捜査一課殺人犯捜査第四係 異常犯罪捜査班 比嘉可南子

繁村錦

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CHAPTER3

INTERLUDE3

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 私は、母の意見を聞き入れ、殺害した女を山梨県北都留郡丹波山村鴨沢の山中に遺棄することに決めた。
 珍しくこの夜は、母も、

「あんた一人じゃ不安だから私も一緒についてゆく」

 と言い、メルセデス・ベンツSーCLASSの助手席に乗り込んだ。
 正直なところ、母を助手席に乗せることには抵抗があった。理由は簡単だ。兎に角やたら煩いのだ。

「歩行者に気をつけろ」

「対向車が近づいてくる」

「左折する時にはサイドミラーで歩行者の動きに注意しろ」

 などと口煩くて、本当にうんざりする。
 二十三区を離れた辺りで私は思い切って助手席に座る母に言ってみた。

「煩いよ母さん。だったら自分で運転すりゃいいじゃない」

 母は無反応だった。
 少しきつく言った。
 言い過ぎたかなと自分でも思った。

「どうしたの母さん」

 と訊ねるその声に被せて、母は、

「私が免許持っていないこと知っていて態と言ってるのっ!?」

 助手席の母は、キイっと目を剥いて私を睨みつける。

「ご、ごめんよ母さん、別にそんなつもりじゃなかったんだ。ただ……」

「ただ、どうしたの」

 恐ろしく低い声で母は訊ねる。

「母さんが煩く言うからさ」

 私は面目なさげに答えた。

「あんたの運転が乱暴だからでしょっ」

 母は語気を荒げ吐き捨てる。

「ご、ごめんよ母さん……」

私は憮然と母に謝った。
 その時だった。交差点で信号待ちしていると、後続車がクラクションを鳴らした。

「信号、青に変わってるわよ」

 母に指摘され、私は慌ててアクセルを踏み込んだ。少しホイールスピン気味に急発進する。路面との摩擦でタイヤが軋む音が響いた。

「危ないじゃないっ! あんた私を殺す気なのっ!?」

 母は怒りに任せ、私を怒鳴りつけた。
 脳髄が痺れる。母に叱られると、いつもこうなる。訳もなく頭の芯が痛むのだ。それは鈍痛の時もあれば、今のように錐で突かれたようにピンポイントで痛む時もあった。

「ご、ごめんなさいお母さん。そんなつもりじゃないんだ」

 私は何とかしてこの状況を逃れたいがため必死に謝った。

「ふん」

 と鼻を鳴らし、母はプイっとそっぽを向いた。
 やがて車は奥多摩地区に入った。その間、母はまったく私と口を利いてくれなかった。
 国道四一一号線を奥多摩湖に沿って山梨方面に向かって走る。暫く進むと、道路の脇に、『山梨県』という標識が確認できた。
 それをチラリと見やった母は、私に対して漸く口を開いてくれた。

「県境を跨げば、警察の捜査を撹乱することができるわ」

「そうなの、母さん」

 私が問い掛けると、母は酷薄な笑みを唇の端に浮かべた。

「管轄問題ってのがあるの。東京都内は警視庁の管轄、山梨県内は山梨県警の管轄。警察は縄張り意識が強いから」

「勉強になったよ母さん」

「さあ、もう直に目的の山の中に着くわよ」

 母は漆黒の闇に包まれた閑森の奥に視線を向けるのであった。私もつられ、視線をその闇に走らせた。

「なるべく奥に停めなさい。人目につきにくいところがいいわ」

 母が指示を出した場所を私は見やった。
 国道四一一号線からルート登山口へ続く脇道だ。道幅が狭く車一台が通るのがやっとだった。自生する樹々に覆われ、道路からは目立たない。流石は母だ。やはりこんな時には頼りになる。
 ボディを擦らないように気を付け、私は慎重にハンドルを操作した。
 登山口に向かって脇道を登って行くと、対向車を避けるための待避スペースを見付けた。

「この辺でいいんじゃない」

 助手席の母が言った。

「うん」

 頷き私は車を停めた。
 トランクを開け、寝袋に入っているあの女の死体を運び出すことにした。でも、流石に私一人では重いため、

「ねえ、母さん。手伝ってよ」

 と母に頼んでみた。
 しかし母は助手席に座ったまま動こうとはしない。メンソールの煙草をくゆらしている。

「ねえ、母さん。手伝ってよって言ってるじゃないっ」

 私は少し声を荒げ母に噛み付いた。

「あんた、まさかこの私に手伝わせる気なの。嫌よっ、服が汚れちゃうじゃない」

 母は吐き捨てるように言った。
 この夜の彼女は、白地に花柄模様をあしらったブランド物の半袖のワンピースに、ピンヒールのサンダルを履いていた。

「母さんが、そんな恰好で来るから行けなんでしょ。取り敢えずさぁ一人じゃ重いから手伝ってよ」

 私は、寝袋に入った女性の死体の頭部を持ち上げたまま母に言った。

「情けないわね。あんた男の子でしょ。そんな小柄女一人で運べないだなんて」

 母は吐き捨てるように言うと、煙草を灰皿で揉み消し、車から降りた。

「私が足の方を持つから、あんたはそのまま頭の方を持ちなさい」

「うん、わかった」

「さあ、いくわよ。あらホント重いわねこの

 母は感心したように言う。

「でしょ、僕の言った通りだろ母さん」

 生きている時は何とか辛うじて一人でこの女の運ぶことができたが、動かない死人を運ぶのには難儀する。人は死ぬとこんなにも重さを感じるものなのか……?
 私は母と二人で、寝袋に入った女の死体をトランクから運び出し山中に遺棄した。

「長居は無用。こんなところをもし誰かに見られたりしたら大変よ。行きましょうか」

 母はそそくさと私よりも先に車に乗り込んだ。
 ダッシュボードの上のデジタル時計の表示は、23:52を示していた。もう間もなく日付が変わる。
 脇道を抜け、再び国道四一一号線に出た。東京方面に向けて車を走らせる。
 山梨県から東京都に入って間もなく、前方に誘導灯を振る制服警察官らしき人物に遭遇した。数台の警察車両も赤色灯を点滅させたまま停まっていた。

「……け、警察だ。母さん、どうしよう……!?」

 私は声を震わせ、狼狽えた。

「何かあったのかしらん」

 助手席の母も怪訝そうに顔を顰めた。
 警察官が二人、車に近寄ってきた。私はブレーキを掛け車を停止した。
 私はパワーウインドウをおろし、

「何かあったんですか」

 と、その警察官に訊ねた。

「昨日、山梨県甲州市塩山上萩原の県道二〇一号線でひき逃げ死亡事故が発生し、緊急配備しています。運転手さん、免許証を拝見させてください」

「は、はい……」

 私は頷くと、ヴィトンの長財布の中から免許証を取り出し、それを警察官に渡した。
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