魔法学院の偽りの恋人

美早卯花

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【28】嫉妬★

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「いや……」

 自分のものとは信じられないほど弱い声がする。
 拒絶をすればユアンの美しい表情が僅かに揺らいだ。

「そんなに僕のことが信じられない?」

 ユアンの言葉に院長室で見た光景が浮かぶ。ディアナに対する敵意を隠そうともしない女性。見せつける様に密着した身体が頭から離れない。

「わたくし以外にもいるのでしょう」

 怯えるばかりの状況でも、不満を口にすれば口調には強さが戻る。

「僕にはきみだけだよ。きみは、何をそんなに不安に感じているの?」

 隠し事はないとでもいうような態度は清々しい。ならばあの女性は誰だというのか、ディアナはいよいよ口に出していた。

「あの方にも、同じことを言ったのですか」

「あの方って?」

「今日お会いしていた方です!」

「きみはそう言うけれど、僕が今日会った女性は妹のグレースくらいだよ」

 ぴたりとディアナの動きが止まった。言い募るつもりで開いた口は呆然と固まっている。

「い、もう、と……?」

 記憶の中の女性を思い返す。言われてみれば、髪の色はユアンと同じだった。挑発するような表情を消せば、顔立ちはユアンに似ていたような気もする。だとしたら馴れ馴れしく見えた関係も、すべては身内に許された特権だ。カフェに行く約束も、兄妹のたわいない日常だ。
 ふと、レナードには妹がいたことを思い出す。次いで帝国には皇女がいたことも思い出した。
 同じ年頃でありながら、ユアンの関係者は避けていたため会話をしたことことはない。どうやら自分は妹相手に嫉妬していたらしかった。

「うそ……」

 ユアンを否定するための呟きではない。存在するはずのない相手に嫉妬していた自分が嘘のようで信じられなかったのだ。
 ディアナにとっては恥ずべき行為である。聞き流してほしいところだが、ユアンはずけずけと踏み込んだ。

「もしかして、妹に嫉妬していたの?」

 それも言葉を選ばず的確に核心に迫る。図星を突かれるなり、ディアナは顔に熱が集まるのを感じた。
 謎が解ければユアンは堪え切れずに笑う。

「きみ、可愛いことをするんだね」

 この状況での可愛いなど、からかわれているに決まっている。それほど自分の顔は赤く染まっているだろう。それなのにユアンは面白そうに笑い、可愛いと繰り返す。

「もう、笑わないで下さい……」

「ごめんね。でも可愛いと思ったのは本当だよ」

 笑いが消えれば打って変わった真剣に眼差しに見つめられる。
 今度こそ否定するために嘘と口を開けば、繰り返す前に塞がれていた。

「好きだよ。ディアナ」

 なら、わたくしは?

 愛を囁くユアンがわからない。けれど一番わからないのは自分の気持ちだ。
 ユアンと初めて出会った時、綺麗な人だと見惚れていた。この人の目に映りたいと思った。認められたいと願った。
 いつだって、ディアナの関心はユアンに向いていた。そこに眠る感情の呼び名に関わらず、ユアンのことを目で追っていた。
 それがどうだろう。望む形とは違っているが、こうして望みは叶えられている。
 だとしたらこれは幸せな事なのかもしれないかもしれない。たとえどのような形でも願いが叶うのなら、これがユアンとの終わりに相応しいのかもしれない。

「わたくしは……」

「うん。これからたっぷり教えてあげるね」

 躊躇うディアナに、もう猶予は与えられなかった。

「ひっ!」

 やはり何事もなくこの時間が終わる事はないらしい。ユアンの手が胸に触れたことで小さな悲鳴が上がった。

「あ、やっ!」

 ユアンの手で形を変える胸が信じられずに暴れる。
 毎朝鏡の前で丁寧に整えている髪は乱れ、皺のない衣服にも面影はない。これがドレスであれば着脱には時間もかかるが、ディアナが纏うのは庶民にも流通している洋服だ。大袈裟なパニエも、腰を細く見せるためのコルセットも付けていない。たとえ服の上からでもなぞればくっきりと身体のラインを晒してしまう。

「あっ、う――!」

「真っ赤に染まって、可愛いな」

 顔を隠そうとすれば先手を打ったユアンに自由を奪われた。

「もっと見たいな。きみの感じているところ」

 あられもないことをはっきりと言われ、耳を塞ぎたくなる。それすらもユアンは楽しむように眺めていた。

「大丈夫。ちゃんと愛してあげるよ」

「んっ――!」

 ユアンの愛撫に反応して身体が跳ねる。甘ったるい声は自分の口から零れていて、恥ずかしくてたまらない。
 この行為は怖ろしくないと教える様に、ベッドに入ってからユアンのキスは優しくなったと思う。奪うような激しさは消え、優しく触れては離れていった。

「っあ……!」

「きみは柔らかいんだね。気をつけないと、傷をつけてしまいそうだ」

 執拗なまでに触れるのはディアナという存在を確かめるためらしい。困っているような呟きのはずが、口調は楽しそうだ。
 ユアンの優しさに絆されそうになるが、その手が衣服を奪うために動けばディアナは拒絶する。服の上から撫でられただけでも胸が苦しいのに、これ以上を求められたらどうなってしまうのかわからない。

「嫌かい?」

 肌を見られることへの恥じらいは消えない。するとユアンは諦めたのか、やけにあっさりと手を引いた。しかしその手が向かう先を知って絶句する。

「そ、それは!」

「だーめ」

 先ほどの行いが可愛いものである様に、ユアンの手は遠慮なくスカートの内側へと伸びる。今回はユアンも引き下がりはしなかった。
 そこに触れられては知られてしまう。ディアナはユアンを止めるために追うが、上にいるユアンが有利であることに変わりはない。下着に触れたユアンは一思いに奪い去り、情けは与えられなかった。

「ああ良かった。きみも感じてくれていたんだね」

 嬉しそうなユアンの声に目眩がする。そこが濡れているなんて、決して知られたくはなかったのだ。この行為を快楽として受け入れていることを認めたくはない。
 ユアンは守りを失った秘所に指を這わせた。

「ひぁっ!」

 情けない声を上げれば、それすらも嬉しそうにユアンに抱き込まれる。片腕にディアナを抱き、もう片方の腕では秘所を刺激する。入口を探すような動きは心臓に悪く、ディアナの反応を見て楽しんでいることが感じられた。

「あ、んっ!」

 声が漏れるたび、ユアンに触れられるたび、そこが濡れていることを嫌でも思い知る。目には見えないけれど、くちゅくちゅと音を立てるのは間違いなく自身の身体だ。

「も、やめて……」

 みっともない姿を晒したくはないと懇願する。しかしディアナの願いは受け入れられない。ユアンにも譲るつもりはないらしい。

「駄目だよ。ちゃんと僕の気持ちを知ってくれないと」

 ユアンは思い知らせるように指を突き入れる。
 たった一本の侵入にさえ、ディアナは哀れなほどに身体を強張らせ震えていた。
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