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【1】初恋
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その日城では隣国との同盟を祝うパーティーが開かれていたが、五歳の子どもには退屈な話だ。バラの美しさに魅了されたレジーナはパーティーを抜け出し、華やかな香りと穏やかな午後の日差しに誘惑され、気付けば木陰で転寝していた。
ふと目を覚ますと、知らない男の子が不思議そうにこちらを眺めている。艶やかな黒髪が眩しく、月を閉じ込めたような黄金の瞳は優しい色をしていた。
「だれ?」
眠い目をこすりながら問えば、彼も両親に連れてこられ、同じように退屈していると教えられた。
「なら私が庭を案内してあげる」
この城に来たのは初めてだと言う少年の手を引き、城で退屈を紛らわせる先輩として庭園の奥へと誘う。公爵令嬢であれば城を訪れるのも初めてのことではなく、年下だが先輩という立場になれたことが嬉しかった。たった五歳の差だったけれど、お姉さんのように振る舞えることが誇らしい。
満開のバラには劣るけれど、庭園の奥には素朴な野山の花が咲いている。青い花が集まる様子はまるで海のようで、お気に入りの場所だ。
少年との出会いはとても楽しかったけれど、彼の正体は隣国の王子アンセル。いつまでも一緒にはいられないと言われたことが悲しくて泣きそうになる。すると彼は別れ際に再会の約束をくれた。
「俺はいつか父のように立派な王になる。その時は俺の妻になってくれないか?」
野の花を捧げられた幼い求婚だ。けれど青い花の海に跪く青年はお伽噺の王子様のようで、驚きよりも感動が先行し、両手で差し出された花ごと彼の手を握りしめていた。
「私でよければ喜んで!」
青い海に佇む少年の無邪気な笑顔は今も鮮明に思い出せる。残念ながら叶うことのない夢だったけれど、幸せな初恋の記憶が色褪せることはない。
――虚ろな意識の片隅に幸せな夢を見た。幸せな記憶だからこそ、目が覚めた時の絶望は大きい。
ベッドに寝たきりになってから、もはや手を動かすことも辛くなった。きっと話せばわかってくれる。そう思っていた自分はなんて愚かで甘かったのだろう。
「たすけて……」
懸命に絞り出した声は随分と細くなっていた。誰にも届くことのない叫びが虚しく響く。
魔法によって豊かな生活を送るこの国では、あらゆる物が魔力を動力としている。そんな王国において、かつては公爵令嬢として華々しく咲き誇りながら、今やレジーナのの扱いは魔力提供の道具だ。
男女ともに憧れを集めた美貌はくたびれ、羨まれたプラチナブロンドは艶を失った。かつて史上の宝石と称えられたブルーダイヤモンドの瞳は虚ろに天井を見上げるだけだ。
ふと目を覚ますと、知らない男の子が不思議そうにこちらを眺めている。艶やかな黒髪が眩しく、月を閉じ込めたような黄金の瞳は優しい色をしていた。
「だれ?」
眠い目をこすりながら問えば、彼も両親に連れてこられ、同じように退屈していると教えられた。
「なら私が庭を案内してあげる」
この城に来たのは初めてだと言う少年の手を引き、城で退屈を紛らわせる先輩として庭園の奥へと誘う。公爵令嬢であれば城を訪れるのも初めてのことではなく、年下だが先輩という立場になれたことが嬉しかった。たった五歳の差だったけれど、お姉さんのように振る舞えることが誇らしい。
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「俺はいつか父のように立派な王になる。その時は俺の妻になってくれないか?」
野の花を捧げられた幼い求婚だ。けれど青い花の海に跪く青年はお伽噺の王子様のようで、驚きよりも感動が先行し、両手で差し出された花ごと彼の手を握りしめていた。
「私でよければ喜んで!」
青い海に佇む少年の無邪気な笑顔は今も鮮明に思い出せる。残念ながら叶うことのない夢だったけれど、幸せな初恋の記憶が色褪せることはない。
――虚ろな意識の片隅に幸せな夢を見た。幸せな記憶だからこそ、目が覚めた時の絶望は大きい。
ベッドに寝たきりになってから、もはや手を動かすことも辛くなった。きっと話せばわかってくれる。そう思っていた自分はなんて愚かで甘かったのだろう。
「たすけて……」
懸命に絞り出した声は随分と細くなっていた。誰にも届くことのない叫びが虚しく響く。
魔法によって豊かな生活を送るこの国では、あらゆる物が魔力を動力としている。そんな王国において、かつては公爵令嬢として華々しく咲き誇りながら、今やレジーナのの扱いは魔力提供の道具だ。
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