殺人遊戯 マーダーゲーム 殺人犯捜査第四係比嘉可南子

繁村錦

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CHAPTER1

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 二十五日、木曜日。
 午前八時三十分。
 渋谷中央署庁舎講堂。
 入り口には『渋谷区松濤二丁目資産家一家四人殺人事件特別捜査本部』と墨で大きく書かれた紙が張り出されていた。所謂、警察隠語でいうところの戒名だ。
 ストライプ柄のイタリア製高級ブランドスーツを粋に着こなす四十過ぎの警察官僚が、数名の部下を伴い講堂に入って来た。
 帳場を仕切る第四強行犯捜査担当管理官松原康史警視のご登場だ。松原の後ろには、第一強行犯捜査担当管理官(庶務担当)、強行犯捜査第二係長(捜査本部運営担当)、科学捜査第一係長、殺人犯捜査第四係長、第五係長たちお歴々が腰巾着のように従う。少し遅れて、所轄の署長、副署長、次長が現れた。
 幹部全員が席に着いたのを見計らい、司会進行役の第二係長桜庭俊彦警部が、徐にマイクを手に取った。

「これより、渋谷区松濤二丁目資産家一家四人殺人事件の第一回合同捜査会議を開始する」

「起立っ」

「敬礼っ」

 警視庁三十名と所轄署八十三名、合計百十三名の捜査員が一斉に立ち上がり敬礼した。

「着席っ」

 捜査員全員が着席したのを見届け、桜庭が確認のため松原に目で合図を送くると、再びマイクを手に取った。

「ます最初に、他殺体発見に至る経緯に付いて本庁四係から説明があります」

 四係長の沖警部が立ち上がり、マイクを手に取った。
 沖は一礼すると、システム手帳を広げ、視線を落とした。

「110番通報が入ったのは、昨日の午後十時三十七分。通報者は、第一発見者の矢野幸彦、四十九歳。現住所、渋谷区松濤二丁目○○‐○、被害者犀川宅の三軒東隣。職業は、テレビ番組制作会社『東亜映像』のプロデューサー。本人の証言によると、昨夜、六本木の料理店で、番組関係者と打ち合わせを兼ねた食事会のあと、午後十時半過ぎにタクシーで帰宅し、死体を発見したとのこと。他殺体発見に至る経緯だが、犀川宅で飼われているペットの犬、犬種はトイプードルとミニチュアダックスフンドで、普段は全く吠えないこの二匹が、昨夜に限り豪く吠え捲るのが気になり、通りから玄関先を覗き込んで見たところ、敷石の上に点々と血痕が落ちているのを発見。不審に思い、持っていたスマートフォンで110番通報したとのこと。なお、所轄捜査員到着時、セキュリティーシステムは作動していた。この状況から考えると、マル害自身の手でシステムが解除され、殺害後、犯人の手によって再びセットされたということになり、顔見知りによる犯行の線が濃厚だ。家宅侵入時間帯午後八時から十五分間の防犯カメラの映像は、犯人の手によって消去されており、午後十時十分頃に、犯人らしき人物四名が現場を立ち去る後ろ姿のみが残さていた。私の方からは以上だ」

 沖は、目礼して席に着いた。

「次、死亡推定時刻及び、殺害方法に付いて」

 桜庭が先を促す。
 窓際、鑑識課員が陣取る列の中ほどに座る女性が立ち上がった。検視二係長の前田沙織だ。

「死斑、死後硬直、直腸温度から判断して、マル害の死亡推定時刻は、昨夜二十時から二十二時に掛けて。死因は、頸部切創によって引き起こされた大量出血による失血死。つまり失血性ショック死ですね。なお、他に致命傷に相当するような目立った外傷はなく、マル害はマル被の手によって生きたまま頸部を切断され可能性が高いと思われます。明日午後一時より、私の母校T女子医大法医学教室で、私の恩師大谷教授の執刀により司法解剖が執り行われる予定となっております」

 検視官という職務を全うするかの如く、沙織は残忍な殺人鬼の犠牲となった被害者一家四人が殺害された時の状況を、淀みなく淡々と語った。
 沙織の報告を受け、所轄の捜査員が陣取る後列でざわめきが起こった。

「ゴホンッ」

 一度咳払いをしたあと、桜庭がマイクを手にし、

「被害者の身元に付いて報告しろ」

 と告げた。
 可南子は、四係員が居並ぶ列に目を遣った。視線が合った部下の一人大倉獅音巡査に、
「お前が報告しろ」

 といわんばかりに、顎をしゃくり目で合図を送った。
 四係最年少二十五歳の大倉は、

「僕が、ですか」

 と訊ねるような素振りで親指を立て自分の顔を指す。可南子は無言のまま頷く。
 茶髪頭、今時のチャラ男、しかも彼氏と同じ二十歳の大倉がよりによって自分の下に配属された時、可南子は、

「あーあぁっ、何で私が獅音なんてキラキラネームの若造の面倒なんか見なくっちゃならないの」

 などと毒吐いたことがあった。
 大倉は、如何にも面倒臭そうに立ち上がると溜め息を吐き語り出した。

「マル害の氏名は犀川昌史。年齢三十三歳。本籍は、神奈川県鎌倉市笹目町○○‐○。先ほど、渋谷中央署(ここ)の死体安置室で、鎌倉から上京した両親に犀川昌史本人であると確認を取りました。残りの三体も、昌史の妻遥、長男流星、長女理乃に間違いないとのことです」

「そうか……、お気の毒だな……。息子夫婦のみならず、まだ年端もいかぬ二人の幼い孫までも喪うとは、ご両親もさぞかしお辛いだろう……」

 大倉の報告の途中で、帳場を仕切る管理官松原警視が心情を語った。

「おいっ、ぼうっとしていないで、報告を続けろ」

 と桜庭が声を荒げ、大倉に促した。

「はぁっ!?」

 大倉は一瞬、顔色を変えた。眉間に皺を寄せ、反抗的な態度で桜庭を睨み付ける。
 可南子は、血気盛んな年頃の部下を宥めるように、右目を瞑り合図を出した。上司に諭され、大倉は再び報告を始めた。

「殺害された犀川は、都内新宿区新宿二丁目の雑居ビルに入居するソフトウェア開発会社『@オンライン』の経営者です。会社の資産総額は、持ち株などを合わせ、凡そ二十三億円で、犀川自身も幾つかの銀行に個人名義の口座がある資産家です。数年前まで六本木ヒルズの高層階に住んでいた所謂ネオヒルズ族ですね。地元鎌倉市の高校を卒業後、K大理工学部に入学、在学中に友人と現在の会社を起業。最近ではその友人と会社の経営方針を巡り対立していたようですね……」

 大倉がここまで語ると、松原が再び割って入った。

「先ほど、沖四係長の報告にもあった通り、顔見知りの犯行という線も高い。その友人とやらの、昨夜のアリバイは」

 松原は沖の顔を見る。

「四係長」

 と桜庭が促すように訊ねる。

「友人の名は、松尾忠志、三十三歳。現住所は中央区月島四丁目のタワーマンション月島○○の三九〇五号室。現在、アメリカロサンゼルスに十日間の予定で出張中です」

 沖は手元のメモを読み上げた。

「つまり、完璧なアリバイが存在し、犯行は不可能ということか……」

 松原は自分の推測が外れ、憮然とした表情でマイクを置いた。

「報告を続けろ」

 桜庭が促す。

 大倉は再び語り始めた。

「妻遥、二十九歳。十年ほど前、T女子大時代にバイト先の赤坂の居酒屋で、夫昌史と知り合い交際を開始。大学卒業と同時に結婚。その翌年には長男流星を出産。更にその二年後、長女の理乃を出産しています。近所付き合いも良好で、他人から恨みを買うこともなく、特にこれといってトラブルを抱えていることもありません。以上です」

 やや早口で淡々と語ったあと、大倉は不機嫌気味にパイプ椅子を引き着席した。

「次、所轄。事件発生直後における初動捜査に付いて報告しろ」

 指示を受け、渋谷中央署の刑事課捜査員が立ち上がった。高山警部補だ。細川に肘を突かれ仕方なく立ち上がったのだ。

「あ、あのー。そ、そのー」

「何だ。はっきり言いたまえ……?」

 桜庭は、指先で老眼鏡を下げると、目を凝らして高山を見た。次第に顔色が変わって行く、と同時にバツ悪そうに白髪頭を掻く。

「うん、確かキミは、元法務大臣で現自○党幹事長高山寅之助先生の息子さんか……?」

 桜庭は急に何かを思い出したかのような口調でいった。

「は、はい。報告を続けます。ご近所の話では、犯行時刻前後に不審な人物を目撃したとの証言もなく、また叫び声や争う物音もしなかったとのことです。更に……」

 高山は手元のメモをたどたどしく読み上げて行った。
 一通り必要な報告を受けたあと、今後の捜査方針の指示を仰ぐべく桜庭が松原の顔を見た。

「先ほどの報告通り、室内はかなり荒らされており、現金、貴金属、クレジットカード、預金通帳、印鑑などがなくなっている。異常者による物取りの線と考えていいだろう。被害者の無念を思えば、このまま犯人を取り逃がすようなことがあっては絶対にならない。特に、幼い子供を先に両親の目の前で殺害するという残忍性は決して許せるものではない。捜査員は皆、そのことを胸に刻み、警察の威信に賭けて、一刻も早い犯人検挙、事件解決のため、全力を注いで捜査の任に当たって欲しい。私からは以上だ」

 殺害実行犯の異常な残忍性に触れ、捜査員に檄を飛ばす松原の目頭がいつになく熱くあっていた。
 軽く咳払いしたあと、桜庭がマイクを手に取った。

「それでは今から班分けを発表する。敷鑑班。本庁比嘉、所轄高山。本庁東海林……」

 桜庭は、捜査一課員と所轄捜査員が二人一組になるように、次々と名前を読み上げて行った。
 因みに敷鑑とは、被害者の人間関係を洗い出し、被害者を殺害する動機を持つ関係者を探し出す作業のことだ。

「……次、地取り班。本庁緒川、所轄今泉。本庁大倉、所轄杉下。本庁徳丸、所轄大下。本庁有村、所轄細川……」

 地取りとは、地図上に境界線を引き、その範囲内の全ての建物を訪れ、不審者の目撃情報を集める作業のことだ。今回は、強盗殺人事件と断定されたため、この地取りにより多くの人員が割り当てられた。

「ナシ割り班。本庁柘植、所轄太田……、以上だ。解散」

 ナシ割りとは、現場に残っていた遺留品や凶器などの出所、購入者を洗い出す作業のことだ。
 通常、真犯人に辿り着く可能性が高いのは、敷鑑、地取り、ナシ割りの順だった。

 ――私は、現場でゲロを吐いたあの坊やと敷鑑か……。

 憮然と溜め息を吐いたあと、可南子は両腕を上げ背中を逸らすように大きく伸びをして、首の関節をボキボキと鳴らした。そして席を立って直ぐ、いつものように部下である二人の主任の許へ歩み寄ると、声を掛けた。

「各班は必ず捜査情報を共有すること。抜け駆けは絶対に駄目。それと、柘植班の連中に先越されることがないように、いい、犯人ホンボシは絶対に比嘉班うちで挙げるからね」

「了解」

「わかりました」

 伊東と緒川、この二名の捜査員は、可南子に一礼すると、たった今班分けされたそれぞれの相棒バディの許へ散って行った。

「それじゃ、私も行くとするか」

 独り言を溢したあと可南子は、講堂の後方、所轄の刑事たちが座っていた箇所で、独り待っているキャリア警察官の許へ向かった。

「出掛けるわよ」

 可南子の切れ長の目が、高山を見据えた。

「出掛けるって、どこへ、ですか?」

 不安気に小首を傾げる高山に、可南子は含み笑いを浮かべ、

「殺害された犀川昌史の親族のところ」

 と素っ気なく告げる。納得したように頷くキャリアを講堂に置き去りして、可南子はさっさと廊下へ出た。
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