狼は腹のなか〜銀狼の獣人将軍は、囚われの辺境伯を溺愛する〜

花房いちご

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ラズワートの回想・十三年前【2】

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 憧れの騎竜兵たちは、これまで戦った獣人より段違いに強かった。それでも、短期間の経験で急成長したラズワートと愛馬は彼らを圧倒した。
 ただ一人を除いて。

(あの獣人だ)

 つい先ほど、大剣を手に騎竜を走らせ、迸る炎をものともせずに魔法兵たちを倒し、誰よりも多くの騎兵を屠った男だ。
 銀の髪、金の目の狼の獣人だ。リュビクと同じぐらい大柄で、歳は三十は越えているだろう。見入っていると、男が名乗りを上げた。

「我が名はファルロ・ルイシャーン!銀狼の獣神の末裔にしてゴルハバルの戦士!辺境の年若き騎士よ!いざ尋常に勝負!」

 大きく力強い声の名乗りに、ラズワートの全身は震えた。恐怖ではない。異様な歓喜からである。なぜかわからず戸惑った。強敵が自分に名乗りを上げたのが誇らしいからだろうか。わからないまま、ラズワートは名乗りを返す。

「受けて立つ!我が名はラズワート!ラズワート・ド・アンジュール!アンジュールの騎士!」

 そして戦った。
 ファルロは恐ろしく強かった。膂力の強い獣人は、力頼りで技巧で劣る者が多いが、ファルロは全てを兼ねていた。ラズワートは圧倒され、打ち負かされた。
 鎧の胴に一撃が入る。肋骨が何本か折れ、肉を切り裂き臓腑に刺さる。魔力が切れかけているせいで、身体強化魔法も物質強化魔法も弱まってしまったのだ。
 ラズワートは落馬し、地面にうずくまった。残った魔力で身体強化魔法をかける。

「ぐぁっ……!ぎっ……ぐうぅっ!」

 再び肋骨が正しい位置に戻り繋がる。内臓と肉の傷が塞がっていく。その過程の激痛に悶えるが、なんとか命の危機は去った。次はどうするか。逃げるか、戦うか。頭を回転させたが、行動に移す前にファルロが騎竜から降りて近づいてきた。
 不思議と、死への恐怖はなかった。負けた事への悔しさも、憎しみもどこか遠い。ただ、この強敵と最後まで戦いたい。その想いを込めてファルロを睨んだ。
 睨みつけて気づく。ファルロの金の目に不思議な熱がこもっている。殺意ではない。見ていると、ラズワートの腹の奥が熱くなっていった。
 近づくファルロの喉が動く。生唾を飲んだのだろうと意識して、はっきりと自分の中の欲望に気づいた。

(俺より圧倒的に強いこの雄……ファルロが欲しい。……馬鹿な!相手は敵で男だぞ!)

 ラズワートが混乱していると、ファルロの様子が変わっていった。
 メリメリと歯が、爪が鋭くなっていく。体毛も伸び顔が狼のそれに近づく。六年前に獣人化をみた時は恐怖したというのに、ラズワートの身体は興奮し心は踊った。

「おお……隊長のお姿が……!」

「お珍しい!それだけの強敵ということか!」

(俺は強敵と認められたのか)

 肋骨の痛みとは別の痛みが胸を締め付ける。そして、近づくファルロの金の目、あの不思議な熱は自分と同じ欲望の熱だと確信した。たとえ違っていてもいい。気づけば、ラズワートは口を開いていた。

「俺の……負け……ぐっ……はあっ……だ……好きに……しろ……」

 この雄の好きにされたい。殺されても犯されてもいい。ラズワートは敗北に身を委ねる覚悟を決めた。
 だが覚悟は、ラズワートを助けようとする騎兵たちによって阻まれる。

「ラズワート様をお守りしろ!……ぐああっ!げぐっ!」

 欲望と期待が一気に冷めた。自分は彼らを守らずになにを望んだ?
 騎兵と歩兵たちが剣や槍を掲げて突っ込んで来た。ファルロは斬りかかってきた一人の腕を斬り飛ばして口の中に剣を叩き込む。もう一人が斬りかかる。口から剣を抜き一閃する。一合で相手の剣は砕け、返す刃で鎧ごと袈裟斬りにした。他の者は、騎竜兵とあちらの歩兵たちが打ち負かしていく。
 その間にラズワートは馬に乗せられ、回収された。門の中へと走っていく。

「ルイシャーン隊長!奴が逃げます!」

「わかっています。しかし、深追いはいけません」

 背後でファルロの声が聞こえる。誰かがラズワートたちを嘲る。

「流石は我らが隊長!無様に逃げる雑魚どもに構う暇はないということで……ぎゃん!」

 自分はともかく配下たちは違う。そう叫ぶ前に、嘲り声は怒号に叩きのめされた。

「貴様の目は飾りか?何を見ていた?アンジュール卿は勇士だ!命懸けで彼を救った者たちもだ!彼らへの侮辱はこの私が許さん!」

 ラズワートは驚き、振り返った。ファルロは怒り顔を笑顔に変えて、真っ直ぐラズワートに向けて声を張った。

「若きアンジュールの騎士よ!見事な戦いぶりだった!私の剣を受けてなお戦える勇士はそう居ない!いずれまた戦おう!」

 ラズワートは歓喜に震えながら剣を掲げた。
 高鳴る胸の痛みは甘い疼きをともなっていた。

 ◆◆◆◆◆

「よく生き延びた」

 あの後、ラズワートは失神し深く眠ったが、翌日には歩けるまで回復した。指揮をとり続けるアジュリートに報告に向かう。叱責を覚悟したが、人払いしたアジュリートはラズワートを褒めて無事を喜んだ。温かな眼差しに少し力が抜ける。

「お前の勇姿も見ていた。よくぞ恐怖を乗り越え、あの『銀の暴殺』に食らいついた。共に戦った兵たちは、お前を崇敬しているぞ」

 褒め言葉は嬉しかったが、それより気になる単語が引っかかった。

「銀の暴殺?」

「お前が戦った銀狼の獣人の二つ名だ。騎竜兵部隊隊長ファルロ・ルイシャーン。ゴルハバル帝国軍の中でも十指に入る戦士だ。数年前のグランド公国との戦争でも、騎竜部隊を率いて活躍した」

「ゴルガン戦役ですね!あの男はどんな風に戦ったのですか?二つ名の由来は?どのような来歴かご存知でしょうか?」

 自分でもわかるほど熱のこもった声だった。アジュリートがギョッとした顔になり、我に返る。なんとなく、いけない事をした気がして誤魔化した。

「失礼しました。閣下、私の傷は癒えました。明日から出陣できます」

「馬鹿をいうな!落馬した上に一撃を食らったのだぞ!」

 アジュリートはまだ休んでいろと怒鳴った。
 だが、ラズワートは譲らなかった。

「今、私が生きているのは命懸けで助けてくれた者たちのお陰です。剣を握れるかぎり、私は戦い続けます。それが、私が彼らにできるただ一つの恩返しです」

「ラズワート……。わかった。だが、私が指示するまでは待機だ。それと……自分の命を一番大事にしろ」

 ラズワートは誓い、翌日からまた戦場に出た。何度かファルロの姿を見かけた。その度に再戦したくてしょうがなかったが、撤退や方向転換の指示があって叶わなかった。
 アジュリートがファルロと再戦しないようにしていたらしい。残念だったが、ラズワートは逆らわなかった。
 オルミエ城塞から撤退する前、城壁の上からダルリズ守護軍の陣を眺めた。

(ファルロ・ルイシャーン。いつかまた戦えるだろうか)

 思う度、鼓動が高鳴った。この想いはなんなのか、なぜあの時自分は欲情したのだろうか。わからないまま、ラズワートは故郷に帰ったのだった。
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