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第二章 王宮女官ミリーナ

第24話 決意と、親愛の呼び名

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「今日だってそうだ。俺はこれまた生まれて初めて女性から糾弾されたのだ。指を差されてああも威勢よく啖呵を切られて文句を言われるなんてことは、初めての経験だった。こんな風に君と出会ってから俺は初めて尽くしで、だから今の俺はとても充実しているんだよ。おかげでこれまでよりも世界が美しく輝いて見える」

「えっとその、確認なんですけど、褒めてくれているんですよね?」

「もちろんさ。君のおかげだ」

「えっとその、ありがとうございます……?」

「きっとこの先もこういうことが形を変えてまた起こるだろう。人間は完璧な生き物ではないからな。俺も、君もだ。だがその時にはまたこうやって言葉を尽くしてその過ちを一緒に正していこうじゃないか」

「ジェフリー王太子殿下……本当にありがとうございます」

 ジェフリー王太子の雲一つない青空のごとき広く澄んだ心に、ミリーナはただただ感動し、そして強く思った。

(なんて素晴らしい男性なのかしら。私もこの素晴らしいお方の隣にあるために、もっともっと清く誠実に頑張らなくては――)

「ではその第一段階として、ミリーナ。俺のことはジェフリーと呼び捨てにしてくれないか?」

「申し訳ありません、そのような不敬なことはさすがにできかねますわ」

「なにも公の場でそうしろと言っているわけじゃないさ。ただこうやって部屋で2人きりの時くらいは、ジェフリー王太子殿下などという堅苦しい呼び名ではなく、ただジェフリーと呼んで欲しいのだ。それもだめか?」

「そういうことであれば構いませんけれど」

「では早速呼んでもらおうか。どうぞ」

「え、今からでしょうか?」

「今は部屋で2人きりだろう? 条件は満たしているはずだが?」

「いえその、それはそうなのですけど……」

「では何が問題なのだ?」

「私にもその……心の準備というものがございますわ」

「なんだそんなことか。俺付きの女官になって最初の仕事がハンナブル王国外交使節団の歓迎セレモニーだったミリーナなら、大したことじゃないだろう」

「あれはやりたくてやったわけではなく、何も知らされぬままにジェフリー王太子殿下が――」

「『ジェフリー王太子殿下』?」

「ん、んんっ……だからその、じぇ、じぇ……」

「『じぇじぇ』?」

「だからその! あれはジェフリーが強引に私を引っ張りだしたからですわ!」

 ミリーナは気恥ずかしい気持ちを必死に心の中から蹴り飛ばして追い出して、その親愛を示す新しい呼び名を口にした。

「……」
 しかしジェフリー王太子はというと、せっかくミリーナが覚悟を決めて読んだというのに、まったく反応を示そうとはしないのだ。

「あ、あの……じぇ、ジェフリー?」

「いやすまん。少し感動してしまい、その感動を心行くまで堪能してしまったのだ。いいものだな、好きな女性から親愛の呼び名で呼ばれるというものは。天空の王者たる鷲を射落としたとしても、これほど嬉しい気持ちになることはないだろう」

 ジェフリー王太子は感極まったように言うとミリーナを引き寄せた。
 そしてそのまま口づけする。

「ぁ……ん……ちゅ……んん……ん……もうジェフリーってば強引なんですから……」

「君が可愛すぎるのがいけないんだよ」

「んっ……ぁ……ん――――」

 とまぁ、大いなる勘違いを経て。
 しかしそれによってさらに絆が深まった2人の口づけは、いつにも増して長く情熱的に続いたのだった――
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