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第1部
番外編【毒針のシアンは迷わない】3話
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グリシーヌはアドリアンを大いに見直した。
アドリアンは言葉通り穏便に事を運び、ルルティーナに紳士的に接したのだ。二人の会話が進むほど、グリシーヌのアドリアンへの評価が上がっていく。
と、同時にルルティーナの痛ましい現状に憤った。
アドリアンが彼女を保護すると言った時は内心『よくぞ仰って下さりました!全力でお手伝いします!』と叫んだものだ。
だがルルティーナの気高さは、グリシーヌとアドリアンの想像を越えていた。
あまりにも幼い淑女は、穏やかな表情で保護されることを拒んだのだ。
『いいえ。私は追い出されない限り、アンブローズ侯爵家から出るつもりはありません』
『な?何故だ?親兄弟のことなら怖がることはない。僕と僕の家が君を守ってみせる』
やや傲慢な言い方だがその通りだ。また、事情が事情だから反対もされないだろう。
(私も全力でお守りします!)
しかし、ルルティーナは応じない。
『ありがとうございます。私などにお心を砕いて下さって……。ですが、これは私の願いを叶えるためなのです』
『君の願い?』
『はい。私は家族と領民の役に立って、アンブローズ侯爵家の一員として認めて頂きたいのです』
『っ!それは……』
『今日、私は【魔力無し】の私でも認めて頂けることがあると知りました。淑女教育での努力が実ったのです』
薄紅色の瞳には迷い一つない。グリシーヌは息を飲んだ。
『私に魔力はありません。我が家の得意とする《治癒魔法》は、一生使えないでしょう。ですがまだ、私に出来る事があったのです。
ですから、このままアンブローズ侯爵家で己を磨き、私に出来ることを探し続けようと思います』
(なんて気高く尊い方)
グリシーヌはこの世にこれほど美しい存在がいたのかと、衝撃を受けていた。
◆◆◆◆◆
ルルティーナの気高さはグリシーヌの心を揺さぶった。そして、アドリアンの傲慢と甘えを完全に粉砕した。
『僕の願いは騎士になることだ。ついさっきまで、王家をお護りする近衛騎士になりたかった。けど、それはもうやめる。僕は、ヴェールラント王国全国民を護る騎士になるよ』
ルルティーナに誓うアドリアン。頬を染めるルルティーナ。
(美しい……)
グリシーヌは震える心のまま忠誠を新たにした。
(このお二人の力になりたい。お仕えしたい。ああ、このままルルティーナ様をブルーエ男爵家へ……。いえ、それはルルティーナ様の意思に反する。
だけど、本当にルルティーナ様をアンブローズ侯爵家に帰して大丈夫でしょうか?)
グリシーヌは珍しく悩み、迷った。
(ああ悩ましい。こんなに悩むのは生まれて初めてです)
ルルティーナを保護するのは簡単だ。
アドリアンと共に上手く立ち回り、両陛下と王子殿下に訴えれば可能だろう。
(アドリアン様は、ルルティーナ様を見初められた)
そして、ルルティーナも明らかに同じ想いだ。
(アドリアン様がルルティーナ様を婚約者にしたいと申し出れば、両陛下にお許し頂ける可能性は高い。
体格差もあってかなり年が離れてみえますが、七歳差なだけです。お互いに成人すれば問題ない……。いえ、また私は傲慢なことを。
ルルティーナ様の将来を勝手に決めるべきではありません。ご自身は、アンブローズ侯爵家で研鑽を積むと覚悟されていますし、肉親と引き離すのは……。
しかし、あの肉親の元でまともに生活出来るのでしょうか?やはり強引にでも引き離して……)
悩んで迷ううちに、ルルティーナに迎えが来てしまった。
『アドリアン様、グリシーヌ様、本当にお世話になりました。またいつかお会い出来れば嬉しいです』
『ああ、僕らもその日を楽しみに待つよ』
(心配ですが、今は経過を見ましょう)
グリシーヌは自分に言い聞かせつつ、アドリアンと共にルルティーナを見送った。
気づけば【蕾のお茶会】も終盤だ。そろそろ、アドリアンと共に王家の居住区域まで移動しなければならない。
アドリアンをうながそうとすると、再び青い瞳に射抜かれた。
『頼みがある』
グリシーヌは無意識のうちに居住いを正した。
(つい数日前まで甘えた坊ちゃんだったのに、立派な若者の顔になっていますね)
『グリシーヌ。俺はミゼール領辺境騎士団に入ると決めた』
衝撃の発言だったが、すぐに納得できた。
『なるほど。ヴェールラント王国全国民を護る騎士になるという、ルルティーナ様とのお約束を果たすためですね?』
『そうだ。俺は、彼らが担っている魔境浄化こそ、我が国と民にとって最も重要だと考えている』
(その通り。我が国の領土を蝕む魔境の浄化こそ、我が国最大の課題。よく勉強しておられる)
恐らく、近衛騎士を目指していた頃からあった考えなのだろう。
アドリアンと親しい騎士たちの中には、ミゼール領辺境騎士団にいた者も多い。
彼らはアドリアンに、魔境がいかに過酷で恐ろしい場所か、ミゼール領辺境騎士団がいかに悲惨か、そしてその務めの意義を語り聞かせていた。
アドリアンは彼らの言葉を聞き、学び、考えていた。だからこそ今、決意したのだろう。
グリシーヌは心からの忠誠を込めて頭を下げた。
『ご立派な御志です。出来るだけ速やかにお申し出なさいませ』
誰に。とは言わない。盗聴防止の魔道具は作動させてはいるが、絶対などはない。
また、グリシーヌの主はちゃんとわかっている。
『ああ、そうするよ。それと君に頼みがある』
(わかります。両陛下たちやブルーエ男爵たちへの説得ですね。絶対に心配して反対するでしょうから)
出来る限りの口添えはしよう。決意したが、予想は外れた。
アドリアンは深く頭を下げ、大きな声を出した。
『今回のことでよくわかった!俺は世間知らずの未熟者!お前にはこれからも忌憚のない意見を述べて欲しい!』
グリシーヌは口角を上げた。願ってもない成長、そして申し出だ。
つまり、本音のまま毒を吐くことにした。
『かしこまりました。では、早速ですが申し上げます。アドリアン様は馬鹿正直過ぎます』
『は?なんだと?』
『さらには、他者の本音を読み取って配慮するのも、他者の配慮や悪意に気づくのもド下手くそでございます。平たくいうと、考えなしで甘えたな貴族のお坊ちゃんですね』
『ド下手っ!甘え……!お前……!……!……い、いや……その通りだ。肝に銘じる。
……ブルーエの家族にも謝らないとな……』
『そうなさいませ。きっと、許して頂けますよ』
『……ああ。グリシーヌ、君にも謝罪する。迷惑をかけて済まなかった』
グリシーヌは、謝罪を受け入れた。
以降、アドリアンはグリシーヌの毒舌に腹を立てつつも耳を傾けるようになったのだった。
◆◆◆◆◆
その後、アドリアンは両陛下と王子殿下と話し合った。
互いに緊張してはいたが、和やかに話は進む。壁に控えているグリシーヌはホッとした。
最も、アドリアンがミゼール領辺境騎士団に入団すると言った時は全員が……特に王妃陛下が動揺して反対したが。
しかし王妃陛下も、アドリアンの考えと決意を聞いて納得していった。
『苦労ばかりかけているのに立派に育って……!』
感極まって泣き出す王妃陛下、誇らしげにアドリアンを見つめる国王陛下と王子殿下。
つい最近まで甘えて拗ねて駄々をこねていたからか、アドリアンは少し恥ずかしそうだった。
話し合いの最後、アドリアンは両陛下たちにルルティーナの窮状を訴えた。国王陛下は重々しく頷く。
『うむ。余も報告を受けた。司法局にはルルティーナ嬢の保護と調査を命じている』
素早い対応だ。グリシーヌとアドリアンは安心して、王都を後にした。
司法局が介入するのだから大丈夫だろうと……。
まさかその司法局が、すでに腐っていただなんて気づきもせずに。
グリシーヌが真実を知り激しく後悔したのは、【蕾のお茶会】から六年後だった。
アドリアンは言葉通り穏便に事を運び、ルルティーナに紳士的に接したのだ。二人の会話が進むほど、グリシーヌのアドリアンへの評価が上がっていく。
と、同時にルルティーナの痛ましい現状に憤った。
アドリアンが彼女を保護すると言った時は内心『よくぞ仰って下さりました!全力でお手伝いします!』と叫んだものだ。
だがルルティーナの気高さは、グリシーヌとアドリアンの想像を越えていた。
あまりにも幼い淑女は、穏やかな表情で保護されることを拒んだのだ。
『いいえ。私は追い出されない限り、アンブローズ侯爵家から出るつもりはありません』
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やや傲慢な言い方だがその通りだ。また、事情が事情だから反対もされないだろう。
(私も全力でお守りします!)
しかし、ルルティーナは応じない。
『ありがとうございます。私などにお心を砕いて下さって……。ですが、これは私の願いを叶えるためなのです』
『君の願い?』
『はい。私は家族と領民の役に立って、アンブローズ侯爵家の一員として認めて頂きたいのです』
『っ!それは……』
『今日、私は【魔力無し】の私でも認めて頂けることがあると知りました。淑女教育での努力が実ったのです』
薄紅色の瞳には迷い一つない。グリシーヌは息を飲んだ。
『私に魔力はありません。我が家の得意とする《治癒魔法》は、一生使えないでしょう。ですがまだ、私に出来る事があったのです。
ですから、このままアンブローズ侯爵家で己を磨き、私に出来ることを探し続けようと思います』
(なんて気高く尊い方)
グリシーヌはこの世にこれほど美しい存在がいたのかと、衝撃を受けていた。
◆◆◆◆◆
ルルティーナの気高さはグリシーヌの心を揺さぶった。そして、アドリアンの傲慢と甘えを完全に粉砕した。
『僕の願いは騎士になることだ。ついさっきまで、王家をお護りする近衛騎士になりたかった。けど、それはもうやめる。僕は、ヴェールラント王国全国民を護る騎士になるよ』
ルルティーナに誓うアドリアン。頬を染めるルルティーナ。
(美しい……)
グリシーヌは震える心のまま忠誠を新たにした。
(このお二人の力になりたい。お仕えしたい。ああ、このままルルティーナ様をブルーエ男爵家へ……。いえ、それはルルティーナ様の意思に反する。
だけど、本当にルルティーナ様をアンブローズ侯爵家に帰して大丈夫でしょうか?)
グリシーヌは珍しく悩み、迷った。
(ああ悩ましい。こんなに悩むのは生まれて初めてです)
ルルティーナを保護するのは簡単だ。
アドリアンと共に上手く立ち回り、両陛下と王子殿下に訴えれば可能だろう。
(アドリアン様は、ルルティーナ様を見初められた)
そして、ルルティーナも明らかに同じ想いだ。
(アドリアン様がルルティーナ様を婚約者にしたいと申し出れば、両陛下にお許し頂ける可能性は高い。
体格差もあってかなり年が離れてみえますが、七歳差なだけです。お互いに成人すれば問題ない……。いえ、また私は傲慢なことを。
ルルティーナ様の将来を勝手に決めるべきではありません。ご自身は、アンブローズ侯爵家で研鑽を積むと覚悟されていますし、肉親と引き離すのは……。
しかし、あの肉親の元でまともに生活出来るのでしょうか?やはり強引にでも引き離して……)
悩んで迷ううちに、ルルティーナに迎えが来てしまった。
『アドリアン様、グリシーヌ様、本当にお世話になりました。またいつかお会い出来れば嬉しいです』
『ああ、僕らもその日を楽しみに待つよ』
(心配ですが、今は経過を見ましょう)
グリシーヌは自分に言い聞かせつつ、アドリアンと共にルルティーナを見送った。
気づけば【蕾のお茶会】も終盤だ。そろそろ、アドリアンと共に王家の居住区域まで移動しなければならない。
アドリアンをうながそうとすると、再び青い瞳に射抜かれた。
『頼みがある』
グリシーヌは無意識のうちに居住いを正した。
(つい数日前まで甘えた坊ちゃんだったのに、立派な若者の顔になっていますね)
『グリシーヌ。俺はミゼール領辺境騎士団に入ると決めた』
衝撃の発言だったが、すぐに納得できた。
『なるほど。ヴェールラント王国全国民を護る騎士になるという、ルルティーナ様とのお約束を果たすためですね?』
『そうだ。俺は、彼らが担っている魔境浄化こそ、我が国と民にとって最も重要だと考えている』
(その通り。我が国の領土を蝕む魔境の浄化こそ、我が国最大の課題。よく勉強しておられる)
恐らく、近衛騎士を目指していた頃からあった考えなのだろう。
アドリアンと親しい騎士たちの中には、ミゼール領辺境騎士団にいた者も多い。
彼らはアドリアンに、魔境がいかに過酷で恐ろしい場所か、ミゼール領辺境騎士団がいかに悲惨か、そしてその務めの意義を語り聞かせていた。
アドリアンは彼らの言葉を聞き、学び、考えていた。だからこそ今、決意したのだろう。
グリシーヌは心からの忠誠を込めて頭を下げた。
『ご立派な御志です。出来るだけ速やかにお申し出なさいませ』
誰に。とは言わない。盗聴防止の魔道具は作動させてはいるが、絶対などはない。
また、グリシーヌの主はちゃんとわかっている。
『ああ、そうするよ。それと君に頼みがある』
(わかります。両陛下たちやブルーエ男爵たちへの説得ですね。絶対に心配して反対するでしょうから)
出来る限りの口添えはしよう。決意したが、予想は外れた。
アドリアンは深く頭を下げ、大きな声を出した。
『今回のことでよくわかった!俺は世間知らずの未熟者!お前にはこれからも忌憚のない意見を述べて欲しい!』
グリシーヌは口角を上げた。願ってもない成長、そして申し出だ。
つまり、本音のまま毒を吐くことにした。
『かしこまりました。では、早速ですが申し上げます。アドリアン様は馬鹿正直過ぎます』
『は?なんだと?』
『さらには、他者の本音を読み取って配慮するのも、他者の配慮や悪意に気づくのもド下手くそでございます。平たくいうと、考えなしで甘えたな貴族のお坊ちゃんですね』
『ド下手っ!甘え……!お前……!……!……い、いや……その通りだ。肝に銘じる。
……ブルーエの家族にも謝らないとな……』
『そうなさいませ。きっと、許して頂けますよ』
『……ああ。グリシーヌ、君にも謝罪する。迷惑をかけて済まなかった』
グリシーヌは、謝罪を受け入れた。
以降、アドリアンはグリシーヌの毒舌に腹を立てつつも耳を傾けるようになったのだった。
◆◆◆◆◆
その後、アドリアンは両陛下と王子殿下と話し合った。
互いに緊張してはいたが、和やかに話は進む。壁に控えているグリシーヌはホッとした。
最も、アドリアンがミゼール領辺境騎士団に入団すると言った時は全員が……特に王妃陛下が動揺して反対したが。
しかし王妃陛下も、アドリアンの考えと決意を聞いて納得していった。
『苦労ばかりかけているのに立派に育って……!』
感極まって泣き出す王妃陛下、誇らしげにアドリアンを見つめる国王陛下と王子殿下。
つい最近まで甘えて拗ねて駄々をこねていたからか、アドリアンは少し恥ずかしそうだった。
話し合いの最後、アドリアンは両陛下たちにルルティーナの窮状を訴えた。国王陛下は重々しく頷く。
『うむ。余も報告を受けた。司法局にはルルティーナ嬢の保護と調査を命じている』
素早い対応だ。グリシーヌとアドリアンは安心して、王都を後にした。
司法局が介入するのだから大丈夫だろうと……。
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