捜査一課 猟奇殺人犯捜査官 比嘉可南子 

繁村錦

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CHAPTER3

CHAPTER3

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「関東医療少年院を出たあとの、小林清志の足取りって知っているんですか?」

 立花君に問われた私は、口を噤んだまま、首を横に振った。

「信号、青に変わってるよ」

 私は前方を向いたままで、素っ気なく言う。その直後、後続車がクラクションを鳴らした。

「覆面パトカーにクラクション鳴らすなんて、何考えているんだぁ」

 立花君はバックミラーに映った黒塗りのベンツに文句を言いながら、アクセルを踏み込んだ。

「キミがぼうとしているからでしょ。怒らない怒らない」

 私は宥めるようにいった。

「でも」

 立花君は釈然としないようだ。

「そこで高速に入って」

 と私は、台場料金所を指差した。
 立花君は頷き、覆面を台場料金所へ向けた。
 レインボーブリッジを通過し、高速道路を北西に進み、四十分余りで所沢ICに到着した。その間、私は全く口を開かなかった。時折、立花君の質問に頷いてみたり、首を横に振ったりするだけだった。
 高速をおり、一般道を走る。清瀬市野塩町二丁目付近に差し掛かった辺りで、私は漸く口を開いた。

「取り敢えず小林の自宅を訪ねてみましょう」

「はい」

 立花君はハンドルを右に切り、閑静な家が建ち並ぶ住宅街へ覆面パトカーを進めた。

「確か、あのベージュ色の壁の家」

 私が、道の左側に建つ三階建ての一軒家を指差した。新興住宅地の区画割りの角に建っている一軒を。

「あの屋根が青色の三階建てですね?」

 清志を養子に迎えた小林泰蔵氏は、その三階建ての家に住んでいた。五年前に三十年間連れ添って来た妻を、肺がんで亡くしている。泰蔵氏が吸っていた煙草による受動喫煙が直接の原因だった。妻との間には娘が一人いるが、もう既に嫁いでおり、現在夫と四歳になる息子と三人で千葉県木更津市にいる。娘は、嘗て実母を殺害したという清志を、父が養子に迎えると言った時、当然の如く猛反対した。このことで父娘の間に深い溝が生じ、この数年余り絶縁状態にあった。

「車を左に寄せて、ハザードを出して駐車して」

「分かりました」

 立花君は、指示通り覆面パトカーを左に寄せ、ハザードを出した。エンジンを切る。
 私はドアを開け、先に車から降りた。

「ロック忘れないでね」

 二十メートルほど先の三階建ての住宅へ向かって歩いて行く。
 すると、どこからともなく背広姿の男性が二人現れ、近寄って来た。一人は濃紺の背広を着た三十代前半、もう一人はピンストライプの背広を着た五十代半ば過ぎだった。
 直感で同業者であるとわかった。その所作が、刑事のそれだったからだ。相手が身分を明かす前に、私は警察手帳を提示した。

「本庁捜査一課の比嘉です」

 提示された警察手帳を見て、私の階級を知った若い方の男は一瞬、その顔に畏敬の念を含んだ驚きの表情を作った。警部補という彼女階級を知ったからだ。年配の男が敬礼し、

「東村山中央署刑組課強行犯係の溝添です」

 と名乗った。

「同じく安永です」

 と名乗った若い方の男は、私の右後方に立つ立花君を見て、

「こちらの方は?」

 と訊ねて来た。

「東京湾岸中央署の立花君君。彼、こう見えても階級は私と同じ警部補よ」

 所轄の刑事をちょっと揶揄ってみて、二人の反応を探ってみる。

「えっ? この若さで警部補ってことはもしかして、そのキャリアですか?」

「はい。立花君君はキャリアよ。しかも彼のお父様は、岩手県警本部長」

「今の話、本当ですか?」

「ええ、まあ一応……」

 立花君は、否定することなく小さく頷いた。

「それで、溝添さん。動きは?」

 私は小林家の様子を訊ねる。

「朝から、小林泰蔵氏は一歩も外へは出ておらず、特にこれといって変わったことはありません。恐らく今日は仕事を休むつもりでしょう」

「裏取ったの?」

「裏といわれると、その……?」

 溝添さんは困ったような眼差しを私に向けた。

「泰蔵氏の勤務先の法律事務所に電話して、確認したのかって聞いてんのぉ」

 私は、つい大人気なく声を荒げてしまった。

「ああ」

 溝添さんは理解したように頷き、

「まだ、確認の方は」

 とかぶりを振った。

 内心、使えない野郎だ、と思いつつ私は、

「いいわ、取り敢えず行ってみましょう。行けばわかることだから。まさかね、仮にも弁護士だし、いくら何でも逃亡に手を貸すとは考えられないし」

 と自分の意見を述べた。
 生活道路に面した車庫には、小林の愛車が停められている。メルセデスベンツのCクラスだ。それを横目で見ながら、五段ほどコンクリートの階段を上って行く。二本の門柱に挟まれたステンレス製の格子戸の前に立つ。正面玄関はこの格子戸の奥にある。重厚な金属製のドアだ。敷地の周りはコンクリートで綺麗に整地されている。所々水捌けをよくするため、一センチほどの粒の小石が敷かれており、ブナや南天などの庭木が植えられていた。庭に面したリビングは、遮光カーテンが閉められており、こちらから中を確認することはできなかった。私はそれらを一通り目で追った。

 門柱のインターフォンのボタンを押して、マイクの部分に口を近付ける。

「小林さん、警察の者です」

 反応はなかった。もう一度、

「小林さん、警察の者です」

 と呼び掛けてみる。だが、やはり反応はない。

「溝添さん、裏回ってみて」

 と私は、裏口へ行くよう指示する。
 わかりましたと頷くと、溝添さんは安永さんの肩を叩いた。

「おい、行くぞ」

 所轄の刑事二人の背中を一瞥したあと、私は正面を向き直した。
 立花君が格子戸に手を掛けている。

「無闇に手を掛けちゃ駄目。令状取ってないから、あとで厄介なことになる」

 と注意するが、既に遅かったようだ。

「あれ、開きますよ」

 立花君は格子戸を十センチほど動かしたところで、振り向いた。
 舌打ちしたあと、私は、

「立花君君、駄目でしょ。住居不法侵入とかいわれちゃうよ。何せ相手は人権派の弁護士なんだからさぁ」

 と少し呆れたようにいい、戻ってきなさいと手招きする。
 叱られた所為か、立花君は少しバツ悪そうに頭を掻き、格子戸を閉めた。

「今日のところは出直すとして、取り敢えずご近所の聞き込みをしましょう」

 私は踵を返し、階段をおりた。アスファルトの上に右足をおろした時だった。

「た、大変です。か、比嘉さん、こ、こば、小林……」

 裏口の方を探りに行った東村山中央署の安永さんが戻ってきて、やや興奮気味にいった。

「どうしたの?」

「こば、小林泰蔵が、し、死んでいる……」

 安永は小林邸を指差した。

「死んでるって、どういうこと?」

「腹を引き裂かれた状態で……」

 ここまで喋った途端、安永さんは小林泰蔵の死体を発見した時の様子を思い出したらしく、顔面蒼白になり口に手を当てた。そのまま道路脇の側溝へ行き、しゃがみ込むと嘔吐した。

「腹を引きか裂かれたって、まさか……」

 私は嘔吐する安永さんを他所に、裏口へ向かった。
 自分でも気付かぬうちに駆け足になっていた。
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