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第一章 3
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五月、ゴールデンウイーク明けだった。美鈴が教員に復帰して一ヵ月が過ぎた。新しい職場にも漸く慣れて来た。
六時限目の授業が終わると、美鈴は一旦職員室に戻ってから、顧問を引き受けた茶道部の部室へ行った。文化部の部室は、南棟の一階に設けられている。美術部と華道部に挟まれた六畳の和室だ。
引き戸を開け、室内に入った。中央に炉が設えられており、床の間もあった。その床の間には、掛け軸が飾られ、信楽焼の陶器に花も生けられている。今は五月なので淡い赤紫色の芍薬だ。
美鈴が部室に顔を出した時には既に、三年生で部長の水野真由子と二年生の真下香織がいた。
「こんにちは先生」
「こんにちは」
美鈴は二人の女生徒に軽く頭を下げると、上履きを脱ぎ、畳に上がった。
暫くすると、他の部員たちがやって来た。一年生の速水恵梨香に続き二年生の細川愛実、同じく真野純恋の三名だ。先に部室にいた二人を合わせ、この五名が茶道部員たちだ。五名全員が女子で男子部員は一人もいない。
炉に掛けておいた釜が鳴った。湯が沸騰したのだ。
「では皆さん、今日は濃茶について学びましょう」
美鈴は部員たちを前にしてそういった。
「はい」
部長の真由子が返事する。それに続くように他の部員たちも、はきはきした声で答えた。
通常お茶は点てると表現するが、濃茶は練ると表現する。その理由は、抹茶の量に対し、湯の量が少ないから練ると表現し、また名称も薄茶に対し濃茶となる。そして、薄茶は客一人に対し一椀ずつ点てる訳だが、濃茶は回し飲みを前提として練る訳だ。
「では、始めましょうか。本日の主客はそうですね、細川さんにやって頂きましょうか」
いいながら美鈴は、ショートシャギーの丸顔女子を見やった。鼻筋が通った黒目がちの愛らしい少女だ。
「はい、分かりました先生」
愛美はぷっくりとしたふくよかな唇の端に笑みを浮かべ頷く。
「それではお濃を練りましょうか」
美鈴はしっとりとした声で部員たちに告げた。
亭主は部長の真由子が務め、城北学園茶道部が代々使って来た赤楽茶碗に濃茶を練り始めた。作法に則って部員たちで回し飲みする。最後は顧問の美鈴が、赤楽茶碗に残った濃茶を飲み干した。
「結構なお点前でした……」
美鈴は亭主の真由子に対し、意味あり気な笑みを返した。練り具合が足りなく、少し口の中に粉っぽさが残ったのだ。
茶道部の部活動は、運動部やほかの文化部と違って、対外試合やコンクールなどに参することがないので、一通りの作法を学ぶだけだった。顧問である美鈴は、茶道家元から許状『相伝』を取得している。二時間ほど、部員たちに茶道を教えると、美鈴は帰路に就いた。
愛娘和葉は、夫の母沢村美奈子に保育園へ迎いに行ってもらい、美鈴が帰宅するまでの間、預かってもらっていた。
夫の実家は、隣町にあった。一戸建て住宅だ。そこに家族六人で生活している。夫の父修一と母美奈子、兄の秋生とその妻希美、万里生と環奈の二人の子供たちだ。
「お義母さん済みません」
「いいえ、私も和葉ちゃんと一緒に遊ぶことが出来てとっても楽しいわ」
姑からは、特に嫌味はいわれなかったが、返ってそれが申し訳なく思えて仕方がなかった。
「さあ、お家に帰りましょうか和葉ちゃん」
美鈴は、姑に預かってもらっていた娘とともに、家路に就いた。
六時限目の授業が終わると、美鈴は一旦職員室に戻ってから、顧問を引き受けた茶道部の部室へ行った。文化部の部室は、南棟の一階に設けられている。美術部と華道部に挟まれた六畳の和室だ。
引き戸を開け、室内に入った。中央に炉が設えられており、床の間もあった。その床の間には、掛け軸が飾られ、信楽焼の陶器に花も生けられている。今は五月なので淡い赤紫色の芍薬だ。
美鈴が部室に顔を出した時には既に、三年生で部長の水野真由子と二年生の真下香織がいた。
「こんにちは先生」
「こんにちは」
美鈴は二人の女生徒に軽く頭を下げると、上履きを脱ぎ、畳に上がった。
暫くすると、他の部員たちがやって来た。一年生の速水恵梨香に続き二年生の細川愛実、同じく真野純恋の三名だ。先に部室にいた二人を合わせ、この五名が茶道部員たちだ。五名全員が女子で男子部員は一人もいない。
炉に掛けておいた釜が鳴った。湯が沸騰したのだ。
「では皆さん、今日は濃茶について学びましょう」
美鈴は部員たちを前にしてそういった。
「はい」
部長の真由子が返事する。それに続くように他の部員たちも、はきはきした声で答えた。
通常お茶は点てると表現するが、濃茶は練ると表現する。その理由は、抹茶の量に対し、湯の量が少ないから練ると表現し、また名称も薄茶に対し濃茶となる。そして、薄茶は客一人に対し一椀ずつ点てる訳だが、濃茶は回し飲みを前提として練る訳だ。
「では、始めましょうか。本日の主客はそうですね、細川さんにやって頂きましょうか」
いいながら美鈴は、ショートシャギーの丸顔女子を見やった。鼻筋が通った黒目がちの愛らしい少女だ。
「はい、分かりました先生」
愛美はぷっくりとしたふくよかな唇の端に笑みを浮かべ頷く。
「それではお濃を練りましょうか」
美鈴はしっとりとした声で部員たちに告げた。
亭主は部長の真由子が務め、城北学園茶道部が代々使って来た赤楽茶碗に濃茶を練り始めた。作法に則って部員たちで回し飲みする。最後は顧問の美鈴が、赤楽茶碗に残った濃茶を飲み干した。
「結構なお点前でした……」
美鈴は亭主の真由子に対し、意味あり気な笑みを返した。練り具合が足りなく、少し口の中に粉っぽさが残ったのだ。
茶道部の部活動は、運動部やほかの文化部と違って、対外試合やコンクールなどに参することがないので、一通りの作法を学ぶだけだった。顧問である美鈴は、茶道家元から許状『相伝』を取得している。二時間ほど、部員たちに茶道を教えると、美鈴は帰路に就いた。
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「お義母さん済みません」
「いいえ、私も和葉ちゃんと一緒に遊ぶことが出来てとっても楽しいわ」
姑からは、特に嫌味はいわれなかったが、返ってそれが申し訳なく思えて仕方がなかった。
「さあ、お家に帰りましょうか和葉ちゃん」
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