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ARKADIA──それが人であるということ──

ARKADIA────十六年前(その一)

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「付いて来な。話してやるよ、全部」

 そう言われ、アルヴァさんと共に僕たちは『輝牙の獅子クリアレオ』へと戻った。『輝牙の獅子』のロビーには意識を取り戻した冒険者ランカーや、こちらに避難した住民たちで溢れ返っており、それはもう凄い状況ではあった。

 全員が全員、困惑状態の半ば混乱パニックに陥ってしまってはいたが、それもアルヴァさんが一喝するとすぐさま収まった。そして彼女は後の処理を受付嬢らに任せて、僕たちをGMギルドマスターの執務室へと連れた。










「……さて。全部話してやるとは言ったけども……一体何処から話せば良いのか」

 そう言って、椅子に腰掛け執務机に肘を突き、組んだ手を顎に当てながら、アルヴァは少し悩ましそうにする。そのすぐ隣では、ナヴィアさんがばつが悪そうに立っていた。

「まあ、取り敢えずだ。あんたら、フィーリアとは会えたのかい?……あの魔石塔の最深部で、さ」

 そのアルヴァさんの問いかけに対して、少し遅れて僕と先輩だけが小さく頷く。サクラさんは、何か考え込んでいるのか俯いていた。

「……フィーリアさんは、自分のことをアルカディアと──『理遠悠神』アルカディアだと名乗って、いました」

 僕がそう言うと、アルヴァさんは特に驚く様子も見せず、ただそうだろうねと、一言だけを僕に返した。

 再び、その場の誰もが黙ってしまう。執務室が静寂に包まれる。が、それを破ったのは──

「一つ、訊ねたいことがある」

 ──先程俯き、何か考え込んでいたサクラさんだった。彼女はいつの間にかその顔を上げており、黒曜石と見紛う瞳で、アルヴァさんのことを真摯に見つめていた。

 対し、アルヴァさんは口を開かなかった。サクラさんと同じように、黙って彼女もまた、紫紺色の瞳をサクラさんに向ける。それがアルヴァさんなりの了承の合図なのだと僕はわかっており、そしてそれはサクラさんもわかったらしい。少し遅れて、彼女が口を開く。

「お二人は……いや、アルヴァ殿は知っていたのか?この事を……貴女は元から、全て知っていたのか?」

 そのサクラさんの問いかけに、アルヴァさんはすぐには答えなかった。……ただ、気持ちばかりその瞳に、翳りを差して。それからゆっくりと、アルヴァさんも口を開いた。

「ああ。知っていたさ」

 アルヴァさんの返答に対して、サクラさんが何か言うことはなかった。スッと彼女へ向けていた瞳を細めて、口を開こうとしたが、閉じたのだ。

 何か言いたそうにはしていたが、結局サクラさんは何も言わず、少し複雑そうな表情を浮かべ先程と同じように俯いてしまう。そんな彼女の様子を目の当たりにして、妙だなと思いはしたが──それよりも、アルヴァさんに向かって僕は口を開いていた。

「し、知っていたって……フィーリアさんが『理遠悠神アルカディア』だと、彼女が滅びの厄災だと、アルヴァさんは最初から知っていたんですか!?まさか、ナヴィアさんも!?」

 もしそうなら、何故話さなかったんですか。何故今まで黙っていたんですか────僕はそこまでは口に出さなかったが、それでもアルヴァさんには充分伝わった。依然その紫紺の双眸に翳りを見せながら、彼女は言う。

「ナヴィアにはそこまで話しちゃいない。この子にはただ、時期・・が来るまでに、あの馬鹿娘を塔からできるだけ遠ざけて欲しいって頼んでただけ。…………事の発端は、今から十六年前になる」

 そこまで言って、アルヴァさんは躊躇うかのように一瞬黙ったが、こう続けた。

アタシは、まだ魔石塔とは呼ばれていなかったあの塔で、フィーリアと出会った」




















 世暦九百八十三年。フォディナ大陸首都────マジリカにて。この日この時、彼女は苛立ちながらも、目の前に聳え立つその塔を下から眺めていた。

「…………何だってアタシがこんなチンケな塔の調査なんかしなきゃならないのかねえ」

 心を煮えさせる苛立ちを乗せて、ぽつりと忌まわしそうにぼやく彼女の名は──アルヴァ=レリウ=クロミア。大魔道士と謳われるレリウの名を継ぐ、謂わば今代の大魔道士にして、『六険』序列第二位の元《S》冒険者ランカーでもあり、そして冒険者組合ギルド輝牙の獅子クリアレオ』の若きGMギルドマスターである。

「全く。やれやれだよ」

 尚もそうぼやいて、彼女は懐から一本の煙草タバコを取り出す。そしてその煙草を咥えたかと思うと、指を先端に近づけパチンと鳴らす。瞬間火花が散って、先端が燃え出した。

 うんざりとした様子で、鬱屈そうに紫煙を吐き出しながら、アルヴァは塔を見つめる──何ら変わりのない、特に変哲のない石塔を。





 しかし、アルヴァは知らなかった。その最深の最奥にて、この世界オヴィーリスを揺るがす、波乱の運命が眠っていることを。
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