捜査一課 猟奇殺人犯捜査官 比嘉可南子 

繁村錦

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CHAPTER 5

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「あの変態野郎。まさか本当に私のオッパイ揉むなんて思ってもみなかった」

 移動中の覆面パトカーの助手席で私は情けない声をあげた。

「でも、よかったじゃないですか。情報屋の名前、教えてもらうことができて」

「よくない。オッパイ揉まれた上に、一万円まで巻きあげられたんだよ。これ、必要経費じゃ落ちないし」

「比嘉さん。そんな情けない顔しないでくださいよ。ほら、もう間もなくですよ」

 ハンドルを握る立花君が、目の前に広がる森を指差した。
 池袋西口公園のヤッさんこと元警察官の藤代靖男から紹介された情報屋が暮らすという井の頭公園が、私の視界に入った。

「及川竜平って、どんな男だろう? どうせ、ヤッさんと同じく、ろくでもない人間なんだろうな」

「その男もハードルが高いんでしょうか?」

「ハードル?」

 私は上擦った声を上げ、鸚鵡返しに訊ねた。

「ええ、ヤッさんがあの調子だと、及川竜平ってかなりヤバそうじゃありませんか」

「ヤバいよね、きっと……」

 私は急に悲しくなり、顔を伏せた。泣きたい気分だ。
 吉祥寺通りを南に進み、三鷹の森ジブリ美術館近くの井の頭公園第二駐車場に覆面パトカーを停めた。

「さあて、及川竜平ってどこにいるだろう。取り敢えずホームレスが固まっている辺りを探ってみましょ」

「西園の方ですか」

 立花君は西園テニスコートの方に顎を向けた。

 ジブリ美術館の横を通り、園テニスコートへ向かう。
 暫く歩くと、前方にベンチに寝転がっているホームレスを数人見付けた。近寄り、一番手前の六十代くらいの男性に声を掛ける。

「あの、ちょっと済みません」

「あんた誰じゃ?」

 ホームレスの老人は寝転がったままで訊ねた。

「警視庁の者です。この公園に及川竜平さんて方が暮らしておられると聞いたのですが?」

 私は警察手帳を提示して、訊ねてみた。

「何じゃ、警察か」

 老人は吐き捨て、顔を背ける。

「あの……、及川竜平さんて方、ご存知ですか?」

 もう一度訊いてみるが、老人は無反応のままだ。

「あの」

「何じゃ、五月蠅い。儂は警察なんぞ大嫌いじゃ」

「あの、話を……」

 私が問い掛けるが、老人はそっぽを向いたままで、決してこちらを見ようとはしない。頑なまでに無視を決め込んでいるようだった。

「次、当たりましょう」

 立花君が諦めるように促した。

「そうね」

 私は頷いた。
 先ほどの老人が寝ていたベンチから、数メートル奥へ進んだ小鳥の森近くのベンチに、東南アジア系の男性が座っていた。この男も、井の頭公園を塒とするホームレスの一人だ。

「あの、日本語分かりますか?」
 と私は優しい口調で声を掛けてみた。

「オオ、僕、日本語分カルヨ。アナタ、一体誰デスカ?」

「警察です」

「警察ッ!?」

 東南アジア系の男性は、私たちの身分を知ると、忽ち驚いた表情となった。スーパーのレジ袋の中に入った私物を大事そうに抱えると、急に立ちあがり走り出した。恐らく密入国者か不法滞在者であろう。
「ちょっと、待って」

 私と立花君は男を追い掛けた。

「待つんだ」

 先に追い付いた立花君が男の右腕を掴んだ。

「離セ。手ヲ離セ。痛イ、暴力イケマセン」

「違うの、落ち着いて、私たちはあなたを捕まえようなんて気は、更々ないの」

「ソノ話、本当デスカ?」

「本当よ。ねえ、あなた。この公園で暮らしている及川竜平と言う日本人知っている?」

 私が訊ねると、東南アジア系の男性はハッとした表情となった。

「知っているのね?」

「ハイ。僕、ヨク知ッテイマス。及川サン、僕ニトテモ親切デス」

「彼、今どこにいるの?」

「及川サン、アッチノ池ノ方ニイル。ブルーシートノテントノ中デ暮ラシテイル。迷彩柄ノ服着テイル人、及川サンネ」

「池の方か……。ありがとう」

 私は東南アジア系の男性にお礼をいい、財布の中から五千円札を抜き取り手渡した。

「これ、少ないけど取っておいて」

「オオォ、アリガトウゴザイマス」

 男と別れて、池の方へ向かって歩き出した。隣を歩く立花君に声を掛ける。

「また青いビニールシートのテントか。ホームレスご用達って感じだね」

「雨風凌げるものだったら何でもいいんじゃないですか。学生時代の友人に、ホームレスの行動を観察していた変わり者がいましてね。その友人の話ですと、彼らの中には夜露を避けるため、公衆トイレで寝る奴もいるそうです」

 立花君は嘲るような口調でいった。

「別にさぁ、そんな話どうでもいいわ。私、ホームレスに興味ないから」

「ですよね」

 池の傍まできて、私は絶句した。

「何よ、これ。ブルーシートだらけじゃない」

「これじゃ、どのテントが、及川の物かわかりませんよ」

 眼前には、大小様々な青いビニールシートのテントが、十数個ほど並んでいた。

「どうする?」

「っていわれても……」

「仕方ないわね、こうしていても何も始まらないでしょ。取り敢えず片っ端から声を掛けてみましょ」

「じゃあ僕は、池の南側を探します」

「それじゃ私は北側ね」

 私たちは、二手に分かれて探すことにした。その方が効率的に捜索できる。
 しかし予想に反して、及川のテントを見付け出すことは簡単ではなかった。一人九つずつ捜索したが、及川らしき人物は発見できなかったのだ。そしてついに最後の一つとなったところで、私は立花君と出くわした。

「どうだった?」
 と私は一応訊ねてみたが、結果は聞くまでもない。

 立花君は、

「駄目です」

 とかぶりを振った。

「これで最後ね」

 私は目の前のテントを指差した。
 立花君は頷いた。だが、結果は目に見えていた。青いビニールシートの両端が、紐で固く結ばれているのだ。一見して明らかにこの中に誰もいないことをそれが物語っているかのようだった。

「済みません。どなたか居られませんか?」

 返事はなかった。やはり誰もいないようだ。

「騙されたか、あの変態野郎に。それとも変な外国人の方か……」

 私は情けない溜め息を吐いた。

 諦めて帰ろうとした時だった。背後に気配を感じ振り返ると、私の真後ろに迷彩服を着た大男が立っていた。身長は百九十センチ近い。

「他人の家の前で何をやっている?」

 男は私を見下ろしながらいった。
 私を睨み付けるその眼は、人を殺したことがある人間だけが持つ独特の輝きを放っていた。
 例えるならそう、あの小林清志のような、人を人とも思わない冷たい輝きだ。
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