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CHAPTER5
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西岡詩織殺しで、捜査線上に浮上した容疑者の氏名は、南野真一という二十九歳の男性だった。
十五年前、神奈川県横浜市旭区で数カ月に亘り複数の女性が殺傷された事件の犯人だ。犯行当時、中学二年生十四歳の少年Aこと真一は、泥亜墓呂という名で大手新聞社に犯行声明を送りつけ、世紀末の日本を震撼させた。
事件を捜査していた神奈川県警は、真一が日頃からネコやウサギなどの小動物の虐待を度々行っていたと言う情報を得て、『旭区連続女性殺傷事件』の被疑者の一人として任意同行を求めた。捜査本部が設置された旭中央署での取り調べの結果、少年は三件の殺人と一件の傷害を認めた。
横浜家庭裁判所は、真一を医療少年院送致が相当と判断し、一九九×年八月二十九日、身柄を関東医療少年院に収容した。
二〇〇六年三月十日、成人した真一は少年院を仮退院し、翌二〇〇×年一月一日付けで本退院した。
保護観察期間終了後、真一は東京都八王子市台町二丁目○○―○のアパートで独り暮らしを始め、同市子安町二丁目のスーパーマーケット□□八王子店で働いている。
三十日、水曜日。午後九時三十分。
可南子は、所轄の渋谷中央署刑事課強行犯係員が運転する覆面パトカーの助手席で仮眠を取っていた。尾行対象者であるマル被南野真一は、三時間ほど前勤務先のスーパーを退勤したあと、八王子市内のネットカフェ○○京○片倉駅前店でオンラインゲームに嵌まっている。真一が容疑者として捜査線上に浮上してからのここ数日間、行動確認を取って得た印象はシロだ。
真一が十四歳の時起こした事件は何れも、今回可南子たちが追っている事件と酷似した猟奇的な快楽殺人事件だった。深夜、帰宅途中の学生やOLを襲い、人気のないところで強姦し殺害に及び、ジャックナイフやノコギリと言った鋭利な刃物を使用し、死体を切断したあと、その一部を自宅に持ち帰っていた。そして泥亜墓呂という名で新聞社に犯行声明と小さなガラス瓶に入れた肉片を送り付けている。四件目の被害者女性和田数子は、真一に襲われそうになった時大声を出し、偶然近くを警らしていた男性警察官に救出された。その際、数子は真一によって腹を刺され負傷した。逮捕後、真一は取り調べの中で、被害者女性たちの子宮と膣を抉り取った理由を、
「精液から僕のDNAが検出されると困るので、持って帰ることにした」
と語っている。
張り込み開始から五時間が経過した。
可南子たちが監視しているネットカフェの正面の自動ドアが開き、黒字に二本の金のラインが入ったプーマのジャージ姿の若い男性が出てきた。
「比嘉警部補っ!?」
と、所轄署員が、可南子の肩を叩いた。
「はぁっ!? マル被か!?」
「はい、南野真一です……」
ネットカフェから出た真一は、可南子たちに気づくことなく、そのまま駐輪場まで歩いて行く。右ポケットに右手を突っ込み、キーを取り出しながら、一台の原付バイクに近寄る。その後ろ姿を、可南子は目で追った。
真一は、一昨年夏、運転免許を取得した。
シートを開け、中のヘルメットを取り出し、鍵穴にキーを入れ、エンジンを掛ける。シートに跨ると、ヘッドライトを点灯させ、走り出した。
恐らくこの後、台町二丁目○○―○の自宅へ帰るのだろう。小道から、国道十六号線通称東京環状に入る時、真一は一時停止を怠った。
「警部補っ、あの野郎っ一旦停止していませんよ。道交法違反の別件で引っ張りますか?」
所轄署員が興奮気味に訊ねる。
「必要ない。奴はシロね。これ以上の尾行は無駄……だけど取り敢えず行確しなくっちゃ。車、出して、南野を追うから」
日付が変わった。三十一日、木曜日。午前零時二十分。
台町二丁目○○の自宅へ戻ったあと、真一はまったく動いていない。仮眠を取る所轄署員の横で、可南子は三階三〇二号室を監視していた。
部屋の照明が消えた。
「午前零時二十三分、消灯。お休みなさい……」
ダッシュボードのデジタル時計で時刻を確認しつつ呟く。
暫く、車内から三〇二号室を観察していると、背後から近づく気配を感じ、ドアミラー越しに確認する。
「藪さんと所轄の若造か……」
森がコートの襟を立て、少し背中を丸めながら助手席側に近寄ってきた。
「いやぁ。十月も終わりになると流石に冷える。年寄りには敵わんよ」
「エンジン掛ける訳にはいかないし、お気の毒」
可南子は意味あり気な笑みで返した。
「交代よ、起きて」
と告げ、運転席で鼾を掻く所轄署員を起こすと、可南子は静かにドアを開け、車外へ出た。
「車、一〇〇メートル先の空き地に停めてある」
と言いつつ、森はキーを可南子に手渡した。
「マル被に動きなし……」
欠伸を口の中で噛み殺しながら伝えると、可南子は所轄署員とともに空き地へ向かって歩き出した。
少し肌寒い気がする。確かに森が言う通り冷え込んできた。吐く息も白い。
十五年前、神奈川県横浜市旭区で数カ月に亘り複数の女性が殺傷された事件の犯人だ。犯行当時、中学二年生十四歳の少年Aこと真一は、泥亜墓呂という名で大手新聞社に犯行声明を送りつけ、世紀末の日本を震撼させた。
事件を捜査していた神奈川県警は、真一が日頃からネコやウサギなどの小動物の虐待を度々行っていたと言う情報を得て、『旭区連続女性殺傷事件』の被疑者の一人として任意同行を求めた。捜査本部が設置された旭中央署での取り調べの結果、少年は三件の殺人と一件の傷害を認めた。
横浜家庭裁判所は、真一を医療少年院送致が相当と判断し、一九九×年八月二十九日、身柄を関東医療少年院に収容した。
二〇〇六年三月十日、成人した真一は少年院を仮退院し、翌二〇〇×年一月一日付けで本退院した。
保護観察期間終了後、真一は東京都八王子市台町二丁目○○―○のアパートで独り暮らしを始め、同市子安町二丁目のスーパーマーケット□□八王子店で働いている。
三十日、水曜日。午後九時三十分。
可南子は、所轄の渋谷中央署刑事課強行犯係員が運転する覆面パトカーの助手席で仮眠を取っていた。尾行対象者であるマル被南野真一は、三時間ほど前勤務先のスーパーを退勤したあと、八王子市内のネットカフェ○○京○片倉駅前店でオンラインゲームに嵌まっている。真一が容疑者として捜査線上に浮上してからのここ数日間、行動確認を取って得た印象はシロだ。
真一が十四歳の時起こした事件は何れも、今回可南子たちが追っている事件と酷似した猟奇的な快楽殺人事件だった。深夜、帰宅途中の学生やOLを襲い、人気のないところで強姦し殺害に及び、ジャックナイフやノコギリと言った鋭利な刃物を使用し、死体を切断したあと、その一部を自宅に持ち帰っていた。そして泥亜墓呂という名で新聞社に犯行声明と小さなガラス瓶に入れた肉片を送り付けている。四件目の被害者女性和田数子は、真一に襲われそうになった時大声を出し、偶然近くを警らしていた男性警察官に救出された。その際、数子は真一によって腹を刺され負傷した。逮捕後、真一は取り調べの中で、被害者女性たちの子宮と膣を抉り取った理由を、
「精液から僕のDNAが検出されると困るので、持って帰ることにした」
と語っている。
張り込み開始から五時間が経過した。
可南子たちが監視しているネットカフェの正面の自動ドアが開き、黒字に二本の金のラインが入ったプーマのジャージ姿の若い男性が出てきた。
「比嘉警部補っ!?」
と、所轄署員が、可南子の肩を叩いた。
「はぁっ!? マル被か!?」
「はい、南野真一です……」
ネットカフェから出た真一は、可南子たちに気づくことなく、そのまま駐輪場まで歩いて行く。右ポケットに右手を突っ込み、キーを取り出しながら、一台の原付バイクに近寄る。その後ろ姿を、可南子は目で追った。
真一は、一昨年夏、運転免許を取得した。
シートを開け、中のヘルメットを取り出し、鍵穴にキーを入れ、エンジンを掛ける。シートに跨ると、ヘッドライトを点灯させ、走り出した。
恐らくこの後、台町二丁目○○―○の自宅へ帰るのだろう。小道から、国道十六号線通称東京環状に入る時、真一は一時停止を怠った。
「警部補っ、あの野郎っ一旦停止していませんよ。道交法違反の別件で引っ張りますか?」
所轄署員が興奮気味に訊ねる。
「必要ない。奴はシロね。これ以上の尾行は無駄……だけど取り敢えず行確しなくっちゃ。車、出して、南野を追うから」
日付が変わった。三十一日、木曜日。午前零時二十分。
台町二丁目○○の自宅へ戻ったあと、真一はまったく動いていない。仮眠を取る所轄署員の横で、可南子は三階三〇二号室を監視していた。
部屋の照明が消えた。
「午前零時二十三分、消灯。お休みなさい……」
ダッシュボードのデジタル時計で時刻を確認しつつ呟く。
暫く、車内から三〇二号室を観察していると、背後から近づく気配を感じ、ドアミラー越しに確認する。
「藪さんと所轄の若造か……」
森がコートの襟を立て、少し背中を丸めながら助手席側に近寄ってきた。
「いやぁ。十月も終わりになると流石に冷える。年寄りには敵わんよ」
「エンジン掛ける訳にはいかないし、お気の毒」
可南子は意味あり気な笑みで返した。
「交代よ、起きて」
と告げ、運転席で鼾を掻く所轄署員を起こすと、可南子は静かにドアを開け、車外へ出た。
「車、一〇〇メートル先の空き地に停めてある」
と言いつつ、森はキーを可南子に手渡した。
「マル被に動きなし……」
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