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終わらない元カノのマウント
ジャクリーン様の訪問は、一度きりの「事故」ではなかった。
それからというもの、彼女はまるで自分の別荘にでも通うような軽やかさで、頻繁に侯爵邸へと姿を見せるようになった。
「あら、ダニエラ様。今日も良いお天気ね。バーナードが好きだったアッサムの茶葉が手に入ったから、淹れて差し上げようと思って」
「あら、この花瓶の配置……以前のままね。彼はもっと光の入る場所を好んでいたはずだわ。直してあげてもよろしくて?」
彼女は、私の返事など待たずに邸内を歩き回り、使用人たちに親しげに声をかける。かつてこの邸の「未来の女主人」として遇されていた彼女に対し、古参の使用人たちも複雑な表情を浮かべつつ、無下に扱うことができないでいた。
私は、自分の家であるはずの場所で、居場所を失っていく感覚に陥っていた。
(いい加減にして……本当に、いい加減にして!)
自室に戻り、扉を閉めた瞬間に、私はベッドに倒れ込んだ。
パトリス様の時は、愛人の存在すら知らされぬまま「最後」を迎えた。けれど今は、夫の心が自分にないことを毎日、一分一秒、目の前で突きつけられている。
「……私の男運、ついに底を打ったわね。いえ、底が抜けて、奈落まで落ちたのかもしれないわ」
ぽつりと漏れた独白に、力ない乾いた笑いが混じる。
再婚すれば、過去の惨めな記憶は上書きされると思っていた。格上の侯爵夫人の座に座れば、誰も私を蔑まないと思っていた。
それなのに、現実はどうだ。
夫は多忙を理由に私を放置し、その隙間を、彼を「一番よく知っている」と自負する元恋人が埋めていく。
「再婚相手の元カノが家に入り浸るなんて……どんな喜劇よ。私、前世で何か大罪でも犯したのかしら」
ただ、平穏に暮らしたい。
誰かに熱烈に愛されなくてもいい。ただ、自分の居場所を、自分自身の尊厳を、誰にも踏み荒らされない静かな生活が欲しかっただけなのに。
その日の夜、珍しく早く戻ってきたバーナード様が、夕食の席で口を開いた。
「……最近、ジャクリーンが来ているようだな。使用人から聞いた」
心臓が跳ねた。私はフォークを持つ手に力を込め、努めて冷静を装う。
「ええ、左様でございます。バーナード様を案じて、色々と気を遣ってくださっておりますわ」
皮肉のつもりだった。だが、バーナード様は眉間を微かに寄せ、短く「そうか」とだけ答えた。否定もしない。出入りを禁じることもしない。
その沈黙が、私には何よりの「期待」に見えた。彼もまた、彼女が邸にいることを、心のどこかで許容し、望んでいるのではないか。
「……バーナード様。一つだけ、お聞きしてもよろしいですか?」
「なんだ」
「私との契約に、『元恋人の訪問を黙認すること』も含まれていましたでしょうか。もしそうなら、私の我慢が足りないだけですので、これ以上は何も申し上げませんが」
バーナード様の動きが止まった。
氷のような瞳が私を捉える。その奥に、初めて見る「困惑」のような色が過った気がした。
「ダニエラ、お前は――」
「失礼いたします。少し、頭痛がしますので、お先に失礼させていただきますわ」
私は彼の言葉を待たずに立ち上がった。
裏切られるのは、もう十分だ。
期待して、その後に来る絶望を味わうのは、パトリス様の時で最後にしたかった。
自室へ戻る長い廊下。窓の外には冷たい月が浮かんでいる。
私の男運。それは、私に「本当の幸せ」など、最初から用意していなかったのかもしれない。
___________
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📢新連載🌹【私の真似ばかりする従姉妹 ~「彼女の嘘で婚約者を奪われたけど、すべて私のお金だけど、大丈夫?」~】
それからというもの、彼女はまるで自分の別荘にでも通うような軽やかさで、頻繁に侯爵邸へと姿を見せるようになった。
「あら、ダニエラ様。今日も良いお天気ね。バーナードが好きだったアッサムの茶葉が手に入ったから、淹れて差し上げようと思って」
「あら、この花瓶の配置……以前のままね。彼はもっと光の入る場所を好んでいたはずだわ。直してあげてもよろしくて?」
彼女は、私の返事など待たずに邸内を歩き回り、使用人たちに親しげに声をかける。かつてこの邸の「未来の女主人」として遇されていた彼女に対し、古参の使用人たちも複雑な表情を浮かべつつ、無下に扱うことができないでいた。
私は、自分の家であるはずの場所で、居場所を失っていく感覚に陥っていた。
(いい加減にして……本当に、いい加減にして!)
自室に戻り、扉を閉めた瞬間に、私はベッドに倒れ込んだ。
パトリス様の時は、愛人の存在すら知らされぬまま「最後」を迎えた。けれど今は、夫の心が自分にないことを毎日、一分一秒、目の前で突きつけられている。
「……私の男運、ついに底を打ったわね。いえ、底が抜けて、奈落まで落ちたのかもしれないわ」
ぽつりと漏れた独白に、力ない乾いた笑いが混じる。
再婚すれば、過去の惨めな記憶は上書きされると思っていた。格上の侯爵夫人の座に座れば、誰も私を蔑まないと思っていた。
それなのに、現実はどうだ。
夫は多忙を理由に私を放置し、その隙間を、彼を「一番よく知っている」と自負する元恋人が埋めていく。
「再婚相手の元カノが家に入り浸るなんて……どんな喜劇よ。私、前世で何か大罪でも犯したのかしら」
ただ、平穏に暮らしたい。
誰かに熱烈に愛されなくてもいい。ただ、自分の居場所を、自分自身の尊厳を、誰にも踏み荒らされない静かな生活が欲しかっただけなのに。
その日の夜、珍しく早く戻ってきたバーナード様が、夕食の席で口を開いた。
「……最近、ジャクリーンが来ているようだな。使用人から聞いた」
心臓が跳ねた。私はフォークを持つ手に力を込め、努めて冷静を装う。
「ええ、左様でございます。バーナード様を案じて、色々と気を遣ってくださっておりますわ」
皮肉のつもりだった。だが、バーナード様は眉間を微かに寄せ、短く「そうか」とだけ答えた。否定もしない。出入りを禁じることもしない。
その沈黙が、私には何よりの「期待」に見えた。彼もまた、彼女が邸にいることを、心のどこかで許容し、望んでいるのではないか。
「……バーナード様。一つだけ、お聞きしてもよろしいですか?」
「なんだ」
「私との契約に、『元恋人の訪問を黙認すること』も含まれていましたでしょうか。もしそうなら、私の我慢が足りないだけですので、これ以上は何も申し上げませんが」
バーナード様の動きが止まった。
氷のような瞳が私を捉える。その奥に、初めて見る「困惑」のような色が過った気がした。
「ダニエラ、お前は――」
「失礼いたします。少し、頭痛がしますので、お先に失礼させていただきますわ」
私は彼の言葉を待たずに立ち上がった。
裏切られるのは、もう十分だ。
期待して、その後に来る絶望を味わうのは、パトリス様の時で最後にしたかった。
自室へ戻る長い廊下。窓の外には冷たい月が浮かんでいる。
私の男運。それは、私に「本当の幸せ」など、最初から用意していなかったのかもしれない。
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