捜査一課殺人犯捜査第四係 異常犯罪捜査班 比嘉可南子

繁村錦

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CHAPTER2

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 七月八日、月曜日。
 覆面パトカーは、都道一一三号線を西へ向かって走る。助手席には、相棒バディとなった所轄の男性刑事が乗っている。代々木中央署強行犯係の田村涼太巡査だ。この春、警察学校を卒業した新人警察官。つまり卒配先が代々木中央署という訳だ。
 使えない新米刑事を助手席に座らせ、可南子は憂鬱な気分でハンドルを握り、アクセルを踏んだ。暫く進むと、前方フロントグラス越しに、キャンパスを取り囲む樹木と校舎が見えてきた。もう間もなく、神奈川県横浜市保土ケ谷区常盤台の国立Y大に到着する。
 外来者用の駐車場に覆面パトカーを停めた。車から降りると、可南子は真っすぐ恩師の許へ向かった。
 午後四時半過ぎだ。この時間だと、まだ研究室にいる筈だ。

「うわぁッ可愛い女の子ばっかりすね」

 田村は、キャンパス内を歩く女子大生の姿に目を奪われたらしく、鼻の下を伸ばしていた。
 学生や大学職員たちは、普段見掛けない男性を遠巻きに見守りながら、何事かを小声でひそひそと会話している。田村と視線が合った瞬間、彼女たちは慌てて視線を逸らした。

「そんなにジロジロと見ないの。不審者と勘違いされているぞ」

 可南子は田村を注意しつつ、目的地へ向かって足早に歩く。

「はい……」

 田村は頭を掻きつつ、可南子を追った。
 教育学部の東谷研究室が、今日の訪問先だった。本館へ入ると、二人は西日が射し込む廊下を奥へ向かって歩いていき、研究室のドアの前で立ち止まった。

「先生、居るかな……」

 少し不安気に呟き、ドアをノックする。

「はぁーい、どうぞ」

 返事があった。どうやら恩師は居るようだ。

「お邪魔します」

 と声を掛けドアを開け、研究室へ入った。
 左側の一番奥、本棚に背を向け机の前に座る白衣姿の五十路女性。その横で、何かの資料に目を通す二十代後半の女性。そして、三人の学生たち。研究室に居るのはすべて女性ばかりだった。
 その全員の視線が、田村ひとりに注がれた。

「うわぁ、男子は俺だけ……」

 まるで女子運動部の部室のような鼻腔を擽る甘ったるい匂いに、流石の田村も赤面した。しかも目のやり場に困る。女子学生たちは皆、胸元が大きく開いた流行りの服を身に着けているからだ。田村は照れ臭そうに鼻の頭を掻いた。
 そんな相棒バディを他所に、可南子は軽く頭をさげ、

「先生、ご無沙汰です」

 恩師である犯罪心理学者東谷朱美教授に挨拶した。

「珍しいわね、比嘉さんが訪ねてくるなんて」

 女性教授は、首だけを向け、にべもなく言った。
 肌艶はとても五十路とは思えないほど若々しい。ただ、それなりに歳を取っているため、論文に目を通す時は、老眼鏡が必要だった。薄茶色のプラスチックフレームのメガネを指先で少しさげ、まじまじと田村の顔を観察するように見る。

「こちらの素敵な男性は」

「私の相棒バディです」

「け、けい、警視庁、よ、よ、代々木中央署の、た、田村、りょ、涼太と申します」

 緊張のあまり言葉を噛む。

「まあ、可愛い。そんなに怯えなくてもいいのよ。何も取って喰おうなって思ってないから」

 東谷は肉厚の唇を舌で舐めると、直立不動状態でガチガチに固まる田村を揶揄った。

「喰うって……」

 頓狂な表情で、田村は自分を指差した。
 意味あり気な笑みを返すと、東谷は、

「ねえ、比嘉さん。何か飲む」

 と話題を切り替えた。

「はあ……」

「遠慮しなくてもいいのよ。そうだ、山口さん。お二人に、この間、中松教授からインド旅行土産に頂いたダージリン、淹れてあげて」

 可南子と田村は二人同時に、山口と呼ばれたその女性へ視線を走らせた。
 ショートボブに、少し釣り上った切れ長の目。所謂猫眼と呼ばれる目だ。それを黒縁フレームのメガネが和らげている。学者肌の眼鏡オンナ。薄化粧でアイシャドーも口紅も殆ど引いていない。ジーンズと無地の白いTシャツに白衣を羽織っただけの地味なスタイル。胸はそれほど大きくない。寧ろ小さい方だ。水色のブラジャーが透けて見えるため、辛うじて女性だと判断つく。

「はい。わかりました」

 山口は、それまで目を通していた資料を机の上に置き、腰をあげた。

「あちらの女性の方は? 私が以前ここを訪れた時には、見掛けなかった」

 紅茶を淹れるための準備を手早く行う山口の後ろ姿を、可南子は目で追った。

「助手の山口優奈さん」

 と東谷が紹介した。

「……」

 山口は、無言のまま軽く頭を下げる。
 やはり、見た目と同じように物静かな女性だった。

「あなたたちも飲む」

 東谷は学生たちに訊ねる。

「えっ、私たちも頂けるんですか」

「ええ、勿論よ。遠慮せずにどうぞ」

「ありがとうございます先生」

「私たちも手伝います」

 研究室で、少し遅いティータイムを楽しんだあと、可南子は本題を切り出した。

「ご馳走様でした先生。ところで、本日、私たちが先生の許を訪れた理由なんですが……」

「何……?」

 東谷は真顔で問うた。

「犯罪心理学の専門家である先生のご意見を伺いたいと思いまして」

 可南子は、何かの魔力、或いは磁気を帯びたような妖しい輝きを宿す東谷の黒い瞳を見た。女性教授も覗き込むように元教え子の瞳を見る。

「私の意見……?」

 東谷は幾分怪訝気味に小首を傾げる。

「はい」

 可南子は真顔で頷く。

「何か込み入った話になってきたみたいですので、私たちはこれで失礼させて頂きます」

 三人の女子学生は、東谷と可南子に会釈すると、いそいそと研究室を出ていった。ドアを開ける間際、山口が学生たちに声を掛ける。

「皆さん、課題の提出期限は、今月の十日までですよ」

「はあーい、わかってまーす」

 学生たちは、助手の山口を舐め切ったようにタメ口を叩く。

「私も、席を外します」
 
 と気を利かせ、山口も女子学生の後を追うようにその場を離れた。
 立ち去る時、二人のすぐ後ろを通った。さっき、紅茶を淹れてくれた時には気づかなかったが、フレッシュフローラルの香調が鼻を擽った。クロエオードパルファムだ。

「邪魔者は消えたみたいだから、じゃあ話を聞こうじゃないの」

 東谷はスチールテーブルに両肘をつき、身を乗り出すと、可南子に鋭い視線を注いだ。

「ニュース等で既に先生もご存じだとは思いますが、先週の水曜日、代々木公園で、若い女性の絞殺体が発見されました。殺害されたのは、数日前から失踪していた女性です。まだ、捜査中ですので詳しいことは言えませんが、その殺害方法が、常軌を逸しており、正直困っております」

「と、言うと」

「これを見てください」

 可南子は、机の上に、例の二枚の写真を出した。一枚は、あり得ない方向に折られた女子大生西岡誌織の指先。もう一枚は、爪がすべて剥ぎ取られた園田真知子の指先。
 東谷は一枚目の写真を手に取った途端、顔を顰めた。眉間に深く皺を刻む。

「……酷い」

 東谷は、掌で口許を押さえ呟いた。
 一枚目を机の上に戻し、二枚目を手に取る。

「う、うぅ……」

 これも酷い。眉間の皺が更に深くなる。
 写真を確認すると、東谷は肉厚の唇を尖らせた。瞼を閉じ暫く沈黙する。やがて徐に目を開くと、可南子の眸を見据えた。
「私の専門分野ってことね。犯人は、典型的な反社会性人格障害者。つまりサイコパスによる猟奇殺人」

「やはり、そうですか」

 可南子は、期待通りの答えが返ってきて納得するように首肯する。と同時に改めて事件の特異性を認識した。

「えっ、どう言うことですか? お二人だけにしかわからないような専門用語使わずに、僕にもわかるように説明してくださいよ」

 田村は頓狂な顔で懇願する。

「反社会性人格障害者、平たく言えばサイコパス、つまり変質者による犯罪ってこと、わかった田村君、キミも殺人事件を追う捜査員なら、そんくらいちゃんと勉強しておきなさい」

 可南子は、田村の額を指先で弾く。でこピンだ。

「痛ぇっ」

 思わず顰め面になり、可南子を睨む。
 可南子は田村を殆ど無視しつつ、勝手に話を進めていく。

「先生、理由は何だと思いますか? 私の部下の一人が、被害者の指を使えなくするためだ、と言っております」

「恐らく犯人の目的は、それね。間違いないと思うわ。殺人行為そのものに快楽を覚えるつまり快楽殺人犯。比嘉さん、あなたも本当に厄介な事件に関わってしまったわね」

「まったくです」

 可南子は相槌を打つように頷いた。
 東谷は静かに目を閉じ、話を続けた。

「……満月の狂人とかグレイマンとか呼ばれたアルバート・フィッシュのような自虐趣味と加虐趣味の両方を持ち合わせたような人物。あるいは映画『羊たちの沈黙』のハンニバル教授のモデルの一人といわれたヘンリー・リー・ルーカスのような殺人鬼。そうね……もしくはテッド・バンディことセオドア・ロバート・バンディみたいに比較的知能指数が高い人物。何れにしてもシリアルキラーであることに違いはないわ」

「やはり、シリアルキラーですか」

 その言葉を予め覚悟していたかのように、可南子は鸚鵡返し言った。

「ええ」

 東谷は頷く。

「シリアルキラーって……」

 田村が、可南子の顔を凝っと見る。

「連続殺人犯」

 可南子は呆れたように言い捨て、溜め息を吐く。

「快楽殺人や、猟奇殺人に限らず、こういった殺人鬼には、二つのタイプがあるのね。秩序型と無秩序型。両者とも幼児期に親から性的虐待を受けていた可能性が高いわ。特に犯人が男性の場合、母親からまったく愛情を注がれずに育った傾向があるわ。秩序型は、性行為そのものを〝サディスティックな行為を伴うもの〟という認識が固定され、性的快楽を求め、計画的に殺人を繰り返すのよ。このタイプの犯罪者は、私たちが性行為によって満足を得るように殺人行為によって満足を得るから、決して反省などすることがない。無秩序型の多くは、自己統制能力が極めて乏しく、社会にも適応できず、衝動的に殺人を繰り返すのよ。ここが秩序型との違いね。彼ら無秩序型タイプの犯罪者の多くは、思春期以降に、社会からの疎外感を覚え、孤独のうちにその心の中に殺人の妄想ばかり思い描き、犯罪行為を実行に移すのよ」

 東谷は持論を展開した。

「それで先生、今回の事件の場合、犯人はどのタイプだと思われますか」

 可南子が東谷の口許に注目する。

「……秩序型。犯行自体が緻密で計算され尽くされているから。典型的な連続猟奇殺人犯。恐らく表の顔は、ある程度社会的地位のある人間。例えば、私のような大学教授や教師、あるいは医師……」

「先生が考える犯人像は、秩序型で、教育者、もしくは医者ですか」

「ちょっと待っていて」

 と言い残し、東谷は不意に席を立った。

 数分後、東谷は、幾つかの資料を抱えた助手の山口優奈とともに戻ってきた。

「お待たせしちゃったみたいね、ごめんなさい」

 東谷は、席に着くなり、数枚の資料を机の上に広げた。

「先生、これは?」

 可南子は、資料に目を落としつつ訊ねる。

「私が授業で使っている教材よ。過去十年間で、東京周辺で発生した殺人事件。しかも、計画性のない行きずりの犯行や怨恨などは取り除き、緻密で猟奇的な事件ばかり揃えてみた。被害者は全員女性。恐らく今回、あなた達が追っている事件と同一犯の可能性が高いわ」

「ありがとうございます。調べる手間が省けました」

 と礼を述べつつ、可南子は早速資料を手に取った。
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