捜査一課 猟奇殺人犯捜査官 比嘉可南子 

繁村錦

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CHAPTER 5

9

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 男の威圧感に気圧され、私は不甲斐なく怖気づき後退った。

「はぁ、このビニールシートのテントがあなたの家?」
 
 上擦った声を上げる。

「そうだ、俺の家だ。何か文句あるか?」

 男は私を威嚇するように顔を近付けていう。

「いいえ、そんな文句だなんて」


「あ、あの、もしかしてあなたは……?」

 立花君が男に質問しようとして口を挟んだ。

「何だ、小僧っ!?」

 男は立花君を睨み付けた。

「いいえ、別にその……」

 立花君は、男と視線を合わせないように逸らした。

「おい小僧。男のくせに何なよなよしているんだぁ」

「も、も、もしかしてあなたは、及川竜平さんじゃありませんか……」

「ふん」

 男は鼻先で笑った。

「ああ、確かに俺は及川竜平だ。お前たちのことか、藤代の奴がいっていた男女二人連れの刑事っていうのは?」


「藤代って、あの変態野郎のこと? でも、どうやって連絡とったのぉ?」

「電話に決まってるだろうが」

 といいながら及川は平然とスマホを耳に当てる真似をした。

「電話ってあなた……ホームレスのあなたたちがどうやって携帯電話会社と契約結んだのよ……?」

「お前ら警察は、俺のことを住所不定の無職だと思っているだろう」

「当然よ」

 私は及川を睨み付けた。

 すると、及川は平然と不敵な笑みを浮かべた。

「免許証だってあるぜ、ほらよ」

 財布から免許証を取り出し、私に手渡した。しかも、ご丁寧なことにゴールド免許証だ。

「……何これ、どういうこと? 東京都品川区東品川五丁目○‐○‐○って」

「『品川ハイランドタワー』の二十五階二五〇一号室が俺の現住所だ。本業は情報屋ではない。不動産業だ。『品川ハイランドタワー』以外にも都内に数カ所タワーマンションの部屋を持っている。それを他人に貸しているって訳だ。どうだ、納得したか」

「でも、それなら何でこんなところで生活してるのよ」

「ホームレスの方が俺の性に合っている。ああいったマンションは決まりごとが合って、いちいち煩いからな。で、俺に用があるからここに来たんだろ、小便臭いお嬢ちゃんよ?」

「小便臭いって……」

 私は馬鹿にされたような気分を味わい、思わず顔を顰めた。

「違ったか。あんた確か比嘉可南子っていう名前だったよな。十年ほど前、自分の母親殺したゲス野郎を逮捕した女警さんだろ。知ってるぜ俺、あんたその時小便漏らしたそうじゃねえか」

「……何もそんなこと、人前でいわなくても」

 私は恥ずかしさの余り顔を伏せた。

「あの」

 立花君が口を挟んだ。

「何だ、小僧?」

「僕たちは、その自分の母親殺したゲス野郎の行方を追っていまして……」

「はぁあ? 自分の母親殺したゲス野郎の行方を追ってるだと?」

 及川は眉間に皺を寄せ、険しい表情を作った。

「はい」

「あなた、情報屋でしょ。小林清志の居場所知ってるなら、隠さずに教えてよ」

 私が問うと、及川は瞼を閉じ、低い声で唸った。
 目を開け、真顔で食い入るように私を見詰めた。

「知りたいか?」

「ええ」

 私は頷くと、微かに疑念を抱いたその顔を及川に向けた。

「実をいうと俺も知らない」

 及川はその口許に悪戯な笑みを浮かべた。

「えっ!? そんな」

 私は唖然となった。無駄足だったのかと、憔悴気味になる。

「ただ、関東医療少年院を出たあと、奴が何をやっていたかくらいは知っている」

 及川は自信有り気が表情を作った。

「そのくらい私も知っているわよ。高田馬場のIT専門学校に通っていたんでしょ」

 余りにも間抜けな回答だったらしく、及川は吹き出しそうになった。

「奴は国際窃盗団の一員だった」

「えっ!? 嘘でしょ」

「お前ら警察が知らない情報だ。奴らは所謂半グレ、トクリュウって呼ばれている」

「……ねえ、詳しいこと教えてよ」

「劉禅輝っていう蛇頭の男がリーダーだ。他にベトナムマフィアのグエン・チー・ヒン、フィリピンマフィアのサミエル・セラノ、北朝鮮工作員出身の李正雄などの名があがっている」

 及川は指を折り数えながらいった。

「その連中のアジトってどこなの?」

「さあな……」

 及川は首を振った。

「噂によると八王子辺りって話だぜ」

「八王子っ!?」

 私は素っ頓狂な声をあげた。

「ねえ、比嘉さん。八王子といえば確か小林の実家があった筈」

「ええ、八王子市犬目町よ……」

 私はいうと溜め息を吐いた。

「詳しい情報を掴んだら連絡してやる。だからお前のスマホの番号教えろよ」

「何で私があんたのようなホームレスに教えなきゃいけないのよ」

「まあいいさ、調べりゃ分かることだ。お前のスマホの番号なんて簡単に分かるさ」

「脅迫罪で逮捕してやろうか?」

 私は及川を威嚇するように、ドスの利いた野太い声でいった。

「なあ、女刑事さんよ、マジな話、自分の母親殺したゲス野郎を逮捕したいんじゃないのか。俺は協力してやろうっていってんだよ。その俺に対してその態度はないだろう。素直にスマホの番号教えろよ」

「まあ、あんたのいうことも一理あるわね。私のスマホの番号は教えられないけど、こちらのキャリアの坊やの番号だったら教えてあげてもいいわよ」

「えっ、嘘でしょ!?」

 立花君は鳩が豆鉄砲を食ったような顔でいった。

「この小僧がキャリア? 世も末だ。ふん、まあいいや、小僧の番号でも構わない。早く教えろや」

「わかったわ」

 私は自分のスマホを取り出し、登録してある立花君の番号を及川に教えた。
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