22 / 67
第二章 王宮女官ミリーナ
第21話 ガツンと先制攻撃
しおりを挟む
リフシュタイン侯爵家令嬢アンナローゼと秘密の逢瀬を行っていたジェフリー王太子を見てしまい、思わず大温室から逃げ出してしまったミリーナ。
しかし悲しいかなミリーナは女官であり、つまり昼間の時間は仕事中ということになる。
王太子付きという特別な地位のため、何かやらなければいけない作業なり義務があるわけではないものの、勝手に王宮から抜け出すことは許されなかった。
そもそも既にその身はミリーナ個人の物ではない。
王宮の敷地外に出るには、王太子妃候補として必ず護衛が数名付くことになっている。
それはさておき。
「はぁ……どうしたって落ち込んじゃうわよね……」
ミリーナはため息をつきながらとぼとぼとと行く当てもなく王宮内を歩いていく。
しかしすぐに行く当てもなくなってしまい、ミリーナは仕方なくジェフリー王太子の執務室に戻ってきていた。
隣にあるミリーナ専用の自由に使える待機部屋でイスに座り、背もたれに体重を預けて天井を見上げる。
そうして先ほどの大温室での様子を思い返していたのだが、
「なんだかものすごく腹が立ってきましたわ。気が動転して逃げだしちいましたけど、いっそのこと、あの場で問い詰めてやればよかったのではありませんか?」
わずかに気持ちが落ち着いた今になって改めて考えてみると、今まで嘘をつかれていたことがどうしようもなく腹立たしくなってきたのだ。
やり場のない悲しみとともに、強烈な怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「そうですわ、だいたいどうして私が逃げないといけなかったのしら? 悪いのはジェフリー王太子殿下のほうじゃありませんか。私は散々騙された上に浮気現場を目撃してしまった可哀そうな被害者なのに」
教養を積んだ貴族の子女とはいえ、ミリーナも年頃の女の子である。
自分の前では甘い言葉をささやき情熱的に振る舞いながら、裏でこっそり浮気していたクズ彼氏をとっちめてやろうと思ってしまうのは、これまた自然な感情の発露というものだった。
「もうこうなったら、一度ガツンと言ってやらないと気が済みませんわ。そのためにも綿密に作戦を計画しておきませんと。なにせジェフリー王太子殿下ときたら、頭の回転も口の上手さも人間離れしているんですから」
素直ではあっても決して馬鹿ではないミリーナであっても、そのいかにも誠実で、狂えるほど情熱的な姿にコロッと騙されてしまったのだから。
単に感情に身を任せて怒りを示すだけでは、口八丁手八丁で上手く逃げられてしまうのは明白だった。
ミリーナはなんと言ってジェフリー王太子を問い詰めようかと、あれこれ考えを巡らせ始める。
と、そんな風にミリーナがあれこれ考えていると、何も知らぬジェフリー王太子が戻ってきた。
ジェフリー王太子は少し疲れたような顔をしていたものの、待機部屋にいるミリーナを見るなり顔をほころばせ、両手を広げて抱き着いてこようとしたのだが、
「その汚らわしい手で、私に触れないでいただけませんか」
ミリーナはピシャリと冷たく言ってジェフリー王太子を拒絶した。
(まずはガツンと一発、先制攻撃をお見舞いですわ。ふふっ、子供時代にガキ大将たちを相手に立ちまわっていた頃を思い出しますわね!)
「ミリーナ? 急にどうしたんだい? いったい何をそんなに怒っているんだ?」
ミリーナに着拒――抱き着き拒否――されたジェフリー王太子が、キツネにつままれたような顔をした。
「そんなことは私に聞く前に、まずご自分の胸に聞いてみてはいかがでしょうか? 思い当たることがお有りでしょう?」
「いや、特にそういうものはないが……」
「とぼけるおつもりですか? 今日の午後のことですわ」
「そう言われてもな……」
(な、なんてこと! 信じられませんわ! 事ここに至ってまだ白を切るだなんて、なんて最低な男なのかしら! こんなクズ男が次期国王だなんて、ローエングリン王国もおしまいよ!)
ジェフリー王太子の態度に、ミリーナは貴族の子女として、なにより一人の恋する女として憤慨してしまった。
それはミリーナがジェフリー王太子のことを、それほどまでに好きになってしまっていたということの裏返しだった。
そうであったがゆえに。
その気持ちが裏切られてしまったがゆえに、ミリーナの心は荒ぶる冬の嵐のごとく凍てつき、それに反比例するように怒りのボルテージは噴火直前の火山のように猛烈に高まっていたのだ。
しかし悲しいかなミリーナは女官であり、つまり昼間の時間は仕事中ということになる。
王太子付きという特別な地位のため、何かやらなければいけない作業なり義務があるわけではないものの、勝手に王宮から抜け出すことは許されなかった。
そもそも既にその身はミリーナ個人の物ではない。
王宮の敷地外に出るには、王太子妃候補として必ず護衛が数名付くことになっている。
それはさておき。
「はぁ……どうしたって落ち込んじゃうわよね……」
ミリーナはため息をつきながらとぼとぼとと行く当てもなく王宮内を歩いていく。
しかしすぐに行く当てもなくなってしまい、ミリーナは仕方なくジェフリー王太子の執務室に戻ってきていた。
隣にあるミリーナ専用の自由に使える待機部屋でイスに座り、背もたれに体重を預けて天井を見上げる。
そうして先ほどの大温室での様子を思い返していたのだが、
「なんだかものすごく腹が立ってきましたわ。気が動転して逃げだしちいましたけど、いっそのこと、あの場で問い詰めてやればよかったのではありませんか?」
わずかに気持ちが落ち着いた今になって改めて考えてみると、今まで嘘をつかれていたことがどうしようもなく腹立たしくなってきたのだ。
やり場のない悲しみとともに、強烈な怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「そうですわ、だいたいどうして私が逃げないといけなかったのしら? 悪いのはジェフリー王太子殿下のほうじゃありませんか。私は散々騙された上に浮気現場を目撃してしまった可哀そうな被害者なのに」
教養を積んだ貴族の子女とはいえ、ミリーナも年頃の女の子である。
自分の前では甘い言葉をささやき情熱的に振る舞いながら、裏でこっそり浮気していたクズ彼氏をとっちめてやろうと思ってしまうのは、これまた自然な感情の発露というものだった。
「もうこうなったら、一度ガツンと言ってやらないと気が済みませんわ。そのためにも綿密に作戦を計画しておきませんと。なにせジェフリー王太子殿下ときたら、頭の回転も口の上手さも人間離れしているんですから」
素直ではあっても決して馬鹿ではないミリーナであっても、そのいかにも誠実で、狂えるほど情熱的な姿にコロッと騙されてしまったのだから。
単に感情に身を任せて怒りを示すだけでは、口八丁手八丁で上手く逃げられてしまうのは明白だった。
ミリーナはなんと言ってジェフリー王太子を問い詰めようかと、あれこれ考えを巡らせ始める。
と、そんな風にミリーナがあれこれ考えていると、何も知らぬジェフリー王太子が戻ってきた。
ジェフリー王太子は少し疲れたような顔をしていたものの、待機部屋にいるミリーナを見るなり顔をほころばせ、両手を広げて抱き着いてこようとしたのだが、
「その汚らわしい手で、私に触れないでいただけませんか」
ミリーナはピシャリと冷たく言ってジェフリー王太子を拒絶した。
(まずはガツンと一発、先制攻撃をお見舞いですわ。ふふっ、子供時代にガキ大将たちを相手に立ちまわっていた頃を思い出しますわね!)
「ミリーナ? 急にどうしたんだい? いったい何をそんなに怒っているんだ?」
ミリーナに着拒――抱き着き拒否――されたジェフリー王太子が、キツネにつままれたような顔をした。
「そんなことは私に聞く前に、まずご自分の胸に聞いてみてはいかがでしょうか? 思い当たることがお有りでしょう?」
「いや、特にそういうものはないが……」
「とぼけるおつもりですか? 今日の午後のことですわ」
「そう言われてもな……」
(な、なんてこと! 信じられませんわ! 事ここに至ってまだ白を切るだなんて、なんて最低な男なのかしら! こんなクズ男が次期国王だなんて、ローエングリン王国もおしまいよ!)
ジェフリー王太子の態度に、ミリーナは貴族の子女として、なにより一人の恋する女として憤慨してしまった。
それはミリーナがジェフリー王太子のことを、それほどまでに好きになってしまっていたということの裏返しだった。
そうであったがゆえに。
その気持ちが裏切られてしまったがゆえに、ミリーナの心は荒ぶる冬の嵐のごとく凍てつき、それに反比例するように怒りのボルテージは噴火直前の火山のように猛烈に高まっていたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる