狼は腹のなか〜銀狼の獣人将軍は、囚われの辺境伯を溺愛する〜

花房いちご

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ファルロの回想・十二年前【2】

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「ギャアアアアア!」

「グアアアアアア!」

 共に先頭を走っていた騎竜兵たちの内、逃げ遅れた数人が絶叫する。ファルロは目を疑った。騎竜は確かに結界を張っていたが、炎はそれを瞬く間に壊して致命傷を与えた。また、地面があまりの火勢に抉られ、背後にいた者たちも同じように燃やされている。陣地を襲った火球の威力の比ではない。そこに更に投石と矢が降り注ぐ。何人もが焼かれ、潰され、貫かれて倒れた。

(火球の威力を調整して油断を誘ったのでしょうか。さらに、門から出て至近距離で放つことで威力と狙いを高めているのか。単純だが効果が高い。なかなかやりますね)

 感心していると、また炎が迸る。ファルロは再び避け、大きく迂回しながらも騎竜を加速させ、門に肉薄していく。背後でまた絶叫が上がる。ファルロは炎の勢いをしっかりと見た。
 また炎が迸る。次は騎竜を跳躍させて避けた。今度の炎は地面を抉らなかった。門に突っ込んでいく。真正面からだ。
 四度目の炎。今度は避けれない。が、ファルロは凶悪な笑みを浮かべ、身を屈めて炎の中に突っ込んで行った。騎竜が結界を張る。炎がそれを燃やしていくが、思った通り先程より勢いが弱い。完全に結界が燃え尽きる寸前で、炎が途切れた。
 瞬間、ファルロと騎竜が門の前に躍り出る。

「な、なんだこいつ!自分から!」

「ひっ!ひええ助けっ……!げぐっ!」

 驚愕し恐怖するは、炎を出した魔法兵たちと彼らを守る歩兵たち。ファルロは背から大剣を抜き、容赦なく斬り裂いて騎竜に踏み潰させた。恐らく魔法を強化した魔道具があったので、それも破壊した。
 血塗れの大剣を掲げて叫ぶ。

「我に続け!門を奪え!ここは我らがオルミエだ!」

「させるか!騎兵前へ!アンジュールのために戦え!」

 このまま落とせるかと思われたが、待機していた辺境軍の騎兵隊が討って出た。たちまち、門の前は混戦となる。騎兵はざっと数えて五十人。魔法も使えず、獣人より一回りは小さい人間ばかり。なにより少数だというのに、剣は鋭く重かった。騎兵は三人から五人がかりで騎竜兵一人に襲いかかり、連携しながら攻撃する。また、歩兵たちも騎竜の死角から石を投げたり槍で突いたり鎖で引き倒したりと、隙なく騎兵たちを補助している。その練達の動きに何人かの騎竜兵が倒れた。
 ファルロは強敵たちとの戦いに歓喜し、思う存分戦った。しかし、本気になったファルロの剛力と剣技には何人がかりでも敵わない。
 三合も打ち合えば相手の剣は砕かれ、血飛沫が上がった。
 騎兵たちは数を減らしていく。騎竜兵は勢いづき、後続の味方の歩兵たちも吠えながら駆けてくる。彼らも剛力を持つ獣人だ。魔法を使えない人間など、何人居ても敵わないだろう。
 だが、門から新たな騎兵が躍り出たことで事態は一変した。

「一人でかかってくるか!良い度胸……ギャァアアッ!」

「ドルズ!貴様ぁ!……っ!……グアア!」

 青いマントと青みがかった銀色の鎧兜の騎兵は、瞬く間に騎竜兵を二人倒した。
 馬は凄まじい速さで走り、剣は騎竜の結界を破った。そして、硬い皮膚と屈強な体躯を持つ鰐の獣人ドルズの胴を鎧ごと両断し、鋭い爪牙と速さを持つ彪の獣人ザンドの首を斬り飛ばした。どちらもファルロの配下の中でも十指に入る実力者である。

「おお!敵ながら見事!」

「流石は若様!」

 敵味方共に歓声が上がる。ファルロもあまりの鮮やかさに目を奪われた。同時に、その強さの正体を見抜く。騎兵の全身が、いや、馬と剣も薄らと青い光に覆われている。

(魔法だ!魔法で自分と馬と剣を強化している!こんな魔法があるのか!)

 未知の魔法が発する匂いが鼻に届く。今まで嗅いだどの魔法よりも惹きつけられる匂いだった。ファルロは誘われるように一歩、足を踏み出す。が、それより早く青銀の騎兵へと立ち向かう者がいた。

「やるな小僧!俺が相手だ!おい!他は手を出すなよ!」

 巨大な戦斧を振り上げ、虎の獣人アルザーが挑む。ファルロに次ぐ剛力を誇る騎竜兵だ。青銀の騎兵は動じることなく迎え討った。
 一騎討ちだ。戦の最中だというのに、周囲の者は見入った。
 アルザーは騎竜を走らせる。青銀の騎兵もまたアルザーめがけて馬を走らせる。すれ違い様、アルザーは横なぎに戦斧を振るう。

(剣で受けるか。それとも他の魔法を使うか)

 が、どちらでもなかった。なんと青銀の騎兵はその場で跳躍し、戦斧の一撃をかわした。

「なっ?!……がああぁっ!」

 跳躍した青銀の騎兵は、アルザーの頭を兜割りにして着地し、すぐさま騎竜の首を叩き切った。戦斧が地面に落ち、アルザーの身体が大きく揺れて倒れていく。青銀の騎兵が背を向けた。その時だった。

「ぐぎ、ぎざ、まっァ……ア……ガアアアアァ!」

 最期の力を振り絞り、完全獣化したアルザーが襲いかかる。脳漿と血を撒き散らしながら青銀の騎兵に飛びかかり押し倒す。弾みで手から剣が落ちる。アルザーの牙が兜ごと青銀の騎兵の頭を噛む。ギシギシと嫌な音が響く。青銀の騎兵は逃れようとしているが、腕や肩を押さえられていて動けない。

「ラズワート様!」

「貴様!放せ!死に損ないが!」

 騎兵や歩兵が走る。しかし距離がある。間に合わないだろう。このまま間をおかず兜ごと頭が割れると思われた。だが。

「ヒィーン!」

 青銀の騎兵、ラズワートの馬がいななきながら突っ込んだ。アルザーは吹っ飛び、今度こそ絶命した。衝撃で兜は壊れたが、ラズワートは無事だ。よろけながらも剣を拾い、再び馬にひらりと乗る。
 襟足で束ねられた紺色の髪が空を切る。戦意に輝く目は金混じりの青。血飛沫と土埃に塗れた顔つきは鋭く凛々しい。騎士の理想を体現した佇まいだった。

(しかし若い。十五、六歳といったところか?まだ少年じゃないか。しかも……なんと美しい……)
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