き補佐官どのの“大変身”!すっげぇ美人だぞ! あれは王宮でも五本の指に入る別嬪だ!」
「え!? まだ会ってないけど……そんなに変わるものか?黒縁眼鏡を外したくらいじゃないのか?」
「とんでもねぇって! マジで大変身なんだよ!みんな目ぇひんむいて、『誰!?』ってざわついたんだから!」

 

 今日の王宮の噂のトップは――「王妃殿下付き補佐官クラリッサの 大変身 」 である。

 しかし当の本人は、ただ“本来の姿に戻しただけ”だった。
 艶やかなブルネットの髪を、無理やりお団子に引っ詰めるのをやめただけ。
 視力は抜群なのに我慢してかけていた黒縁の伊達眼鏡を外しただけ。
 目元を覆うほど長かった前髪を、すっきり横に流しただけ。

 ――つまり、手間をやめただけで、圧倒的美人があらわになっただけである。

「おはようございます、マルグリット王妃殿下。今日も良いお天気ですね。」
 クラリッサは“素顔”のまま、にこやかに朝の挨拶をしながら入室した。

「おはよう、クラリッサ。あら? やっと妙な変装をやめたのね。その方がずっと魅力的よ。わたしの可愛いクラリッサは。」
 マルグリット王妃は、親友の娘に向けるとびきり柔らかな笑みを浮かべた。

 クラリッサは少し照れたように微笑む。
 その様子を見ていた侍従や女官たちは、ポカンと口を開け――
「えっ……誰!? クラリッサ補佐官!? 嘘だろ……!」

 その小さなざわめきは、ものすごい速度で王宮中に広がっていった。




  その噂に、ひとり大きく心を乱している男がいた。
――“視線だけで妊娠する”とまで言われる王宮一のモテ男、騎士団副団長ウィリアムである。

 クラリッサとの婚約は今にも消え入りそう。
 そのうえ、婚約者だった相手が「絶世の美人で、王妃殿下付き補佐官の才媛」という事実を突きつけられ、ウィリアムは動揺を隠せなかった。

「おいウィリアム、今朝の噂聞いたか? 王宮一のモテ男としては、血が騒ぐんじゃねえのか?」

 騎士仲間のジャックが軽口を叩く。他の仲間たちも『おいおい、行ってこいよ!』と好き放題にからかってくる。

「……放っといてくれ。俺は今、傷心なんだ。」

 ウィリアムの小さく沈んだ声に、仲間たちの笑いがピタッと止まった。

「ど、どうしたよ。あちこちに軽く声かけてるお前が、傷心って……」

 仲間の困惑を背に、ウィリアムはゆっくりと顔を伏せた。彼が搾り出すように呟いた言葉に、周囲は思わず目を見張る。

「……俺の婚約者だったんだ。クラリッサ補佐官は。それにも気づかず……俺は……俺は大馬鹿者だ……」

 両手で頭を抱え込むウィリアム。そこに、いつもの「モテ男」の影はどこにもなかった。
 ただの――失恋した男がいた。

 仲間たちは顔を見合わせ、どう声をかけていいのかわからず戸惑うばかりだった。そんな空気を払うように、ジャックがウィリアムの肩をガシッと抱き、わざと明るく叫んだ。

「よーし!今夜はウィリアムの“失恋祝い”だ!たまには俺たち“非モテ組”の気持ちを味わえっての!なあ、みんな!」

「お、おう……!」
「……慰めてるんだか、いじってるんだかわかんねぇぞ……!」
「ウィリアム、お前の奢りだからな!」

 仲間たちは苦笑しながらも、いつもの調子を取り戻すように声をあげた。その不器用な気遣いに、ウィリアムは力なくも少しだけ笑みをこぼす。――仲間の存在が、沈んだ心をそっと支えてくれる。




 その夜。第一騎士団の行きつけの酒場は、いつも以上に賑やかだった。
「ほらウィリアム、飲め飲め!今日はお前が主役だ!」
「副団長の失恋パーティとか、史上初なんじゃねぇか?」
「というか、女の方から振られたんだよな?歴史的事件だぞ!」

 仲間たちの容赦ないツッコミに、ウィリアムは肩を落とした。
「……泣くぞ?」

「泣け泣け!今日は泣いていい日だ!」
「俺たちなんて、いつも泣いてるんだぞ!」
「おい!お前と一緒にすんな!」

 酒が進むほど、普段はモテ男として隙を見せないウィリアムの、本来の情けなさや人間味がぽろぽろと溢れ出す。

「俺……本当に……クラリッサのこと、何も知らなかったんだ……婚約してたのに……昔の記憶すら曖昧で……」

 珍しく弱音ばかりの彼を、仲間のひとりがぼそりと呟いた。

「お前、今まで“相手を知ろう”なんて考えたことなかったもんな……」
「心じゃなくて、顔だけ見てたしな……いや、身体か?」
「まあ、女の方も顔しか見てなかったけど」

「うるせえ!!言い返せねぇのが余計に辛いんだよ!!」

 店内に笑いが弾けた。だが、誰もウィリアムを本気で馬鹿にしてはいない。今の彼が“本気で後悔している”と、みんな知っていたからだ。

 飲み会の途中、ウィリアムはふっと真顔になった。

「……なあ、俺……どうしたらクラリッサに、胸を張れる男になれるんだろうな」

 その言葉に、場がしん……と静まる。

 いつもなら軽口で終わる彼が、初めて“誰かを想う男の顔”をしていたからだ。

 ジャックが、静かに笑った。

「簡単だろ。今までみたいに、女を“使い捨て”にするのをやめりゃいい。
 一人の女を、“ちゃんと知ろう”とすることから始めるんだ。」

「…………」

「お前が“使い捨て”にしてきた女にもな、そいつに“本気で惚れてた男”がいたはずだ。
 ……そいつらの気持ちが、今ならわかるか?」

「……申し訳なかった。」

「お前の悪いところは、一個だけだ。
 “好かれて当たり前”だと思ってるとこ。」

「ぐっ……耳が痛い……!」

「痛がれ。そこが――お前のスタートラインなんだよ。」

 ウィリアムはしばらく黙り込み、酒を口に運んだ。そしてぽつりと呟く。

「……俺、変わりたい。本気で……クラリッサにふさわしい男になりたい。」

 その一言は小さかったが、仲間たちにはしっかり聞こえた。茶化すことも、笑うこともできなかった。

 なぜなら――“モテ男ウィリアム”ではなく“ひとりの男”としての覚悟が、その顔に刻まれていたからだ。




 その夜から、ウィリアムは変わった。

 女の子からの軽い誘いを、彼は初めて断った。すれ違う侍女へ軽くウインクする――いつもの癖も、気づけば出なくなっていた。挨拶代わりの軽い褒め言葉や、気安い食事の誘い。そして、身体だけを求める甘い囁きに乗ることも……もうしなくなった。

 仲間たちは驚いたり、からかったりしながらも、どこか誇らしそうにその背中を見ている。

 そしてウィリアムは思う。
(……クラリッサ。本当に俺は、大馬鹿者だった。でも――今度こそ、本当に好きになったんだ)

 女たらしのモテ男は、ゆっくりと“ただの真っ直ぐな男”へと変わり始めていた。

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