捜査一課殺人犯捜査第四係 異常犯罪捜査班 比嘉可南子

繁村錦

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CHAPTER4

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 身元不明の女性変死体遺棄並び殺人事件の捜査本部が設置された山梨県警上野原中央署へ、可南子が向かったのは翌十六日だった。
 しかし、この日、いつものように覆面パトカーの運転席に田村の姿はなく、代わりにハンドルを握るのは、四係岸谷班の若造二岡祐二巡査長だった。助手席には柊係長、後部座席左側に可南子、右側に岸谷が座っている。四係の幹部全員集合だ。正直なところ窮屈で堪らない。おまけに車内は親仁臭が充満していた。
 これじゃ拷問と変わらないと半ば諦め、可南子は憮然としたまま、車窓の外の景色をぼんやりと見ていた。
 朝一の会議の終了後、中央自動車道を進み、神奈川県との境がある小仏峠を通過したのは午前十一時、あと数十分で上野原インターチェンジへ着く。もう暫くの辛抱だ。可南子は自分に言い聞かせた。
 十一時四十分頃、目的の上野原中央署へ到着。柊係長に続き車をおりると、庁舎へと向かって歩いて行いく。ここへ着く前、柊が車内から電話を掛けていたため、玄関先には出迎えの署員が数人待っていた。

「山梨県警捜査一課の小室です」

「上原中央署刑事課の佐々木です」

「同じく刑事課強行犯係の宮本です」

 三名の私服刑事たちが出迎えてくれた。

「警視庁捜査一課四係の柊です。この者たちは、私の部下で、右から岸谷、比嘉、二岡です」

 柊係長による紹介のあと、可南子たちは軽く頭を下げた。

「こうしていても何ですから、中へどうぞ」

 と小室に促され、警視庁の捜査員四人は署内へ足を踏み入れた。
 帳場が立つ三階講堂へ案内された。
 引き戸の横の薄汚れた壁には、『奥多摩湖女性変死体遺棄並び殺人事件特別捜査本部』と記された紙が貼ってあった。可南子はその文字を横目で確認し、室内に入った。
 中で待機していた百人近い山梨県警の捜査員が、一斉に可南子たちに鋭い視線を注いだ。
 警視庁から派遣された捜査員の姿を確認すると、正面中央の席に陣取る山梨県警捜査一課長古畑警視正が、マイクを手に取った。

「警視庁の方々は、どこか適当なところに座ってください」

 と人を喰ったような口調で告げた。

「……まあそう言うことなら」

 と右端の空いている席に柊が腰をおろした。

「岸さん、お前さんたちも座りなさい」

「はい」

 岸谷は柊のすぐ後ろに着席した。

 岸谷に続き可南子、二岡の順に席に着いた。

「それでは会議を再開します。久保管理官、続けて下さい……」

「先ほども申し上げました通り、マル害は二十代半ばの女性、身体的特徴として、両側の乳首にピアス、腹に髑髏、腰と臀部に掛けてドラゴンの刺青、これは若者間でファッションタトゥーと呼ばれているモノです。また陰毛は綺麗に剃られ……」

 久保の話を聞き流しながら、可南子は手許の資料にざっと目を通した。

 被害者の性別、女性
 推定年齢、二十代半ば
 血液型、Rh+O型
 身長、百六十一センチ、体重、五十キロ前後死因は不明、明後日十八日、甲府市内のY大学医学部法医学教室で司法解剖の予定。
 死亡推定日時は、七月十四日の深夜から翌十五日未明に掛けて別の場所で殺害され、山梨県北都留郡丹波山村鴨沢の山中に遺棄された可能性が高い。
 第一発見者は、遺棄現場となった山林の所有者、氏名は中野忠太、年齢六十九歳。
 五日金曜日、午前十一時八分頃、きのこや山菜採りのため、愛犬と山に入って偶然死体を発見。
 死体は、キツネやタヌキなどの野生動物に荒らされ痛みが酷い。
 左右の上顎中切歯、側切歯、犬歯の計六本の歯を歯根から失い、上唇に裂傷が認められる。
 白目を剥き、両腕を伸ばした形で全身を針金で縛られ、仰向けの状態で遺棄。
 前々日降った雨のため、遺棄現場周辺からは、被疑者に繋がる足跡、タイヤ痕など発見できず。

「ふうん、あの雨で、ゲソ痕は流されちゃったってわけね……」

 捜査資料を一読した可南子は、納得したように鼻を鳴らした。

「岸さん、どう思います?」

 とボールペンの先で、岸谷の背中を突いた。

「痛てえよ、嬢ちゃん……。うちらが追っているホンボシに間違いねえ」

 振り向きもせず岸谷はドスの利いた声で答えた。

「模倣犯の可能性は?」

「あぁん、そりゃ、ねえわ」

 岸谷は被りを振る。

「根拠は?」


「腕を縛りあげた針金見てみろ」

 と岸谷に指摘され、可南子は配布された資料に添付された写真を食い入るように見る。

「針金が、反時計回りに締められている……」

 つまり、左利きの人間が、右手で被害者の腕を押さえつけ、利き腕の左で針金を内側から外側へ向けて縛りつけたことを意味する。

 小一時間ほどで捜査会議が終了した。

「明日の解剖、立ち合わせてください」

 廊下に出てすぐ、柊が帳場を仕切る山梨県警の古畑に詰め寄った。

「はあ、まあぁ、構いませんが……」

 古畑は、黒縁眼鏡のフレームを指先で上げ、警視庁側の捜査員を品定めするかのように凝っと見た。

「岸さん、お前さんは、二岡のボンボンとここに残って、明日の解剖立ち合ってくれ。俺は、お嬢と遺棄現場見てから東京に戻るわ……」

 柊が素っ気なく言う。

「自分が、ですか?」

 岸谷は露骨に顔を歪める。


「ああ、そうだ」

 と素っ気なく告げたあと、柊は二岡の方に視線を移した。
 二岡は、洒落にならないと言った具合で、歯軋りをしながら刑事には似付かわしくないデザインパーマを掛けた茶髪を掻き毟った。

「不満か?」

 と柊は二岡を睨みつける。

「いいえ……」 

 二岡は諦め、渋々頭をさげた。

「お嬢、そう言うことだ。行こうか?」

 柊は、北の方角奥多摩湖方面に向かって顎を向けた。
 柊に誘われ、可南子は作り笑いを返した。

「喜んで……」

 まるで、居酒屋に勤務するアルバイト店員のように。
 現場まで一体何時間掛かるんだ……?
 可南子は訝しげに唇を尖らせた。

「案内役として人を付けます」

 古畑は、適当な人物がいないかと辺りを見回した。

「佐藤巡査長、お前、お二人を案内してやれ」

 古畑は、資料の入った段ボール箱を両手に持つ三十代半ば過ぎの冴えない男性刑事を指名した。

「は、はい」

 若ハゲで、毛髪がかなり悲惨なことになっている刑事は、可南子たちに向かって一礼した。
 可南子は、この刑事を哀れに思った。
 どこにでもいる使い走り。わたしの部下なら、東海林ってところか……。

「係長、自分たちも行きます」

 と岸谷が言うと、

「そうか、じゃあ付いてこい」

 と柊は何食わぬ顔で、吐き捨てるように答えた。
 遺棄現場となった山梨県北都留郡丹波山村鴨沢の山中に向かう車中で、佐藤が後部座席の可南子に声を掛けた。

「お嬢さん、年は幾つ?」

 はぁ? このハゲ、わたしの階級知らないの? 警部補だぞ、警部補。と思いつつも皆の手前、そこはぐっと堪え、可南子はビジネススマイルで、

「今年の十月で三十です」

 と教えた。その笑顔が微かに引き攣っていた。

「三十路か……。独身?」

 佐藤はしつこくバックミラー越しに訊ねてくる。
 聞こえなかった振りをして、無視を決め込んでいると、可南子と岸谷の間、後部座席中央に座る二岡が、

「比嘉主任って、まだ三十歳前っすか?」

 と上擦った声を上げた。
 少なからずも二岡は、可南子に畏敬の念を抱いていることは確かだ。
 三十前で本庁の主任、警部補。その出世の早さは、尋常ではない。異例中の異例だった。
 この遣り取りで、ハンドルを握る佐藤は、可南子の階級を悟ったらしく、突然、

「警部補殿とは露知らず、大変失礼なことを申し上げました」

 と謝罪してきた。
 ということはやはり階級は、可南子よりも低いということだ。

「佐藤さん、先ほどのご質問の答えですけど、独身ですが、それが何か? 一応これでも結婚を約束した彼氏は居ます」

 可南子は、捲くし立てるように答えた。

「ほう、お嬢ちゃんみたいなじゃじゃ馬、貰ってくれる人いるの」

 透かさず岸谷が茶々を入れてきた。

「何か、文句あんの? あん、このエロじじい」

 可南子も応戦する。

「何だと!? この阿婆擦れ野郎っ!!」

「止めないか、二人とも、いい加減しろ」

 助手席の柊が仲裁に入る。

「済まんな、佐藤君。見ともないもんを見せちまって……」

 柊は、自嘲気味に苦笑し、詫びを入れた。

「……いいえ」

 佐藤も作り笑いを返す。
 可南子と岸谷は、所謂犬猿の仲だった。
 互いが互いの存在を決して認めようとはしない。あの桐畑よりも岸谷は可南子にとって厄介な存在だった。
 警察官としてこれまで歩んできた道もまったく違う。
 可南子は、大卒のエリートだった。国立Y大を卒業後、警視庁に採用され、八王子中央署地域課を皮切りに、警察官人生を歩みはじめる。二十代後半で警部補となった気高き女性刑事だった。
 一方、岸谷は、高卒のノンキャリアの叩きあげだ。このスキンヘッドの強面の中年刑事は、青梅中央署地域課の派出所勤務の巡査を皮切りに、世田谷中央署地域課、赤坂中央署生活安全課、三十過ぎで巡査部長に昇進すると、刑事課強行犯係主任として池袋中央署へ異動。四十代半ばで警部補昇進後、警視庁刑事部捜査四課(現組織犯罪対策第四課)所謂マル暴の三係班長となり、一度、所轄の麻布中央署の組織犯罪対策課へ異動したのち、捜査一課四係の第一班の班長として再び警視庁へ戻ってきた。退職した桐畑の代わりとして。
 一課での岸谷は、マル暴時代に培った裏社会との繋がりを武器に、数多くの重大事件を解決へと導いていった。その情報収集能力の高さには、係長の柊も一目置いていた。
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