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第四章 リフシュタイン侯爵の陰謀

第51話 リフシュタイン侯爵の陰謀(3)

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「ジェフリー王太子殿下は極めて優秀なお方にあらせられます。しかしいかんせんまだお若い。そのせいで一時の感情に流されてしまって、大局を見誤ろうとしておられるのです」

「それはつまり、ジェフリー王太子は私を大事にするあまりに、戦争を回避するためのもっとも簡単な手段を捨てようとしている、と。あなたはそう仰りたいのですね、リフシュタイン侯爵」

 ミリーナは噛みしめるようにつぶやくと、目を閉じた。
 そして自分のせいで軽んじられ交渉が上手くいかずに焦るジェフリー王太子の姿を、まぶたの裏に思い浮かべる。

 愛する人が自分のせいで、決してしてはいけない大きな過ちを犯そうとしている。
 ミリーナのほほを、一筋の涙が伝った。

 ミリーナも貴族の娘である。
 国に仕え国に奉仕する貴族の家に生まれた者として、自らが為すべきことに思い至ったのだ。
 何よりこれは愛する人のためなのだから。

「心中、お察しいたします。その決断をなされるのは、さぞやお辛いことでしょう」

「いいえ、非があるのはあなたに言われるまで、そうと考え至らなかった浅はかな私ですわ」

 ミリーナのその言葉に、リフシュタイン侯爵はあと一息で押し切れると手ごたえを感じ、最後の手札を切った。

「もちろん身を引いていただけるのであれば、ミリーナ様には最大限の援助をするとお約束しましょう。ジェフリー王太子殿下に居場所を探し出されては元も子もありませんので、王都より遠く離れた辺境の地にお住まいを用意します。今と同じ暮らしとは申しませんが、それなりの暮らしはしていただけるでしょう」

「準備はもう整っているというわけですか。用意周到なのですね、さすがはやり手と言われるリフシュタイン侯爵ですわ」

「この話をミリーナ様にすると決めた以上は、不安や障害をすべて取り除いておくのは当然のことにございます。またミリーナ様だけでなく、ミリーナ様の弟君の将来の面倒をみることもお約束しましょう。弟君が将来王宮にて要職に就くことを今この場で確約いたします」

「私だけでなく弟の面倒まで……本当に用意周到なのですわね、あなたという人は」

「ミリーナ様に大変辛いご決断を迫ろうというのです、当然、私にできる最大限のことをさせていただきます。ですのでどうか、どうかお聞き入れくださいませ。もう絶対に戦争だけは起こしてはならないのです」

 リフシュタイン侯爵は目に涙を溜めながら懇願するように言うと、床に膝をついて平伏した。

 床に額をこすりつけながら、
「なにとぞ、なにとぞ、なにとぞ……」
 と切実な声で、涙ながらにミリーナに訴え続ける。

 それは誰が見ても、国を思い民を思う真の忠臣の姿だった。 

「リフシュタイン侯爵の仰りたいことはよく分かりました。私の置かれている状況も正しく理解しております。ですが少しだけ、少しだけで構いません、考える時間を与えたいただけますでしょうか。気持ちの……心の整理をつけたいのです」

「もちろんですミリーナ様。今すぐ決断というわけにはまいりますまい。ですがあまり長く待つことも難しい状況なのです」

「それも分かっておりますわ。3日……いえ一両日中に答えを出しましょう。それでよろしいですか?」

「もちろんです」

「ではこの場は一旦失礼させていただきますわ」

 ミリーナはそう言うとリフシュタイン侯爵に背を向けた。

 リフシュタイン侯爵に聞かされたことを思い返すだけで心が張り裂けてしまいそうで、今すぐ駆け出して自室に戻りベッドに飛び込んで泣き出したかった。
 けれどミリーナは気丈に振る舞い、背筋をピンと伸ばしたまま優雅な足取りで歩いていく。

 なぜなら今のミリーナは『まだ』王太子妃の候補なのだから。
 ミリーナの一挙手一投足がジェフリー王太子の評価につながるのだから。

 たとえ数日後にはその地位を失ってしまうとしても。
 それでも今はまだ、ミリーナは王太子妃候補のミリーナ=エクリシアなのだから――。

「どうか良いお返事が聞けることを心より願っております」

 その背中にリフシュタイン侯爵の「国を思う切実な声」を聞きながら、ミリーナは執務室を退出した。
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