捜査一課 猟奇殺人犯捜査官 比嘉可南子 

繁村錦

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CHAPTER13

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《当大学には、蛭子慎弥などいう助手は在籍しておりません》

 T医科大の女性事務員が素っ気なくいった。

「そんな可笑しい。そちらの大学の『医療心理学平泉研究室』で、平泉先生の助手をしている男性の方なのですが……?」

《ああ、きっとあの女性の方のことね。刑事さん、あなたが仰っている人は?》
「女性……」

 私は上擦った声をあげた。
 何かが可笑しい。直感的に私はそう思った。

「どういうことですか?」

《実はね、あの女性ひと、平泉教授が学生さんたちの教材になるからといってどこかから連れてきた人なの。何でも以前、ある事件で平泉教授が精神鑑定をなさったらしいのですが、何せ、元々は犯罪者でしょ、他の教授の方々は反対なさっていたのですが、まさかこんなことになるとは》

「あの……? その女性の名前、わかりますか」

《そんなこと私に聞かれても困ります》

「そうですか……。お忙しい時に時間を割いて申し訳ありません。ご協力感謝いたします」

 私は一旦電話を切った。
 スマホをバッグにしまうと、沖警部の顔を見てかぶりを振った。

「蛭子慎弥という人物は存在しません。ただ、大学側の話では、殺害された平泉が、教材としてどこかから連れてきた女性が一人存在します。恐らくその女性が、私が蛭子慎弥として認識している人物に違いありません」

「その女性の氏名は?」

「いいえ、わかりません」

「住所は?」

「新宿区佐門町の『メゾン四谷』というアパートだと思います。彼、否、彼女が嘘を吐いていなかったとしたら」

「新宿区佐門町の『メゾン四谷』か。おい、桐畑っ、至急本部に連絡してそのアパートに捜査員を派遣しろ」

「はい。係長っ!」

「比嘉警部補。お前さんはここに立花君と残って、前田先生の検視に付き合え。所轄の捜査員は、この一帯での地取り捜査の方を宜しくお願い致します。我々は二十三区に引き返します」

 沖係長は私に指示を出し、東大和中央署の死体安置室を後にした。
 沖係長が部下を伴い去ったあと、私は憮然として文句を口にした。

「何なの、あの野郎っ。ここに残れって一体どういうこよ。沖の野郎、この私に恨みでもあんのかぁ!?」

 興奮気味の私は、汚い言葉を使い、沖係長の悪口をいって周囲に不満をぶち捲けた。

「……落ち着きましょう。比嘉さん」

 立花君がぼそりといった。

「あんた、よく平気でいられるわね。あんたの彼女が行方不明だっていうのに」

「……平気じゃないです。でも、騒いだっで彼女が戻ってくる訳じゃないし」

「うーん。意外と冷静ね……」

 おとなげない態度をとった自分自身を自嘲するような口調だった。
 突然ドアが開き、鑑識のジャンパーを着た前田沙織警部が現れた。

「廊下まで聞こえたわよ。可南子姫は、お冠みたいね」

「もうっ、遅いですよ前田先生」

「こっちもね身体は一つなの。二時間ほど前、大田区の工場跡地で、女性の変死体が発見されてね。さっき、その検視が終わってすぐこっちの方に駆け付けた訳」

「女性の変死体……この連続事件と関連性は?」

「さあ、私は捜査員じゃないからそんなことわからない。私が興味あるのは死体だけ」

「相変わらず変態チックなこといいますね」

 私は半ば感心し、半ば呆れるように告げた。

「ああ、一つだけいっておくけど、大田区の工場跡地で発見された女性、恐らくこの事件とは関係なさそう」

「そうなんですか」

「うん。でも酷く乱暴された跡はあったわ……可哀想にね」

「意外ですね、先生も被害者に同情なさるんですか?」

「当たり前でしょ。一応私だって警察官なんだから」

「そんなことより、早く検視の方済ましてください。ちゃっちゃと終わらせて私もトンボ帰りしなくっちゃ」

「はいはい。わかりました。じゃあ早速取り掛かるとしますか」

 沙織さんは、両手に手袋を装着した。

「ううん。どれどれ。直接の死因は、腹部を切り裂かれたことによる失血死ね。前の事件と同じように、生きたまま切られている。凶器は、メスか鋭利な刃物。ん?」

 沙織さんが怪訝気味に首を傾げた。

「どうしたんですか、前田先生?」

「心臓があった部分に何かある。何だろうこれ……」

 沙織さんは、平泉の切り裂かれた胸部に右手入れ、その何かを取り出した」

「な、何ですか。それ?」

「見ての通り写真ね……。恐らくチェキかインスタントカメラで撮った写真……女性の顔のようね」

 沙織さんは、ご丁寧なことにビニール袋に包まれたそのインスタント写真を指で摘まんで、私たちに見せた。

「誰、この女性……?」

「前田先生。そんなの私が知ってる筈ないでし……」

 私の声に被せて、立花君が叫んだ。

「優樹菜ぁーっ!?」

「この女性、若しかして行方不明になっているあなたの彼女……?」

 私は立花君の目を見た。キャリア刑事の目に涙が浮かんでいた。

「……そう。残念だけど亡くなっているわ」

 沙織さんが素っ気なくいった。

「どうしてそんな酷いこといえるんですかぁ! まだ死んだって決まってないでしょ!!」

 立花君は興奮して、沙織さんに罵声を浴びせ彼女の胸倉を掴んだ。

「この私がさっき検視したから。残念だけど、この女性ひと、大田区の工場跡で見付かった女性よ」

「優樹菜……優樹菜……。嘘だ。そんな、優樹菜が……」

「立花君君。ちょっとあんた、どこ行くの」

 私は、東大和中央署の死体安置室から出て行こうとする立花君の背中に向かって声を掛けた。キャリア刑事のその後ろ姿はまるで夢遊病者のようであった。
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