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CHAPTER5
6
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古澤の葬儀に参列する制服姿の可南子の姿があった。
遺体が納められた柩に向かって数百名の制服警察官が敬礼する。
殉職した古澤は、規定に従い巡査部長から二階級特進し、警部となり、皆に送り出された。
晩秋の空に、霊柩車のフォンが木霊した。
「古澤君、あなたを撃った犯人、必ず捕まえるから」
葬儀場を発つ霊柩車を敬礼したまま見送る可南子は、殉職した部下に誓った。
葬儀のあと、一旦私服に着替えるため、警視庁に戻った。
生前、古澤が、
「主任、そのストライプ柄のパンツスーツ、似合ってますよ」
と言っていたお気に入りのレディーススーツをロッカーから取り出す。
代わりに、制服をハンガーに掛け、ロッカーにしまう。
私服に着替えた可南子は、警視庁地下駐車場に待たせてある黒色のセダンの後部座席に乗り込んだ。助手座席には東海林が乗り込んだ。
「出して」
とハンドルを握る所轄の若い刑事に愛想なく告げる。
運転席にはあの田村が座っていた。
「はい。わかりました」
所轄の刑事はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
後部座席で可南子は、ヴィトンのバッグからスマホを取り出すと、発信履歴の中から森の携帯の電話番号を検索した。
《はい、森です》
数回のコールで出た。
「今、どこ?」
《自宅を出たところです》
「じゃあまだ、荒川の向こう側か?」
《ええ、まだ埼玉です》
森は現在、埼玉県川口市元郷一丁目で、五十過ぎの妻と二人暮らしだった。二人いる子供は既に独立している。上の娘は、群馬県内の高校の数学教師。下の息子は、昨年の春大学を卒業と同時に、外資系企業に就職しアメリカで独り暮らしだ。
「森さん、直接、現場に向かって。私たちも向かっている最中だから」
《はいよ、お嬢》
森の返事を聞く前に、可南子はスマホを切った。
ちょうど今から一時間前、古澤の葬儀の最中に、千葉県警浦安中央署管内のTDL沖の東京湾で、男性の水死体が発見された。
所轄と鑑識の初動捜査によって、男性は溺死ではなく、銃器によって殺害されたと断定され、浦安中央署に捜査本部が設置された訳だ。射殺された男性の人相が、失踪中の渡辺雄二に酷似しており、可南子たちは渡辺本人かどうか確かめるため、安浦中央署へ向かうこととなった。
「人間て何か呆気ないっすね。今頃、古澤の奴、焼かれて灰になってんのか……」
東海林がどこか悲しげに言う。
「もう、思い出しちゃうからそう言うこと、言わないの」
可南子は国道三五七号線、通称湾岸道路を走る車中から流れる景色を見て、切なげに零した。一筋の涙と一緒に。
数十分後、遺体が安置された安浦中央署に到着すると、可南子たちは車から降り、白い庁舎へ向かって歩き出した。駐車場には、何台か警視庁の覆面パトカーが停まっていた。マスコミ関係の車もある。取材陣が、カメラとマイクをこっちに向けるが、可南子はそれを無視するかのように横目で見て、足早に正面玄関に向かった。その後を二人の男性刑事が追う。
玄関先で警備に当たる制服警官に、警察手帳を提示し、
「警視庁の比嘉です。後ろの二人は、わたしの部下です」
と告げ、建物内へ入った。
ひと足早くここに到着していた四係第一班長岸谷が、可南子に気づき、
「お嬢、おい、こっちだ」
と声を掛けた。
「どう?」
「マスコミの連中、ハイエナみたいに嗅ぎつけやがって……。ついさっき仏さんの顔拝んできた。辺やんに間違いない」
岸谷は、顎で地下の霊安室を示した。
「そう」
「俺、ちょっと煙草吸ってくるわ」
岸谷は軽く手を振り、可南子の前から消えた。
「ご苦労さまです」
可南子の背中越しに、岸谷に挨拶する東海林の声が聞こえる。
「そこの若造二人、吐くなよ」
岸谷がダミ声で東海林を揶揄う。
「……遺体、そんなに酷いのか……?」
可南子は独り言を口にし、怪訝気味に顔を歪めると、階段の方へ向かった。
霊安室の前で一旦立ち止まり、ドアをノックする。
「どうぞ」
中から聞き慣れた声がした。可南子の上司柊の声だ。
「早かったですね、係長……」
ドアを開けつつ、可南子が訊ねる。
「直接きた。服は車内で着替えた。お嬢、キミは?」
「一旦、本庁に戻りました。私は、これでも一応年頃の女性ですし、こう見えても婚約者がおります。そんなはしたない真似はできません。後ろの二人は、係長と同じように、車内で着替えたようですけど」
可南子はさり気なく嫌味を言う。
「そうか、そりゃ済まなかった……」
柊は苦笑する。
「仏さんの顔、拝ませて頂きます」
「ああ……」
柊の確認を取ると、可南子は振り向き、真後ろに立つ東海林に目で合図を送った。
ゆっくりと遺体に近寄り、シートを捲る。
「うっ」
思わず、ハンカチで口許を押さえた。
顔は倍近く脹れ上がり、魚など突っ突かれたため、皮膚の一部が捲れていた。おまけに左の眼球も飛び出していた。額の辺りに銃で撃たれた傷跡がある。唐獅子牡丹が彫られた左胸にも一発痕がある。
「二発だ。プロの犯行だ……」
と柊が言った直後、ついに堪え切れず、東海林と田村の二人が胃の中の物を吐きそうになった。
「廊下の奥にトイレがある。そこで吐け」
東海林の顔も見ず、にべもなく柊が告げる。
東海林たち二人は、返事する間もなく、霊安室を出て行った。
「やはり凶器は、古澤君を殺ったのと同じ中国製トカレフのコピーですか……?」
「明日、こちらのT大医学部法医学教室で司法解剖がある。体内に弾が残っていればの話だがな……」
東海林たちに入れ替わるようにして、岸谷と連れだって森が霊安室に入ってきた。
「どうだ?」
「多分、渡辺雄二だと……」
「森さん、顔は腫れ上がっちまってるが、唐獅子牡丹の刺青は、見覚えがある。辺やんに間違いない」
柊が遺体を指差した。
森は可南子の傍に近寄り、覗き込むように遺体の身元を確認した。
「ああ、違いないや、辺やんだ……」
森は、自分に言い聞かせるように何度も頷く。
「で、お嬢、東海林たちの姿が見えねえが?」
「トイレ」
と言って、可南子は嘔吐する真似をして見せた。
「お嬢、お前さんは平気なのか?」
森と岸谷が、ほぼ二人同時に揶揄するように訊ねた。
「鍛えられた……」
と可南子は、無愛想に答えた。
「ちぇっ、まったく可愛げのない女だよっ」
岸谷が毒を吐いた。
「それって、褒め言葉として受け取っていいんですか、岸谷警部補?」
「ああ、好きにしな」
「じゃあ、そう言うことで」
可南子は愛想よく口許を緩め、笑って見せた。
「済まんが岸さん、お前さんは外で待機している二岡のボンボンと一緒に、明日の解剖立ち合ってくれ」
柊が、岸谷を拝むようにして頼んだ。
「わかりました係長っ」
岸谷は人を喰ったようにおどけて見せた。
「それじゃ、そろそろ我々は退散するか……」
柊の鶴の一声で、可南子たちは霊安室を後にした。
遺体が納められた柩に向かって数百名の制服警察官が敬礼する。
殉職した古澤は、規定に従い巡査部長から二階級特進し、警部となり、皆に送り出された。
晩秋の空に、霊柩車のフォンが木霊した。
「古澤君、あなたを撃った犯人、必ず捕まえるから」
葬儀場を発つ霊柩車を敬礼したまま見送る可南子は、殉職した部下に誓った。
葬儀のあと、一旦私服に着替えるため、警視庁に戻った。
生前、古澤が、
「主任、そのストライプ柄のパンツスーツ、似合ってますよ」
と言っていたお気に入りのレディーススーツをロッカーから取り出す。
代わりに、制服をハンガーに掛け、ロッカーにしまう。
私服に着替えた可南子は、警視庁地下駐車場に待たせてある黒色のセダンの後部座席に乗り込んだ。助手座席には東海林が乗り込んだ。
「出して」
とハンドルを握る所轄の若い刑事に愛想なく告げる。
運転席にはあの田村が座っていた。
「はい。わかりました」
所轄の刑事はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
後部座席で可南子は、ヴィトンのバッグからスマホを取り出すと、発信履歴の中から森の携帯の電話番号を検索した。
《はい、森です》
数回のコールで出た。
「今、どこ?」
《自宅を出たところです》
「じゃあまだ、荒川の向こう側か?」
《ええ、まだ埼玉です》
森は現在、埼玉県川口市元郷一丁目で、五十過ぎの妻と二人暮らしだった。二人いる子供は既に独立している。上の娘は、群馬県内の高校の数学教師。下の息子は、昨年の春大学を卒業と同時に、外資系企業に就職しアメリカで独り暮らしだ。
「森さん、直接、現場に向かって。私たちも向かっている最中だから」
《はいよ、お嬢》
森の返事を聞く前に、可南子はスマホを切った。
ちょうど今から一時間前、古澤の葬儀の最中に、千葉県警浦安中央署管内のTDL沖の東京湾で、男性の水死体が発見された。
所轄と鑑識の初動捜査によって、男性は溺死ではなく、銃器によって殺害されたと断定され、浦安中央署に捜査本部が設置された訳だ。射殺された男性の人相が、失踪中の渡辺雄二に酷似しており、可南子たちは渡辺本人かどうか確かめるため、安浦中央署へ向かうこととなった。
「人間て何か呆気ないっすね。今頃、古澤の奴、焼かれて灰になってんのか……」
東海林がどこか悲しげに言う。
「もう、思い出しちゃうからそう言うこと、言わないの」
可南子は国道三五七号線、通称湾岸道路を走る車中から流れる景色を見て、切なげに零した。一筋の涙と一緒に。
数十分後、遺体が安置された安浦中央署に到着すると、可南子たちは車から降り、白い庁舎へ向かって歩き出した。駐車場には、何台か警視庁の覆面パトカーが停まっていた。マスコミ関係の車もある。取材陣が、カメラとマイクをこっちに向けるが、可南子はそれを無視するかのように横目で見て、足早に正面玄関に向かった。その後を二人の男性刑事が追う。
玄関先で警備に当たる制服警官に、警察手帳を提示し、
「警視庁の比嘉です。後ろの二人は、わたしの部下です」
と告げ、建物内へ入った。
ひと足早くここに到着していた四係第一班長岸谷が、可南子に気づき、
「お嬢、おい、こっちだ」
と声を掛けた。
「どう?」
「マスコミの連中、ハイエナみたいに嗅ぎつけやがって……。ついさっき仏さんの顔拝んできた。辺やんに間違いない」
岸谷は、顎で地下の霊安室を示した。
「そう」
「俺、ちょっと煙草吸ってくるわ」
岸谷は軽く手を振り、可南子の前から消えた。
「ご苦労さまです」
可南子の背中越しに、岸谷に挨拶する東海林の声が聞こえる。
「そこの若造二人、吐くなよ」
岸谷がダミ声で東海林を揶揄う。
「……遺体、そんなに酷いのか……?」
可南子は独り言を口にし、怪訝気味に顔を歪めると、階段の方へ向かった。
霊安室の前で一旦立ち止まり、ドアをノックする。
「どうぞ」
中から聞き慣れた声がした。可南子の上司柊の声だ。
「早かったですね、係長……」
ドアを開けつつ、可南子が訊ねる。
「直接きた。服は車内で着替えた。お嬢、キミは?」
「一旦、本庁に戻りました。私は、これでも一応年頃の女性ですし、こう見えても婚約者がおります。そんなはしたない真似はできません。後ろの二人は、係長と同じように、車内で着替えたようですけど」
可南子はさり気なく嫌味を言う。
「そうか、そりゃ済まなかった……」
柊は苦笑する。
「仏さんの顔、拝ませて頂きます」
「ああ……」
柊の確認を取ると、可南子は振り向き、真後ろに立つ東海林に目で合図を送った。
ゆっくりと遺体に近寄り、シートを捲る。
「うっ」
思わず、ハンカチで口許を押さえた。
顔は倍近く脹れ上がり、魚など突っ突かれたため、皮膚の一部が捲れていた。おまけに左の眼球も飛び出していた。額の辺りに銃で撃たれた傷跡がある。唐獅子牡丹が彫られた左胸にも一発痕がある。
「二発だ。プロの犯行だ……」
と柊が言った直後、ついに堪え切れず、東海林と田村の二人が胃の中の物を吐きそうになった。
「廊下の奥にトイレがある。そこで吐け」
東海林の顔も見ず、にべもなく柊が告げる。
東海林たち二人は、返事する間もなく、霊安室を出て行った。
「やはり凶器は、古澤君を殺ったのと同じ中国製トカレフのコピーですか……?」
「明日、こちらのT大医学部法医学教室で司法解剖がある。体内に弾が残っていればの話だがな……」
東海林たちに入れ替わるようにして、岸谷と連れだって森が霊安室に入ってきた。
「どうだ?」
「多分、渡辺雄二だと……」
「森さん、顔は腫れ上がっちまってるが、唐獅子牡丹の刺青は、見覚えがある。辺やんに間違いない」
柊が遺体を指差した。
森は可南子の傍に近寄り、覗き込むように遺体の身元を確認した。
「ああ、違いないや、辺やんだ……」
森は、自分に言い聞かせるように何度も頷く。
「で、お嬢、東海林たちの姿が見えねえが?」
「トイレ」
と言って、可南子は嘔吐する真似をして見せた。
「お嬢、お前さんは平気なのか?」
森と岸谷が、ほぼ二人同時に揶揄するように訊ねた。
「鍛えられた……」
と可南子は、無愛想に答えた。
「ちぇっ、まったく可愛げのない女だよっ」
岸谷が毒を吐いた。
「それって、褒め言葉として受け取っていいんですか、岸谷警部補?」
「ああ、好きにしな」
「じゃあ、そう言うことで」
可南子は愛想よく口許を緩め、笑って見せた。
「済まんが岸さん、お前さんは外で待機している二岡のボンボンと一緒に、明日の解剖立ち合ってくれ」
柊が、岸谷を拝むようにして頼んだ。
「わかりました係長っ」
岸谷は人を喰ったようにおどけて見せた。
「それじゃ、そろそろ我々は退散するか……」
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