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第四章 リフシュタイン侯爵の陰謀
第52話 嘲笑
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そんな風に胸が引き裂かれんばかりのミリーナが、しかし気丈な態度で立ち去った途端。
「くっくっく、小娘めが。哀れなものよのぅ、いとも簡単に騙されおってからに」
リフシュタイン侯爵はすぐに立ち上がると、さっきまでの忠臣の姿とは打って変わり、その聖人君子の仮面をかなぐり捨てた下卑た笑いでもってミリーナをあざ笑ったのだ――!
「いやいや、それもこれもこれまでワシが恨みごとの一つも言わずに、ひたすらに忠臣を演じてきたからこそのこと。このワシの言葉でなければ、あの娘がこうもやすやすと騙されることは無かったろうて。いつの世も信頼とは一朝一夕では得られぬものじゃからのぅ」
そう。
リフシュタイン侯爵は薄汚い己の心をずっと隠し、忠実なる家臣の振りをして雌伏の時を過ごしてきたのだ。
最愛の娘であるアンナローゼが歌唱コンテストで2位に貶められた時も。
あと一歩まで進んでいたアンナローゼとジェフリー王太子との婚約話が一方的に破棄されてしまった時も。
アンナローゼが王宮女官で最も端役と言われる保麗女官長にいきなり左遷されてしまった時も。
可愛い可愛いアンナローゼが見るに堪えない酷い仕打ちを受けたその全てで、リフシュタイン侯爵はただの一度も不満の表情すら見せずに、ひたすらに面従腹背で耐え忍んで忠臣の姿を演じ続けてきたのだ。
それもこれもミリーナの信頼を勝ち取って、この日この瞬間に、この壮大なミリーナ排除計画を成功させるために――!
「人間、どれだけ正しい言葉であっても、それが信頼関係のない相手に言われたとあっては決して心に響きはせぬ。じゃがしかし、それとは逆に信頼関係さえしっかりと醸成されておれば、たとえそれがとんでもない大嘘であっても、驚くほどにするりと心に入り込んでしまうものなのじゃよ」
リフシュタイン侯爵は人間心理というものを知り尽くしていた。
そしてミリーナのような普段は警戒心が強く判断能力が高いものの、一度心を許した相手にはとことんガードが甘くなってしまう人間の攻略方法というものも、存分に心得ていたのだ。
(ミリーナのようなタイプは、まずは絶対的な信頼を勝ち取ってからここぞの一度の裏切りで一発で仕留めるのが寛容じゃ。一度こちらの本心を知られてしまえば2度目の裏切りは絶対に効かぬ。何が何でも最初の一太刀で仕留めねばならぬのじゃ)
「じゃが今まで艱難辛苦を耐え忍んできた甲斐あって、首尾は上々よ。あの娘の性格からしてもはや嫌とは言い出すまい。いやそのように己の保身に目が眩むような我がままな娘であれば、むしろこれから王宮内で御しやすいというもの。結局どちらに転んでもワシの手のひらの上で踊るに過ぎんのじゃよ……くく、くくく、わははははははっ!」
ついにリフシュタイン侯爵は堪えきれずに大声で笑い出してしまった。
「ははははははっ! いやはや愉快愉快っ! 愉快すぎて笑いが止まらんわ! 全てはワシの思い描いた通りのシナリオ通りじゃ! まったくもって今日は愉快記念日じゃのぅ! さてと、やれることは全てやった。後はゆっくりと茶でも飲んで、吉報が届くのを待つとしようかのぅ。くっくっく、あーはっはっはっは――っ!」
人払いがされてリフシュタイン侯爵以外に誰もいない執務室に、人の想いを利用し、心を土足で踏みにじる悪魔の笑いが響き渡った――。
「くっくっく、小娘めが。哀れなものよのぅ、いとも簡単に騙されおってからに」
リフシュタイン侯爵はすぐに立ち上がると、さっきまでの忠臣の姿とは打って変わり、その聖人君子の仮面をかなぐり捨てた下卑た笑いでもってミリーナをあざ笑ったのだ――!
「いやいや、それもこれもこれまでワシが恨みごとの一つも言わずに、ひたすらに忠臣を演じてきたからこそのこと。このワシの言葉でなければ、あの娘がこうもやすやすと騙されることは無かったろうて。いつの世も信頼とは一朝一夕では得られぬものじゃからのぅ」
そう。
リフシュタイン侯爵は薄汚い己の心をずっと隠し、忠実なる家臣の振りをして雌伏の時を過ごしてきたのだ。
最愛の娘であるアンナローゼが歌唱コンテストで2位に貶められた時も。
あと一歩まで進んでいたアンナローゼとジェフリー王太子との婚約話が一方的に破棄されてしまった時も。
アンナローゼが王宮女官で最も端役と言われる保麗女官長にいきなり左遷されてしまった時も。
可愛い可愛いアンナローゼが見るに堪えない酷い仕打ちを受けたその全てで、リフシュタイン侯爵はただの一度も不満の表情すら見せずに、ひたすらに面従腹背で耐え忍んで忠臣の姿を演じ続けてきたのだ。
それもこれもミリーナの信頼を勝ち取って、この日この瞬間に、この壮大なミリーナ排除計画を成功させるために――!
「人間、どれだけ正しい言葉であっても、それが信頼関係のない相手に言われたとあっては決して心に響きはせぬ。じゃがしかし、それとは逆に信頼関係さえしっかりと醸成されておれば、たとえそれがとんでもない大嘘であっても、驚くほどにするりと心に入り込んでしまうものなのじゃよ」
リフシュタイン侯爵は人間心理というものを知り尽くしていた。
そしてミリーナのような普段は警戒心が強く判断能力が高いものの、一度心を許した相手にはとことんガードが甘くなってしまう人間の攻略方法というものも、存分に心得ていたのだ。
(ミリーナのようなタイプは、まずは絶対的な信頼を勝ち取ってからここぞの一度の裏切りで一発で仕留めるのが寛容じゃ。一度こちらの本心を知られてしまえば2度目の裏切りは絶対に効かぬ。何が何でも最初の一太刀で仕留めねばならぬのじゃ)
「じゃが今まで艱難辛苦を耐え忍んできた甲斐あって、首尾は上々よ。あの娘の性格からしてもはや嫌とは言い出すまい。いやそのように己の保身に目が眩むような我がままな娘であれば、むしろこれから王宮内で御しやすいというもの。結局どちらに転んでもワシの手のひらの上で踊るに過ぎんのじゃよ……くく、くくく、わははははははっ!」
ついにリフシュタイン侯爵は堪えきれずに大声で笑い出してしまった。
「ははははははっ! いやはや愉快愉快っ! 愉快すぎて笑いが止まらんわ! 全てはワシの思い描いた通りのシナリオ通りじゃ! まったくもって今日は愉快記念日じゃのぅ! さてと、やれることは全てやった。後はゆっくりと茶でも飲んで、吉報が届くのを待つとしようかのぅ。くっくっく、あーはっはっはっは――っ!」
人払いがされてリフシュタイン侯爵以外に誰もいない執務室に、人の想いを利用し、心を土足で踏みにじる悪魔の笑いが響き渡った――。
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