23 / 67
第二章 王宮女官ミリーナ

第22話 完璧な勘違い

しおりを挟む
「そうですか、でしたらはっきりと言って差し上げますわ」

「そうだな、そうしてくれるとありがたい」

(そうしてくれるとありがたいだなんて、なんてまぁ酷い言い様なのかしら! こうなったらもう決定的な証拠を突きつきつけてあげるんですから!)

「では言いましょう。今日の午後、ジェフリー王太子殿下は用事があると私に仰いながら、実は大温室でアンナローゼ様と人目を忍んでこっそりとお会いになっておられましたわよね? 私は大温室の片隅でひしと抱き合う姿をこの目で見たのですから!」

 ミリーナは、ビシッ!とジェフリー王太子の顔に人差し指を突きつけた。

 一国の王太子の顔を指差すなど国家反逆罪レベルで不敬な上に、最近読んだ探偵推理小説の影響を多分に受けていたのだが、今のミリーナはそれに気づかぬほどに神経が高ぶってしまっていた。

 ともあれミリーナはこれ以上ない決定的な証拠を突きつけた――はずだった。

「なんだ、怒っていたのはそのことか」

 しかしジェフリー王太子はというと、ハァと軽く息をつくとホッとしたように言ったのだ。

「ええそうですわ! その口ぶりですと、お認めになるということですわよね? アンナローゼ様と秘密の逢瀬をしていたと、ジェフリー王太子殿下はお認めになるということでよろしいですわね!」

 鬼の首を獲ったと言わんばかりに鼻息も荒く糾弾するミリーナだったが、

「ミリーナ、それは誤解だ。君は大いに考え違いをしている」

 ジェフリー王太子は穏やかな口調で告げる。

「何が誤解だというのですか!」

 その態度にミリーナはさらにカチンと来てしまった。

(事実をここまでつまびらかにされておきながら、自分の非をこうまで認めようとしないなんて。なんて軟弱な男なのかしら! 私はこんな男に惚れそうになってしまっていたなんて――!)

「そうだ、確かに俺は大温室でアンナローゼと会っていた。それは間違いない」
「だったら何が誤解なのでしょうや!」

「事ここに至っては正直に言おう。アンナローゼには申し訳ないが君の誤解を解くのが優先だ。これっきりにするからどうしても最後に2人切で話を聞いて欲しいと、アンナローゼに泣いて懇願されたのだよ」

 しょうがないといった様子で言ったジェフリー王太子の言葉に、

「……え?」

 ミリーナは口をポカーンと開けて固まってしまった。

「俺は君を妻に迎え入れるため、リフシュタイン侯爵家令嬢アンナローゼとの間で持ち上がっていた婚約話をなかったことにした。それは国王や貴族会にも話が通っている正式な決定事項であり、今さら戻ることはあり得ない。だがアンナローゼはどうしても納得がいかないと言って、俺と話をしたいと言ってきたのだ。だから1度だけという約束で2人きりで会った」

「で、ですがお2人で抱き合っておられましたわ……わ、私は確かに、み、見ましたもの……」

「ミリーナを妻にする、よってアンナローゼとは結婚できないと俺は何度も説明したんだ。だがアンナローゼはなかなか聞き入れてはくれず、ついには無理やり俺に抱き着いてきたんだ。もちろんすぐに身体を離したんだが、おそらくミリーナはその一瞬だけしか見ていなんじゃないだろうか」

「えっと、あの……はい、私は2人が抱き合っているのを見て、すぐに逃げるように立ち去りましたから……」

「そうか。仕方がなかったとはいえ、間が悪いところを見せてしまったな。しかもそのせいで君にこんなに辛い思いをさせるだなんて。すまなかったミリーナ、全ては俺が至らなかったせいだ。許して欲しい」

 ジェフリー王太子は真摯な謝罪とともに深々と頭を下げた。

「で、では? つまり? 全部私の勘違い……だったのですか?」

「いいや、誤解を招くようなことをした俺が悪かったのだ。アンナローゼは俺に断られる姿を誰にも見られたくないだろうと思い、変に気を使って君に理由を告げずに大温室で密会した俺が一番悪いのだ。そのせいでミリーナ、君をこうまで悲しませてしまった。心から反省している。許して欲しい、この通りだ」

 ジェフリー王太子がミリーナに向かって再び頭を下げた。

「あ、えっと……悪いのは嫉妬にかられて勝手に勘違いしてしまった私ですので、頭を下げるのはどうかおやめくださいませ……」

 自分の行動がただの勘違いだった上に、ジェフリー王太子が侯爵家令嬢アンナローゼのメンツとプライドを気遣っていたという事実を知り、ミリーナは恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になってしまった。

 もはや当初の威勢は欠片もない。

(こんなにも優しく素敵な男性を疑って糾弾するだなんて、私はなんて愚かなことをしてしまったのかしら……恥ずかしさで穴があったら埋まってしまいたいわ……)
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...