【第1部、第2部完結】魔力無し令嬢ルルティーナの幸せ辺境生活

花房いちご

文字の大きさ
1 / 107
第1部

1話 魔力無しのルルティーナ

しおりを挟む
「この魔力無しのクズが!」

 ララベーラ様は罵倒とともに、私を乗馬鞭で叩きました。
 左頬を思い切り打たれて、私の見窄みすぼらしい身体は床に叩きつけられます。

「うぅっ……!」

 今にも崩れそうな小屋の床は、冷たくて固い石が敷き詰められています。床に叩きつけられた身体が痛み、頭がくらくらします。
 なんとか身を起こそうとして、血の味と匂いに気づきました。
 り切れた袖で口元をこすると血がにじみます。口元を切ったのでしょう。

 ああ、また血で汚れてしまいました。この着古したワンピースは、今の私が持っている唯一の服だというのに。
 悲しくて視界がかすみます。涙をこらえてうつむいていると、罵声が飛んできました。

「ルルティーナ!何をしているの!さっさと立ちなさい!」

「……はい……かしこまり、ました」

 私、ルルティーナはふらつきながら立ちました。

「わかっているわね?これはお前のためよ。
魔力無しのルルティーナ。生きているだけで罪深いお前のために私は罰をくれてやるの。
お前は感謝すべき。そうよねえ?」

 赤薔薇のような髪と瞳の美女。ララベーラ様は私の二歳年上の姉に当たるお方です。
 時折、この小屋に来ては「お前の罪をつぐなわせてやるわ」と言って鞭で打ちます。

「……はい。その通りです」

「なら、どうしたらいいか分かっているわよねえ?」

「はい……」

 私は、両手を合わせ教えられた言葉を復唱します。いつもの謝罪と感謝の言葉を。
 ララベーラ様を見上げながら。

「あ……う……」

 何度も復唱しているのに、声がどうしても震え、胸が悲しみで張り裂けそうになります。

「う……産まれてきて、申し訳ございませんでした……。私を、生かし……罪償いの機会を下さる……ララベーラ様とアンブローズ侯爵家の……お慈悲に……感謝します」

 治癒魔法の名家であるアンブローズ侯爵家。
 十六年前。アンブローズ侯爵家の次女として産まれたというのに、魔力を持たず産まれた魔法の使えないクズ。
 魔力無しのルルティーナ。それが私です。

「そうよ!お前はクズ!クズなのよ!魔力も無い!醜い痩せぎすの!下らないポーションしか作れない役立たず!」

 ララベーラ様はとても幸せそうな笑顔で、大声で怒鳴りながら私を鞭打ちました。

「クズ!クズ!このクズが!」

 何度も、何度も。
 倒れるとさらに叩かれるので、私は必死に足を踏ん張ります。また、声を上げないよう歯を食いしばって耐えます。
 鞭打ちはしばらく続き、唐突に終わりました。

「はあ……手が疲れちゃった。やだ!爪が割れたじゃない!《治癒魔法ヒール》!」

 ララベーラ様は自らに治癒魔法をかけました。全身から光があふれ、すぐに消えます。右手の人差し指の爪が治ったのを見て、ララベーラ様は嬉しそうに話します。

「ふふん。綺麗になったわ。……こんな簡単な魔法も出来ないなんて、魔力無しって本当に哀れよねえ」

「……」

 事実ですので言い返せません。
 我が国の王侯貴族は、魔力を持って産まれるのが当たり前なのです。例え魔法使いの家系でなくとも、魔力無しは蔑みの対象でした。
 その後もララベーラ様は話されていましたが、私はひたすら黙っていました。

「……はあ、つまらない反応ね。飽きたわ」

 ララベーラ様はそう言って、小屋から出て行きました。

 完全に気配が消えてから、私はその場にへたり込みました。

「今日はいい日だわ。服は汚してしまったけれど、捻挫ねんざも骨折もしていない。切ったのは口の中だけ……ううっ……」

 本当に、いい日です。ですが痛みに心が軋み、涙が出ます。
 私はしばらく泣きましたが、作業の途中だったことを思い出します。

「作らなきゃ……私は、ポーションを作ることしかできないのだから」

 私は魔道釜戸まどうかまどの前に戻りました。
 魔道釜戸の上には大鍋があり、その側には大きな木ベラと、下拵したごしらえしたポーションの材料があります。

 ポーションとは、病や傷や疲労など身体の不調を治す『万能薬』です。魔法ではないので、魔力無しの私でも作れます。
 材料は細かく刻んだり擦り潰した七つの薬草と、粉になるまで砕いた光属性の魔石です。

 私はまず、魔石の粉を大鍋に入れて魔道釜戸の火をつけました。魔道釜戸には火の魔石が入っているので、魔力無しの私でも使えるのです。
 魔道釜戸の火を慎重に調整しつつ、魔石の粉をゆっくりかき混ぜます。
 ゆっくり、じっくり。ほんの少し溶けだした頃、七つの薬草を入れていきます。
 最初は紅玉草ルビィグラス、次は落陽橙サンセットシトロンの皮、その次は翡翠蘭ジェードオーキッドの根といった順にです。
 全てが混ざると濁った黒い色になります。まるで月も星も雲に隠れた夜空のよう。
 ここからが肝心で、どんなに疲れても手が痛くても、手を止めてはいけません。

 良く効くポーションになりますようにと、祈りを込めながらかき混ぜます。小屋の中に、独特の甘く爽やかな香りが満ちてゆきます。

「そろそろ……ああ、始まった」

 この瞬間が、私は何よりも好きです。ひたすらかき混ぜた後、濁った黒い夜空が明け、透き通った光があふれるのです。

 まるで光がそのまま液体になったような万能薬……ポーションは、こうして出来上がります。

 硝子瓶に詰める前に、一匙だけ飲みます。これは毒味の一匙といって、私の師匠の教えです。
 スプーンですくって、ポーションを一口飲みます。
 たちまち、床に叩きつけられたり鞭打たれた痛みも、口元の傷も消えていきます。

「ふう……。よかった。今日も無事に作れたわ」

 疲れも無くなり、残りの作業をする気力が戻ります。
 ポーションを瓶詰めしながら祈ります。師匠から教えられたポーション職人の祈りを。

「薬の女神様にお祈り申し上げます。どうか、このポーションを飲む方を少しでも癒せますように」

 ただしポーションは、治癒魔法のように欠損を治したり、瀕死の状態を回復できるわけではありません。また、必ず口から摂取しなければ効力を発揮できません。
 その中でも私の作るポーションの質は最低で、大した効力も価値も無いと言われています。ですが、祈らずにいられないのです。

 まるで祈りに応えるかのように、ポーションの輝きが増しました。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

山猿の皇妃

夏菜しの
恋愛
 ライヘンベルガー王国の第三王女レティーツィアは、成人する十六歳の誕生日と共に、隣国イスターツ帝国へ和平条約の品として贈られた。  祖国に聞こえてくるイスターツ帝国の噂は、〝山猿〟と言った悪いモノばかり。それでもレティーツィアは自らに課せられた役目だからと山を越えて隣国へ向かった。  嫁いできたレティーツィアを見た皇帝にして夫のヘクトールは、子供に興味は無いと一蹴する。これはライヘンベルガー王国とイスターツ帝国の成人とみなす年の違いの問題だから、レティーツィアにはどうすることも出来ない。  子供だと言われてヘクトールに相手にされないレティーツィアは、妻の責務を果たしていないと言われて次第に冷遇されていく。  一方、レティーツィアには祖国から、将来的に帝国を傀儡とする策が授けられていた。そのためには皇帝ヘクトールの子を産む必要があるのだが……  それが出来たらこんな待遇になってないわ! と彼女は憤慨する。  帝国で居場所をなくし、祖国にも帰ることも出来ない。  行き場を失ったレティーツィアの孤独な戦いが静かに始まる。 ※恋愛成分は低め、内容はややダークです

29歳のいばら姫~10年寝ていたら年下侯爵に甘く執着されて逃げられません

越智屋ノマ
恋愛
異母妹に婚約者と子爵家次期当主の地位を奪われた挙句に、修道院送りにされた元令嬢のシスター・エルダ。 孤児たちを育てて幸せに暮らしていたが、ある日『いばら病』という奇病で昏睡状態になってしまう。 しかし10年後にまさかの生還。 かつて路地裏で助けた孤児のレイが、侯爵家の当主へと成り上がり、巨万の富を投じてエルダを目覚めさせたのだった。 「子どものころはシスター・エルダが私を守ってくれましたが、今後は私が生涯に渡ってあなたを守ります。あなたに身を捧げますので、どうか私にすべてをゆだねてくださいね」 これは29歳という微妙な年齢になったヒロインが、6歳年下の元孤児と暮らすジレジレ甘々とろとろな溺愛生活……やがて驚愕の真実が明らかに……? 美貌の侯爵と化した彼の、愛が重すぎる『介護』が今、始まる……!

悪役令息(冤罪)が婿に来た

花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー 結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!? 王女が婚約破棄した相手は公爵令息? 王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした? あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。 その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。 彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。 そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。 彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。 その数日後王家から正式な手紙がくる。 ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」 イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。 「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」 心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ! ※ざまぁ要素はあると思います。 ※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。

ひとりぼっちだった魔女の薬師は、壊れた騎士の腕の中で眠る

gacchi(がっち)
恋愛
両親亡き後、薬師として店を続けていたルーラ。お忍びの貴族が店にやってきたと思ったら、突然担ぎ上げられ馬車で連れ出されてしまう。行き先は王城!?陛下のお妃さまって、なんの冗談ですか!助けてくれた王宮薬師のユキ様に弟子入りしたけど、修行が終わらないと店に帰れないなんて…噓でしょう?12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】異世界からおかえりなさいって言われました。私は長い夢を見ていただけですけれど…でもそう言われるから得た知識で楽しく生きますわ。

まりぃべる
恋愛
 私は、アイネル=ツェルテッティンと申します。お父様は、伯爵領の領主でございます。  十歳の、王宮でのガーデンパーティーで、私はどうやら〝お神の戯れ〟に遭ったそうで…。十日ほど意識が戻らなかったみたいです。  私が目覚めると…あれ?私って本当に十歳?何だか長い夢の中でこの世界とは違うものをいろいろと見た気がして…。  伯爵家は、昨年の長雨で経営がギリギリみたいですので、夢の中で見た事を生かそうと思います。 ☆全25話です。最後まで出来上がってますので随時更新していきます。読んでもらえると嬉しいです。

処理中です...