【第1部、第2部完結】魔力無し令嬢ルルティーナの幸せ辺境生活

花房いちご

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第1部

1話 魔力無しのルルティーナ

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「この魔力無しのクズが!」

 ララベーラ様は罵倒とともに、私を乗馬鞭で叩きました。
 左頬を思い切り打たれて、私の見窄みすぼらしい身体は床に叩きつけられます。

「うぅっ……!」

 今にも崩れそうな小屋の床は、冷たくて固い石が敷き詰められています。床に叩きつけられた身体が痛み、頭がくらくらします。
 なんとか身を起こそうとして、血の味と匂いに気づきました。
 り切れた袖で口元をこすると血がにじみます。口元を切ったのでしょう。

 ああ、また血で汚れてしまいました。この着古したワンピースは、今の私が持っている唯一の服だというのに。
 悲しくて視界がかすみます。涙をこらえてうつむいていると、罵声が飛んできました。

「ルルティーナ!何をしているの!さっさと立ちなさい!」

「……はい……かしこまり、ました」

 私、ルルティーナはふらつきながら立ちました。

「わかっているわね?これはお前のためよ。
魔力無しのルルティーナ。生きているだけで罪深いお前のために私は罰をくれてやるの。
お前は感謝すべき。そうよねえ?」

 赤薔薇のような髪と瞳の美女。ララベーラ様は私の二歳年上の姉に当たるお方です。
 時折、この小屋に来ては「お前の罪をつぐなわせてやるわ」と言って鞭で打ちます。

「……はい。その通りです」

「なら、どうしたらいいか分かっているわよねえ?」

「はい……」

 私は、両手を合わせ教えられた言葉を復唱します。いつもの謝罪と感謝の言葉を。
 ララベーラ様を見上げながら。

「あ……う……」

 何度も復唱しているのに、声がどうしても震え、胸が悲しみで張り裂けそうになります。

「う……産まれてきて、申し訳ございませんでした……。私を、生かし……罪償いの機会を下さる……ララベーラ様とアンブローズ侯爵家の……お慈悲に……感謝します」

 治癒魔法の名家であるアンブローズ侯爵家。
 十六年前。アンブローズ侯爵家の次女として産まれたというのに、魔力を持たず産まれた魔法の使えないクズ。
 魔力無しのルルティーナ。それが私です。

「そうよ!お前はクズ!クズなのよ!魔力も無い!醜い痩せぎすの!下らないポーションしか作れない役立たず!」

 ララベーラ様はとても幸せそうな笑顔で、大声で怒鳴りながら私を鞭打ちました。

「クズ!クズ!このクズが!」

 何度も、何度も。
 倒れるとさらに叩かれるので、私は必死に足を踏ん張ります。また、声を上げないよう歯を食いしばって耐えます。
 鞭打ちはしばらく続き、唐突に終わりました。

「はあ……手が疲れちゃった。やだ!爪が割れたじゃない!《治癒魔法ヒール》!」

 ララベーラ様は自らに治癒魔法をかけました。全身から光があふれ、すぐに消えます。右手の人差し指の爪が治ったのを見て、ララベーラ様は嬉しそうに話します。

「ふふん。綺麗になったわ。……こんな簡単な魔法も出来ないなんて、魔力無しって本当に哀れよねえ」

「……」

 事実ですので言い返せません。
 我が国の王侯貴族は、魔力を持って産まれるのが当たり前なのです。例え魔法使いの家系でなくとも、魔力無しは蔑みの対象でした。
 その後もララベーラ様は話されていましたが、私はひたすら黙っていました。

「……はあ、つまらない反応ね。飽きたわ」

 ララベーラ様はそう言って、小屋から出て行きました。

 完全に気配が消えてから、私はその場にへたり込みました。

「今日はいい日だわ。服は汚してしまったけれど、捻挫ねんざも骨折もしていない。切ったのは口の中だけ……ううっ……」

 本当に、いい日です。ですが痛みに心が軋み、涙が出ます。
 私はしばらく泣きましたが、作業の途中だったことを思い出します。

「作らなきゃ……私は、ポーションを作ることしかできないのだから」

 私は魔道釜戸まどうかまどの前に戻りました。
 魔道釜戸の上には大鍋があり、その側には大きな木ベラと、下拵したごしらえしたポーションの材料があります。

 ポーションとは、病や傷や疲労など身体の不調を治す『万能薬』です。魔法ではないので、魔力無しの私でも作れます。
 材料は細かく刻んだり擦り潰した七つの薬草と、粉になるまで砕いた光属性の魔石です。

 私はまず、魔石の粉を大鍋に入れて魔道釜戸の火をつけました。魔道釜戸には火の魔石が入っているので、魔力無しの私でも使えるのです。
 魔道釜戸の火を慎重に調整しつつ、魔石の粉をゆっくりかき混ぜます。
 ゆっくり、じっくり。ほんの少し溶けだした頃、七つの薬草を入れていきます。
 最初は紅玉草ルビィグラス、次は落陽橙サンセットシトロンの皮、その次は翡翠蘭ジェードオーキッドの根といった順にです。
 全てが混ざると濁った黒い色になります。まるで月も星も雲に隠れた夜空のよう。
 ここからが肝心で、どんなに疲れても手が痛くても、手を止めてはいけません。

 良く効くポーションになりますようにと、祈りを込めながらかき混ぜます。小屋の中に、独特の甘く爽やかな香りが満ちてゆきます。

「そろそろ……ああ、始まった」

 この瞬間が、私は何よりも好きです。ひたすらかき混ぜた後、濁った黒い夜空が明け、透き通った光があふれるのです。

 まるで光がそのまま液体になったような万能薬……ポーションは、こうして出来上がります。

 硝子瓶に詰める前に、一匙だけ飲みます。これは毒味の一匙といって、私の師匠の教えです。
 スプーンですくって、ポーションを一口飲みます。
 たちまち、床に叩きつけられたり鞭打たれた痛みも、口元の傷も消えていきます。

「ふう……。よかった。今日も無事に作れたわ」

 疲れも無くなり、残りの作業をする気力が戻ります。
 ポーションを瓶詰めしながら祈ります。師匠から教えられたポーション職人の祈りを。

「薬の女神様にお祈り申し上げます。どうか、このポーションを飲む方を少しでも癒せますように」

 ただしポーションは、治癒魔法のように欠損を治したり、瀕死の状態を回復できるわけではありません。また、必ず口から摂取しなければ効力を発揮できません。
 その中でも私の作るポーションの質は最低で、大した効力も価値も無いと言われています。ですが、祈らずにいられないのです。

 まるで祈りに応えるかのように、ポーションの輝きが増しました。

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