57 / 57
EPILOGUE
EPILOGUE
しおりを挟む
連続殺人犯二階堂恵美を警視庁の地下駐車場で襲った立花純の身柄は、警務部人事第一課監察係に預けられた。一方、恵美は刑事部の入ったフロアにあがると、その階の取調室に入れられ、平泉殺害容疑に関する本格的な取り調べが始まった。
私は沖係長たちと、マジックミラーで隔たれた隣の部屋で、取り調べの様子を見守っていた。
スチールデスクを挟んで、解離性同一性障害と性同一性障害を併発した美しき殺人鬼と強面の男性刑事が対峙した。二人の他に記録係として藍原さんが同席していた。更に、桐畑班の大原という男性刑事も立ち会っていた。
「まずは、本人確認だ。あなたの氏名は?」
「……蛭子慎弥」
「違うだろ。それはあなたの中に居るもう一人のあなたの人格の名前だろう」
桐畑さんは少し苛つきながらいった。
恵美は薄笑いを浮かべた。
「今、僕の表に出ている人格は蛭子慎弥です。尤も刑事さんが仰りたい意味はわかりますけどね。それを理解した上で二階堂恵美ということで記録されて結構ですよ」
恵美は答えたあと、下顎を摩った。
「職業は?」
「二階堂恵美は無職。蛭子慎弥の方は、平泉先生の助手ってところかな。あと丸目秋穂は小学校教師……」
「年齢は?」
「二階堂恵美は三十二歳。蛭子慎弥は三十五歳。丸目秋穂は四十九歳です」
その後、桐畑さんは本籍と現住所を質問した。その解答について恵美は、自分の中にいる三人の人格の分だけ答えた。
その後の取り調べの過程で恵美は、平泉を通じて母親を殺害した小林清志と知り合い、小林の殺人欲望に応えるべく、行動を起こしたと供述した。
第一の事件、保原香澄を強姦して殺害したのは、やはり警察の当初の推理通り小林だった。
ただ、この犯行に恵美が立ち会っていた。REBORNの血文字などの偽装工作の全ては恵美が行ったのだ。
私の予想した通り内臓の一部と子宮、膣などの女性器を殺害現場から持ち去ったのは証拠隠滅のためだった。それを行ったのは恵美だ。しかし、小林のためにやったのではなく、恵美自身が保原香澄の身体に触れてしまい、やむを得ず行わなければならなくなってしまったからだ。
第二の事件、小林泰蔵殺害は、小林の養父泰蔵が、二人の犯行に気づき、口封じのため恵美自身が行った。
第三の事件、遠野真央を殺害したのも小林で、その後始末を前回と同様恵美が行った。
第四の事件、小林清志殺害は、恵美による犯行だった。八王子のマンションの一室で、突如、小林が恵美を襲ってきた。彼女は逆に小林を返り討ちにして、小林が犯行に使用していたサバイバルナイフで彼の身体を引き裂いたのだ。
第五の事件、祖父江優樹菜殺害は、幸せそうな立花君を見ていて不意に殺意が芽生え、彼の一番大切な存在を壊してやりたいと思ったのが、犯行の動機だった。
第六の事件、平泉殺害は恵美自身の手による犯行だった。私の推理通り、トイレの棚のエアープランツに挟まっていた紙切れを置いたのは恵美自身だった。
自らの暴走を誰かに喰いとめて欲しいと彼女の心の奥深くに眠る彼女自身のオリジナルの人格が、助けを求めたのだった。
「恐らく精神鑑定したら、前回の時と同様、刑法第三十九条によって無罪となるだろうな」
取り調べに立ち会っていた松原管理官は、マジックミラーで隔てられた隣の部屋に入ると、開口一番そう言った。
「今の法律のままじゃ、この女は無罪だ」
沖警部はいったあと、管理官の松原管理官をチラリと見た。
松原管理官はやってられないというような素振りを見せ、かぶりを振った。
この部屋の隅で取り調べの様子を窺っていた私も、意味深に頷くと、松原管理官を倣いかぶりを振った。
一瞬、私たちが目を放した隙を衝き、二階堂恵美の中に潜む悪魔が牙を剥いた。
「痛いーっ!」
桐畑さんが自分の指を押さえ、悲痛な叫びをあげた。
恵美は桐畑さんの手からボールペンを奪うため、彼の指を食い千切ったのだ。桐畑さんは、右手の人差し指と中指の二本を、第一関節から失った。
野獣と化した恵美は、食い千切った桐畑さんの指をゴリゴリと噛み砕いたあと、デスクの上に吐き出した。
「不味いや。とても食べられたもんじゃない」
傍で調書の記録を取っていた藍原さんが、呻き声をあげる桐畑さんの許へ行った。
「大丈夫ですか、桐畑警部補っ!?」
その次の瞬間、恵美は藍原さんの両方の眼球にボールペンを突き刺し、彼女から光を奪い取った。
取調室に駆け寄った捜査員によって、恵美は取り押さえられた。
その後、この凶悪犯は、拘束具を装着された。
指を二本失った桐畑さんと、失明した藍原さんは、依願退職して警視庁を去って行った。
地下駐車場で恵美を襲った立花君は、懲戒免職となり、殺人未遂で起訴された。彼の父親で、岩手県警本部長の立花警視長は辞職した。
警視庁を去った桐畑さんに代わり、二階堂恵美の取り調べの担当を行うことになったのは、この私だった。
私は、パイプ椅子を自分の方へ引き寄せると、拘束具を装着された恵美の前に座った。
「本人確認のための質問です。あなたは蛭子慎弥さん、それとも二階堂恵美さん、丸目秋穂さん?」
私は柔らかい口調で優しく声を掛けた。
拘束具を装着された凶悪犯は、満面の笑みを浮かべ、私を見詰めた。
「比嘉さん。また、あなたにお会いできて光栄です……」
(了)
私は沖係長たちと、マジックミラーで隔たれた隣の部屋で、取り調べの様子を見守っていた。
スチールデスクを挟んで、解離性同一性障害と性同一性障害を併発した美しき殺人鬼と強面の男性刑事が対峙した。二人の他に記録係として藍原さんが同席していた。更に、桐畑班の大原という男性刑事も立ち会っていた。
「まずは、本人確認だ。あなたの氏名は?」
「……蛭子慎弥」
「違うだろ。それはあなたの中に居るもう一人のあなたの人格の名前だろう」
桐畑さんは少し苛つきながらいった。
恵美は薄笑いを浮かべた。
「今、僕の表に出ている人格は蛭子慎弥です。尤も刑事さんが仰りたい意味はわかりますけどね。それを理解した上で二階堂恵美ということで記録されて結構ですよ」
恵美は答えたあと、下顎を摩った。
「職業は?」
「二階堂恵美は無職。蛭子慎弥の方は、平泉先生の助手ってところかな。あと丸目秋穂は小学校教師……」
「年齢は?」
「二階堂恵美は三十二歳。蛭子慎弥は三十五歳。丸目秋穂は四十九歳です」
その後、桐畑さんは本籍と現住所を質問した。その解答について恵美は、自分の中にいる三人の人格の分だけ答えた。
その後の取り調べの過程で恵美は、平泉を通じて母親を殺害した小林清志と知り合い、小林の殺人欲望に応えるべく、行動を起こしたと供述した。
第一の事件、保原香澄を強姦して殺害したのは、やはり警察の当初の推理通り小林だった。
ただ、この犯行に恵美が立ち会っていた。REBORNの血文字などの偽装工作の全ては恵美が行ったのだ。
私の予想した通り内臓の一部と子宮、膣などの女性器を殺害現場から持ち去ったのは証拠隠滅のためだった。それを行ったのは恵美だ。しかし、小林のためにやったのではなく、恵美自身が保原香澄の身体に触れてしまい、やむを得ず行わなければならなくなってしまったからだ。
第二の事件、小林泰蔵殺害は、小林の養父泰蔵が、二人の犯行に気づき、口封じのため恵美自身が行った。
第三の事件、遠野真央を殺害したのも小林で、その後始末を前回と同様恵美が行った。
第四の事件、小林清志殺害は、恵美による犯行だった。八王子のマンションの一室で、突如、小林が恵美を襲ってきた。彼女は逆に小林を返り討ちにして、小林が犯行に使用していたサバイバルナイフで彼の身体を引き裂いたのだ。
第五の事件、祖父江優樹菜殺害は、幸せそうな立花君を見ていて不意に殺意が芽生え、彼の一番大切な存在を壊してやりたいと思ったのが、犯行の動機だった。
第六の事件、平泉殺害は恵美自身の手による犯行だった。私の推理通り、トイレの棚のエアープランツに挟まっていた紙切れを置いたのは恵美自身だった。
自らの暴走を誰かに喰いとめて欲しいと彼女の心の奥深くに眠る彼女自身のオリジナルの人格が、助けを求めたのだった。
「恐らく精神鑑定したら、前回の時と同様、刑法第三十九条によって無罪となるだろうな」
取り調べに立ち会っていた松原管理官は、マジックミラーで隔てられた隣の部屋に入ると、開口一番そう言った。
「今の法律のままじゃ、この女は無罪だ」
沖警部はいったあと、管理官の松原管理官をチラリと見た。
松原管理官はやってられないというような素振りを見せ、かぶりを振った。
この部屋の隅で取り調べの様子を窺っていた私も、意味深に頷くと、松原管理官を倣いかぶりを振った。
一瞬、私たちが目を放した隙を衝き、二階堂恵美の中に潜む悪魔が牙を剥いた。
「痛いーっ!」
桐畑さんが自分の指を押さえ、悲痛な叫びをあげた。
恵美は桐畑さんの手からボールペンを奪うため、彼の指を食い千切ったのだ。桐畑さんは、右手の人差し指と中指の二本を、第一関節から失った。
野獣と化した恵美は、食い千切った桐畑さんの指をゴリゴリと噛み砕いたあと、デスクの上に吐き出した。
「不味いや。とても食べられたもんじゃない」
傍で調書の記録を取っていた藍原さんが、呻き声をあげる桐畑さんの許へ行った。
「大丈夫ですか、桐畑警部補っ!?」
その次の瞬間、恵美は藍原さんの両方の眼球にボールペンを突き刺し、彼女から光を奪い取った。
取調室に駆け寄った捜査員によって、恵美は取り押さえられた。
その後、この凶悪犯は、拘束具を装着された。
指を二本失った桐畑さんと、失明した藍原さんは、依願退職して警視庁を去って行った。
地下駐車場で恵美を襲った立花君は、懲戒免職となり、殺人未遂で起訴された。彼の父親で、岩手県警本部長の立花警視長は辞職した。
警視庁を去った桐畑さんに代わり、二階堂恵美の取り調べの担当を行うことになったのは、この私だった。
私は、パイプ椅子を自分の方へ引き寄せると、拘束具を装着された恵美の前に座った。
「本人確認のための質問です。あなたは蛭子慎弥さん、それとも二階堂恵美さん、丸目秋穂さん?」
私は柔らかい口調で優しく声を掛けた。
拘束具を装着された凶悪犯は、満面の笑みを浮かべ、私を見詰めた。
「比嘉さん。また、あなたにお会いできて光栄です……」
(了)
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる