殺人遊戯 マーダーゲーム 殺人犯捜査第四係比嘉可南子

繁村錦

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CHAPTER1

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 捜査会議が始まる前、可南子は鎌倉から上京してきた犀川の両親に一通りの事情聴取を済ませていた。特に変わった様子もなく、事件解決の手掛かりに繋がる有力な情報も得られなかった。
 一方妻の遥の実家は、千葉県勝浦市鵜原○○だ。現在五十九歳になる母親の緒方尚子が、夫に先立たれ独りで暮らしている。尚子には、殺害された遥の他に二人の子供がいた。関西の方へ嫁いだ長女の松浦和美と、遥の弟にあたる長男の緒方翔平だ。
 翔平はW大商学部卒業後、外資系の証券会社に就職し、現在はアメリカ東海岸バージニア州リッチモンドに滞在中だった。
 昨夜、娘夫婦殺害の一報を受けた尚子は、実家の千葉県木更津市祇園一丁目○○‐○で暮らす兄夫婦とともに、今朝八時過ぎに上京して来た。犀川昌史の両親同様、死体安置所で変わり果てた娘夫婦と対面した。
 兵庫県尼崎市へ嫁いだ姉の和美は、始発の新幹線で上京。弟の翔平は、チケットが取れ次第、急遽帰国する予定だ。
 高山とともに講堂を出た可南子は、渋谷中央署庁舎内に設けられた遺族の待合室へ直行した。突然の不幸に見舞われ狼狽え、或いは憔悴する遺族の前で、可南子はこれから事情聴取を行わなければならない。考えただけでも気が重い。憂鬱な溜め息を吐く。
 待合室となった小会議室の引戸を開け、室内へ入る。泣き腫れ赤く充血した目で、可南子と高山を凝視する遺族の視線が突き刺さり、心が痛い。

「け、刑事さん……、遥ちゃんたちを殺した犯人の目星は付いたのか?」

 唐突に年配の男性が質問して来た。
 遥の伯父に当たる田川佑次郎だ。白髪頭のこの老人は、まるで可南子が殺害実行犯そのものであるかのように睨み付けて来る。思わず視線を逸らした。

「いいえ、まだ……」

 面目なさ気にかぶりを振りつつ、可南子は遺族たちに対座する形で手前のパイプ椅子を引き、浅く腰掛けた。右隣に高山が座る。

「犀川昌史さんご一家四名を殺害した実行犯に付いてですが、我々警察の方では、現金、貴金属等がなくなっている点を考慮して、強盗による犯行と考えております」

「強盗……?」

 尚子は嗚咽を漏らした。
 すると兄は、娘一家を喪い悲しみに打ち拉がれる妹の背中を擦りながら、慰めの言葉を掛ける。
 犀川老夫妻は項垂れるだけだった。泣き疲れた様子が比嘉にも手に取るようにわかり、この信じ難い状況を受け入れるのが流石に難しく思えた。
 可南子は、一度深呼吸したあと、改めて遺族たちを観察するように見回した。
 向かって左側、尚子の隣に座る三十過ぎの女性と目が合った。遥の姉松浦和美だ。彼女の姿は、捜査会議が始まる前にはなかった。
 急いで上京して来たのだろう。化粧もしていない。白いブラウスに、黒いジャケットを羽織っただけのラフなスタイルだ。和美は慌てて視線を逸らし、隣に座る男性とヒソヒソと話し始めた。和美の夫である。関西に本社がある大手食品会社に勤務する営業マンだ。
 夫とヒソヒソ話を終えた和美が、再び正面を向いた。黒い瞳は、何か言いた気に可南子を見据えている。

「何か……?」

 妙な素振りが気になって可南子の方から訊ねてみると、和美は堰を切ったように口を開いた。

「……あの刑事さん?」

「何でしょうか? どんな些細なことでも結構です。気になったことがあれば何でも仰って下さい」

「あの、実はですね。その……、あの子、殺害される十日ほど前、近所の歯医者さんへ出かけた際に、ひき逃げ事故を目撃した、と電話で私に話していたことを思い出し……」

「ひき逃げ事故ですか……?」

 可南子は怪訝気味に問う。

「はい」

「詳しい状況など、妹さんから伺っておられませんか?」

「いいえ。ただ……」

 和美はとても悲し気な表情で息を吸い込み、瞼を閉じた。

「どうしたのですか?」

 話の続きを聞きたそうな素振りで、可南子は小首を傾げる。

「事故を目撃した直後から、家の周りを見知らぬ人がうろつき回っていて、何だか少し怖いといっていました」

「家の周りをうろつく不審人物ですか? それは男性ですか、それとも女性ですか?」

「さあ、わかりません」

 和美はかぶりを振った。

「そうですか。警察などに相談は?」

「それもわかりません」

 和美がかぶりを振りつつ答えるのを確認したあと、可南子は右隣の高山に、

「 渋谷中央署ここの地域課に問い合わせておいて、相談とかあったのかってね?」

 と伝えた。

「わかりました」

 それまで退屈そうにペンをクルクルと回し弄んでいた高山は、可南子の言葉に耳を傾けて小さく頷くと、手帳にペンを走らせた。
 可南子は姿勢を正すと、正面を向き直して、真顔で、

「先ほどの事故、十日前と仰いましたよね?」

 と訊ねた。

「はい」

 和美が頷いたのを確認すると、可南子は少し間を置き、高山に告げた。

「念のため調べて、そのひき逃げ事故のこと。所轄はどこか、現場はどこか、他に目撃情報はないか」

「わかりました、比嘉さん」

 高山は鮸なく答えた。
 そのあと一時間ほど、遺族たちからの事情聴取を行ったが、結局特にこれといった情報は得られなかった。仕方なく可南子はキャリアの高山を連れ、殺害された犀川の仕事関係者から話を聴くため、渋谷中央署を離れた。しかし、この日は日曜日ということもあり、仕事関係者は殆ど皆、家族サービスの名目で行楽地に出掛けていた。結局、明日出直すことになった。
 翌二十六日、月曜日。
 この日の捜査会議は、各班の進捗状況を確認するだけで、特にこれといった新たな情報は上がらなかった。一時間ほどで終了した。
 午前十時過ぎから、足が棒になるまで二十三区を中心に都内を歩き回って交友関係を洗ってみたが、犯人逮捕に繫がる有力な情報は得られなかった。

「やっぱり、奥さんが目撃したというひき逃げ事件が、一番怪しいな」

 独り言を口にしたあと、可南子は、

「明日の会議で管理官に報告してみるか」

 と自分に言い聞かせるようにいった。

「ひき逃げですか……」

 高山が穿った目で可南子を見詰め、低い声でいった。

「うん」

 と頷くと、可南子は覆面パトカーの助手席側のドアを開け、

「十分ほどで戻るから」

 と高山に伝え、車から降りた。

 これから可南子の向かう先は、警視庁職員の女子待機寮だった。
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