捜査一課 猟奇殺人犯捜査官 比嘉可南子 

繁村錦

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CHAPTER14

1

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 祖父江優樹菜の葬儀に出席した数日後、捜査本部が設置された警視庁に立花君が顔を出した。

「久しぶりね。もう大丈夫なの」

「お蔭様で少しは落ち着きました」

「そう、安心したわ」

「それより、今日でしたよね。所轄から本庁の方へ、二階堂恵美の身柄が移されるの」

「ええ、そうよ」

 四谷中央署で、監禁容疑の取り調べが終了すると、二階堂恵美は平泉眞殺害容疑で再逮捕され、警視庁に移送されることが決まった。

「ところで、比嘉さん。愛宕中央署の刑事、やはり依願退職なさるんですね。もう一人の本庁の女性刑事さんは?」

「入院したままよ。主治医の話だと、もう一生正気に戻ることはないそうよ」

 私は悲し気な表情を浮かべ、かぶりを振った。

「二階堂は、否、蛭子慎弥は、僕たちが武蔵村山市中藤にあるログハウスに向かうことを想定して、平泉教授の遺体をあそこに置き、死体の中に優樹菜の写真を隠しておいたということですか」

「多分ね。全部あの女が仕組んだこと。でも、主となる人格は二階堂恵美でもなく蛭子慎弥でもなかった。あの女の中には、もう一人丸目秋穂っていう第三の人格が存在していたのよ」

「丸目秋穂ですか?」

「四谷中央署で彼女の取り調べに当たった人の話によると、恵美の小学生の時の担任らしいの」

「小学生の時の担任? どうしてまた」

「二階堂恵美はその女性から酷く虐められていたみたいで、いつしか恵美の中に丸目秋穂の人格が発生し、藤代さんの妹を強姦した直後、蛭子慎弥の人格が生まれたらしいの」

「連続殺人事件を実行していたのは?」

「……計画立案は、蛭子。実行犯は二階堂。丸目は管理人」

「殺害された平泉先生は、それに気付いていたんですか?」

「多分気付いていたと思うわ。気付いていて彼女を自分の傍に置いた。研究対象として」

「何だか気の毒ですね。わざわざ名刺まで作らせて、自分の助手のように扱っていたのに」

「ある意味、本当に助手のような仕事もしていたのかもね」

「ところで比嘉さん。例のログハウスのトイレの棚に置かれたあのエアープランツに挟まっていた紙切れなんですが、あれ、誰が置いたんでしょうかね?」

「あの紙切れか? 多分、二階堂自身だと思う。誰かに助けを求めたのよ、きっと」

「助け? 被疑者自身が?」

「ええ、蛭子じゃなかった、二階堂恵美は誰かに助けて欲しかったのよ」

 私はいったあと、腕組みをしたまま溜め息を吐いた。

「そういうもんですかね……でも僕は、彼女を一生許すことはできません」

 立花君は私の双眸を凝視したままいった。

「そう……」

 頷くと私は視線を逸らした。
「もうそろそろ警視庁に着く頃だ。行くぞ」

 殺人班四係長の沖警部が、刑事部屋に残り捜査員たちにそれとなく告げた。
 私と立花君は互いの顔を見て頷き合い、腰を上げた。

「先に下へ行ってください。僕、トイレ済ましてからおりますので」

 立花君は不意に尿意を催した旨を私に伝えた。

「そう、じゃあ先におりておくわ」

 私は廊下へ出ると、他の捜査員たちと共にエレベーターホールへ向かった。
 捜査員の一人が、地下一階駐車場のボタンを押した。
 エレベーターを待つ間、

「比嘉警部補。何故、ご自分が二階堂の移送をなさらなかったのですか?」

 と捜査一課庶務担当の女性職員が訊ねた。

「まあ、別に誰だっていいんじゃない」

 私は素っ気なく答えた。

 四谷中央署へ二階堂恵美の身柄を引き取りに向かったのは、私の同僚桐畑さんと彼の部下居村結花子ちゃんと、それぞれの相棒バディだった所轄の捜査員だ。
 身柄を本庁に移送されたあと、取り調べも彼らが行う手筈となった。

「でも、蛭子慎弥こと二階堂恵美が怪しいって最初に気付いたのは、比嘉さんあなたなのに、悔しくないんですか?」

「悔しくはないわ」

 私は口角をピクリと動かした。
 周囲から見ると、鳶に油揚げを攫われた感があったが、正直なところ私自身はさほど気にしてもいなかった。
 実は、沖係長から、

「比嘉君。四谷まで被疑者を引き取りに行って貰えないか? 取り調べもキミの班で頼むよ」

 と前もっていわれたのだが、私はそれを丁重に断った。

「済みません係長。誰か他の者に当たってもらえませんか。立花警部補のことを考えると、とても被疑者の取り調べなどできません。私も藤代さんのようにあの女を襲ってしまいそうで……」

「そうか、そういうことなら仕方がない。桐畑さんにでも頼もう」

「そうしてくれると助かります。ありがとうございます係長」

 立花君がトイレから戻って来る前に、先にエレベーターが到着した。

「……遅いな。若しかして大の方かな」

 などと独り言を呟きつつ、私はエレベーターに乗り込んだ。
 午前八時三十分過ぎ。二階堂恵美を乗せた警視庁の白いワゴン車が、パトカーに先導され地下駐車場に入ってきた。私たち捜査員は、地下駐車場通用口の前で、ワゴン車の到着を出迎えた。
 逮捕された時と同じ、デニムに黒のタンクトップというラフなスタイルで腰縄と手錠を掛けられた二階堂恵美が、居村結花子ちゃんと所轄署の藍原さん藍原さんに伴われ、ワゴン車の後部座席から降ろされた。
 恵美は不敵な笑みを浮かべ、周囲に視線を走らせた。冷酷な瞳がキラリと輝いた。私と視線が合ったのだ。

「刑事さん。ご無沙汰です。あの……、あの方は?」

 恵美は、私の隣に立花君の姿がないことに気付き、質問した。

「私語は慎みなさい」

 結花子ちゃんが制す。

「早く連れて行け」

 と桐畑さんが顎をしゃくって促した。
 その時だった。付近に停まっていた車の影から何者かが飛び出し、恵美に向かって駆け寄って行った。

「た、立花君くんっ!?」

 私は思わず彼の名前を叫んだ。
 立花君は、その両腕に鋭利な刃物を確りと握っていた。殺傷能力の高い軍事用のサバイバルナイフだ。
 立花君は恵美に向かって一直線に駆けて行く。

「あっ!?」

 恵美も殺意を感じたらしく、一瞬身構えた。
 可南子と藍原さんはこの状況が理解できず、その場で立ち尽くし狼狽えていた。
 桐畑さんが、手錠を掛けられた恵美の腕を引っ張り、自分の方へ引き寄せた。

「止めなさい立花君っ!」

 私は、騒然とする周囲の捜査員たちを搔き分け、今まさに恋人の敵を討とうするキャリア刑事の許へ向かった。

「止めなさいーっ!」

 私は、間一髪のところで立花君に体当たりした。
 二人はそのまま弾き飛び、コンクリートの上を転がった。その弾みで、立花君は手からナイフ放した。床に落ちたナイフを、私は足で蹴飛ばし、立花君の手が届かないとこへやった。
 我に戻った捜査員たちが、一斉に立花君に襲い掛かり、彼の身体を抑え込んだ。その間に、恵美は捜査員たちに周りを取り囲まれ、エレベーターへ運ばれた。

 私の耳に、

「放せ、放してくれ」

 という立花君の声と、エレベーターが作動する機械音が届いた。
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