殺人遊戯 マーダーゲーム 殺人犯捜査第四係比嘉可南子

繁村錦

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CHAPTER2

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 地下駐車場へ降りる。高山が待つ、覆面パトカー黒のクラウンに向かう。助手席のウインドウをノックする。

「お待たせ」

 可南子がニコリと笑うと、高山が愛想なく頭を下げた。
 ドアを開け、車に乗り込み、シートベルトを装着する。

「出して」

 可南子は正面を向いたまま高山の顔も見ずにいった。

「どこへ、ですか?」

 高山が真顔で訊ねて来た。

「一昨日いったでしょ。ひき逃げ事故を担当した所轄、調べておけってっ」

 突き刺さるような鋭い眼差しを、頼りないキャリア刑事に注ぐ。

「……代々木中央署です」

「何だ、ちゃんと調べていたのか。新人君、キミもヤレば出来るじゃん、人並みに。その調子で頑張りなさい」

 高山はわかりましたといったように、ちょっとドSな女性警部補に素っ気なく頷くと、ギアをPからDに入れた。
 渋谷中央署を出た覆面パトカーは、井ノ頭通りを代々木方面に向かって走り出した。
 車中で可南子は、ヴィトンのバッグの中からお化粧道具を取出し、アイラインを丸くブラウンで整え、ピンクのチークを頬に塗り、チークと同系色のリップを唇に引いた。

「これでばっちりね。会議の時は全く調子でなかったけど、準備OKっ」

 手際よく化粧すると、今度はレディーススーツの内ポケットの中のスマホを取出して、年下の彼氏に電話を掛けた。

「あっごめん。寝てた? 起こしちゃったみたね?」

《何だよ可南子……、こんな朝っぱらから?》

「悪いけどさ、渋谷中央署の方に、私の着替え届けてくんない?」

《うん? 着替え……?》

「昨日、女子寮によって替えの下着2セット取って来たんだけどさ、どうもこの事件(ヤマ)長引きそうだから2セットじゃあ足りそうもないの」

《うん、わかった、届けるよ》

「出来れば2セットね。黒地にピンク花柄のブラとショーツ、もう一つは、この間買ったあの青いヤツ、ガーターも忘れずに」

《……うん、了解》

「じゃあ切るね。バイバイ」

 スマホ切った時、ちょうど代々木公園交番前交差点で信号に引っ掛かった。覆面パトカーは左折レーンに入り停車した。さり気なくハンドルを握る高山の顔をチラリと見る。

「あの比嘉さん?」

 高山は赤面していた。

「何っ?」

「彼氏さんですか、電話の相手」

 可南子は引き攣った作り笑いを浮かべつつ、小さく頷いた。
 信号が青に変わり、目の前の車がゆっくりと動き始め、その後ろに続き動き出す。
 突如、はっと何事かを気付いたように可南子は、口を開いた。

「ちょっと用事思い出した。そこのコンビニ寄ってくれない?」

 と目の前のコンビニを指差す。
 ファミマだ。
 高山は指示された通りウィンカーを出して左に車を寄せ、ハザードを点滅させると停車した。

「待っていて」

 と伝え、車から降りると、コンビニへ向かって猛ダッシュ。

「お待たせ。はい、おにぎりよ。あなた、朝ごはんまだだったでしょ」

 ツナマヨおにぎりと350mlサイズのお茶を高山に手渡した。本日の朝食昼食兼用にしてはややお粗末だ。
 都道四一三号線を道なりに進み、富ヶ谷交差点で右折した。都道三一七号線を北上する。国道二十号線に入り、やがて覆面パトカーは本町一丁目の代々木中央署に到着した。

「高山君、先に交通課へ行っていて、私トイレに寄って行くから」

 車を降りるなりさり気なくそう伝え、可南子は一階正面玄関脇の女子トイレに入った。
 用を足すと、高山のあとを追い、二階交通課交通捜査係へと急ぐ。階段を駆け上がり、通路に出る。時折、擦れ違う所轄署員に目礼しつつも、注意深くネームプレートを見る。

「ここだ」

 プレートで交通捜査係を確認すると、引き戸を開けた。
 室内は、組織犯罪対策課、生活安全課、交通課がワンフロアで繋がっていた。クーラーが効いていないのか、室内がやたら蒸し熱い。

 ――クールビズもいいが、せめてクーラーぐらい効かせろよって……。

 胸中で愚痴を零しつつ、キョロキョロと辺りを見回し、高山の顔を探す。

「あっ、いたいた」

 右側一番奥交通捜査係長の机の前に立ち、灰色のスーツ姿の男性と立ち話をしている高山を見付けた。彼も、可南子に気付いたようだ。

「こちらです」

 大げさに手を振る。
 その声に反応して、室内にいた凡そ二十人ほどの署員が、一斉に高山の方を見たあと、熱い視線を可南子に向けた。恥ずかしくて堪らない。思わず赤面した。形ばかりの目礼を返すと、可南子は奥にいる二人に近寄って行った。

「警視庁捜査一課殺人犯捜査四係の比嘉と申します」

「代々木中央署交通捜査係の佐々木です」

 と自己紹介した四十前のその男は、可南子に握手を求めるように右手を差し出した。一瞬、躊躇いを見せたが、可南子は交通捜査係長佐々木啓一警部補の手を握ることにした。
 正直いって気持ち悪い。思春期に出来たニキビの手入れ方法が間違っていたのか、顔面が月面のクレーターのようになっている。おまけに若ハゲだ。

 ――何なのこの顔は? 蝦蟇ガエルじゃあるまいし……。

 お世辞にもイケメンには程遠い、所謂世間でいうブサメンだった。

「おいキミ、栗林君を呼んで来てくれ」

 佐々木は部下の制服女性警官に告げた。

「弘治さんて、今どこにいるのぉ?」

 その女性警官は、上司である佐々木にタメ口で訊ねた。

 ――部下に舐められちゃ、このおっさんも終わりだわ……。

「最近の若い子には参りましたよ……」

 佐々木は額から出る汗をハンカチで拭きながら、苦笑した。

 ――ほーら、蝦蟇ガエルが油を出した……。省エネ節電はわかるけど、汗掻くくらいならさぁ、もっとクーラー効かせろよっていうんだ。

 可南子は胸中で冷笑した。

「取調室で、例の事故の被疑者の尋問中だ」

 佐々木は顎を隣接する取調室の方へ向けた。
 女性警官が、佐々木の視線の先を見る。可南子もそれに倣い見る。

「例の事故とは?」

 取調室を一瞥したあと、視線を戻すと、可南子は首を傾げた。

「一週間前の晩、目の前の国道二十号線で、車同士の接触事故がありまして、後ろからぶつけた奴が、まあ、つまりオカマを掘った男が逃げましてね。俗にいう当て逃げですよ」

 佐々木の説明を聞く限りでは、可南子が追っているひき逃げとは関係なさそうだ。
 数分後、先ほどの婦人警官とともに体育会系でなかなかガタイのいい、長身の男性が入って来た。上下プーマの黒のジャージを着た身長百九十センチ前後の男だ。可南子は男性を見上げながら訊ねた。

「あの……? あなたは?」

「代々木中央署交通捜査係主任の栗林弘治です」

 と名乗り、頭を下げた。
 所轄で主任というからには、階級は巡査部長だ。警部補の可南子よりも一階級下ということになる。

「こちら、警視庁捜一の比嘉さん……あのー嬢さん、階級と職位は?」

 佐々木が思い出したように訊ねる。
 どうやら高山の奴が、伝えていなかったらしい。

「ゴホン」

 軽く咳払いし、小声で、

「警部補です。四係捜査主任を拝命しております。そっちの若いのは、今年、渋谷中央署に配属されたキャリアの高山警部補です」

 と伝え、相手の反応を見る。
 すると思った通り、椅子に腰掛け踏ん反り返っていた佐々木が、慌てて立ち上がり、直立不動のまま額に右手を当て敬礼した。

「こちらのお若い方がキャリア様とも知らず、大変ご無礼致しました」

 佐々木は、こちらが気の毒に思えるほど酷く狼狽え、しどろもどろ状態だった。

「早速ですが、一昨昨日の深夜殺害された犀川遥さんが、生前に目撃されたというひき逃げ事件に付いてお訊かせ頂けませんか?」

「……あの犀川さんが殺されたなんて、未だに信じられません」

 栗林は、心持ち項垂れた様子で溜め息を吐く。と、どうぞあちらへ、というような素振り見せ、室内奥に設置してある来客用の応接セットを示した。そして一度自分の席に戻り、机の中からひき逃げ事故に関する資料の入ったファイルを取り出した。
 その間、可南子は栗林を待つことなく、促された通り応接セットへ向かった。
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