60 / 566
異世界転生 4日目(前編)
第60話 人は城、人は石垣、人は堀――
しおりを挟む
「もうお話は終わりかな、ナイア・ドラクロワ?」
「ああ、待たせて悪かったね、辺境伯」
「なに、最後の審判を前に懺悔の時間を与えるくらい、どうということはない」
後ろにドラゴンが控えているからだろう、余裕綽々といった風の辺境伯に対して、
「なんだ、やっと悔い改める気になったのか?」
煽り文句が思わず口を衝いて出てしまう。
「相変わらず口の減らないガキめ……!」
「セーヤ、ごめん。ちょっと大事な要件があってね。ここからは少し、アタイに話させてもらってもいいかな?」
「おっと、つい……すまん、悪かった」
俺は一歩引くと、二人のやりとりを聞くに徹することにした。
「まったくこれだから教養の足りぬ子供は……! そしてナイア・ドラクロワ、貴様やはり帝都の回し者だったか――!」
「えらく威勢がいいね、辺境伯エフレン・モレノ・ナバーロサリオ。虎の威を借る、いやドラゴンの威を借りてふんぞり返るのは、そんなに楽しいのかな?」
「ああ楽しいさ、楽しいとも。力を振るうということは、実に楽しいことだろう?」
嬉しくってたまらないって顔の辺境伯に対して、ナイアはいたって冷静だ。
「残念ながら、それはアンタの力じゃない。その《王竜の錫杖》の力さ」
「価値観の相違だな。王とは民を、兵を、力を行使する者のことよ。全ては王に使役されるためにあり、その全てが王の力なのだ――!」
「人は城、人は石垣、人は堀――。それが民のためであるならば、王が力を振るうことはなんにも間違っちゃいないね。でも残念ながらあんたは違う。何かに付けては重税を課し、自分の権勢のためにのみ力を振るう。それは――まぎれもない悪だ」
「くくっ、貴様が何を言おうが、王の思想を体現する我の心には響かんなぁ!」
「なにを言ってもいいのならちょうどいい、言わせてもらおうか――」
ナイアはファンサービスするイケメン俳優みたいにカッコよく前髪をかき上げると、いつも以上に背筋を伸ばし胸を張って宣言した――!
「その錫杖は数年前に帝国宝物庫から盗み出された帝国七大秘法の一つ《王竜の錫杖》だ。どうやってアンタが手に入れたかはおいおい尋問するとして、まずはそいつを返してもらおうか」
「何を言い出すかと思えば……せっかく手に入れた我が力を、みすみす返すわけがなかろうが!」
「言葉を慎みな辺境伯。これは聡明で偉大なる皇帝陛下、御自らご命令あそばされた勅命だ。アタイの言葉はそのまま皇帝陛下の御言葉と受け取りな――!」
皇帝の勅命――日本で育った俺ですら、その言葉の持つ重みは理解できる。
しかし――、
「ふっふふ、ふはははははっ! それが! それがどうした?」
辺境伯はそれをばさりと切って捨てたのだ。
「なん……だと……?」
ナイアの眼光が、親の仇を見るかのごとく鋭くなる。
「これがあれば! この《王竜の錫杖》さえあれば我は無敵よ! 皇帝なぞなにするものぞ!」
「……今の言葉、陛下と帝国に対する二心ありと見なさざるを得ないけど?」
「ドラゴンを、伝説の《神焉竜》アレキサンドライトを前にしながらその余裕、本当にイラつく奴よのぅ! いいだろう、今すぐにでも墓の下に送ってやるわ――!」
「そうか、残念だよ辺境伯エフレン・モレノ・ナバーロサリオ。アンタが許しを乞う機会はたった今、永遠に失われた――」
鋭い眼光を飛ばしながら、ナイアが美しい白銀の長槍を構えた。
「どうやら交渉決裂、みたいだな」
さてと、やっと俺の出番だな。
「いい加減こいつにはムカつき尽くしたんで、とっととオシオキしてやらねぇとな」
俺はナイアの隣に並ぶと、
「いつでもいけるぜ――!」
日本刀を正眼に構える。
「くっくくくくっ! では望みどおりにしてやろう――! 崇高なる《神焉竜》アレキサンドライトよ! 神をも喰らうその武威でもって、憐れな虫けらどもに戦慄なる死の祝福を与えたまえ――!」
――それは辺境伯の命令が終わった瞬間だった。
「――――ぎゅふっ」
辺境伯の背後から、《神焉竜》がその凶悪な爪でもって、叩きつけるようにして身体を切り裂いたのは――。
「……かはっ……な、なにが、おきて……」
強大な爪に押しつぶされるようにして倒れた辺境伯は、目を剥いたまますぐに事切れ、そのまま血だまりに沈んでゆく。
「な、《神焉竜》が辺境伯を攻撃した!? でも、一体なんで……?」
俺の疑問に答えたのはもちろんナイアだ。
「……多分なんだけどさ。『憐れな虫けら』の中に辺境伯も含まれていた、ってことじゃないかな」
「な――っ」
「《神焉竜》は辺境伯の命令を、忠実に実行したってことさ……」
「そんな――」
そして一連のあれこれでなによりまずかったのが――、
「なぁナイア……それはそれとしてさ。なんか《《王竜の錫杖》が砕け散っているように見えるんだけれど……?」
「奇遇だね。アタイにもそう見えるよ。どうも辺境伯がやられた時に、一緒に壊されたみたいだね」
視線の先には、もはや原型をとどめていない邪竜を縛るはずの枷の跡――。
「アレが壊れたからそのうち《神焉竜》も消える、みたいなことは?」
「見た感じそんなことはなさそうだね。……はぁ、修復不可能なほどに粉々に砕け散った帝国七大秘宝と、神話に登場する《神焉竜》の出現かぁ……こんなのどうやったら責任取れるのかなぁ……」
……ナイアには悪いんだけど、常に快活で生気あふれるナイアが、遠い目をしてぼやくのを見るのはなんだか新鮮だった。
まぁそれくらい現実離れしすぎた状況ってわけなんだけど。
目の前には支配の頸木から解放され、猛り狂う《神焉竜》がいて――。
「……なぁナイア、これ、どうすんの?」
「……どうしようか?」
「……やばくね?」
「……やばいよねぇ」
「……今から《神焉竜》と戦うってこと?」
「……いやはや、まいったね、たはは……」
「……」
「……」
「グウオオオオオォォォォォォォォォオオオオンンンッッッッ!!」
ドラゴン――《神焉竜》アレキサンドライトの耳をつんざく大咆哮が街中に響き渡る――。
こうして。
俺とナイアのSS級『幻想種』《神焉竜》アレキサンドライトとの戦いが幕を上げたのだった――。
「ああ、待たせて悪かったね、辺境伯」
「なに、最後の審判を前に懺悔の時間を与えるくらい、どうということはない」
後ろにドラゴンが控えているからだろう、余裕綽々といった風の辺境伯に対して、
「なんだ、やっと悔い改める気になったのか?」
煽り文句が思わず口を衝いて出てしまう。
「相変わらず口の減らないガキめ……!」
「セーヤ、ごめん。ちょっと大事な要件があってね。ここからは少し、アタイに話させてもらってもいいかな?」
「おっと、つい……すまん、悪かった」
俺は一歩引くと、二人のやりとりを聞くに徹することにした。
「まったくこれだから教養の足りぬ子供は……! そしてナイア・ドラクロワ、貴様やはり帝都の回し者だったか――!」
「えらく威勢がいいね、辺境伯エフレン・モレノ・ナバーロサリオ。虎の威を借る、いやドラゴンの威を借りてふんぞり返るのは、そんなに楽しいのかな?」
「ああ楽しいさ、楽しいとも。力を振るうということは、実に楽しいことだろう?」
嬉しくってたまらないって顔の辺境伯に対して、ナイアはいたって冷静だ。
「残念ながら、それはアンタの力じゃない。その《王竜の錫杖》の力さ」
「価値観の相違だな。王とは民を、兵を、力を行使する者のことよ。全ては王に使役されるためにあり、その全てが王の力なのだ――!」
「人は城、人は石垣、人は堀――。それが民のためであるならば、王が力を振るうことはなんにも間違っちゃいないね。でも残念ながらあんたは違う。何かに付けては重税を課し、自分の権勢のためにのみ力を振るう。それは――まぎれもない悪だ」
「くくっ、貴様が何を言おうが、王の思想を体現する我の心には響かんなぁ!」
「なにを言ってもいいのならちょうどいい、言わせてもらおうか――」
ナイアはファンサービスするイケメン俳優みたいにカッコよく前髪をかき上げると、いつも以上に背筋を伸ばし胸を張って宣言した――!
「その錫杖は数年前に帝国宝物庫から盗み出された帝国七大秘法の一つ《王竜の錫杖》だ。どうやってアンタが手に入れたかはおいおい尋問するとして、まずはそいつを返してもらおうか」
「何を言い出すかと思えば……せっかく手に入れた我が力を、みすみす返すわけがなかろうが!」
「言葉を慎みな辺境伯。これは聡明で偉大なる皇帝陛下、御自らご命令あそばされた勅命だ。アタイの言葉はそのまま皇帝陛下の御言葉と受け取りな――!」
皇帝の勅命――日本で育った俺ですら、その言葉の持つ重みは理解できる。
しかし――、
「ふっふふ、ふはははははっ! それが! それがどうした?」
辺境伯はそれをばさりと切って捨てたのだ。
「なん……だと……?」
ナイアの眼光が、親の仇を見るかのごとく鋭くなる。
「これがあれば! この《王竜の錫杖》さえあれば我は無敵よ! 皇帝なぞなにするものぞ!」
「……今の言葉、陛下と帝国に対する二心ありと見なさざるを得ないけど?」
「ドラゴンを、伝説の《神焉竜》アレキサンドライトを前にしながらその余裕、本当にイラつく奴よのぅ! いいだろう、今すぐにでも墓の下に送ってやるわ――!」
「そうか、残念だよ辺境伯エフレン・モレノ・ナバーロサリオ。アンタが許しを乞う機会はたった今、永遠に失われた――」
鋭い眼光を飛ばしながら、ナイアが美しい白銀の長槍を構えた。
「どうやら交渉決裂、みたいだな」
さてと、やっと俺の出番だな。
「いい加減こいつにはムカつき尽くしたんで、とっととオシオキしてやらねぇとな」
俺はナイアの隣に並ぶと、
「いつでもいけるぜ――!」
日本刀を正眼に構える。
「くっくくくくっ! では望みどおりにしてやろう――! 崇高なる《神焉竜》アレキサンドライトよ! 神をも喰らうその武威でもって、憐れな虫けらどもに戦慄なる死の祝福を与えたまえ――!」
――それは辺境伯の命令が終わった瞬間だった。
「――――ぎゅふっ」
辺境伯の背後から、《神焉竜》がその凶悪な爪でもって、叩きつけるようにして身体を切り裂いたのは――。
「……かはっ……な、なにが、おきて……」
強大な爪に押しつぶされるようにして倒れた辺境伯は、目を剥いたまますぐに事切れ、そのまま血だまりに沈んでゆく。
「な、《神焉竜》が辺境伯を攻撃した!? でも、一体なんで……?」
俺の疑問に答えたのはもちろんナイアだ。
「……多分なんだけどさ。『憐れな虫けら』の中に辺境伯も含まれていた、ってことじゃないかな」
「な――っ」
「《神焉竜》は辺境伯の命令を、忠実に実行したってことさ……」
「そんな――」
そして一連のあれこれでなによりまずかったのが――、
「なぁナイア……それはそれとしてさ。なんか《《王竜の錫杖》が砕け散っているように見えるんだけれど……?」
「奇遇だね。アタイにもそう見えるよ。どうも辺境伯がやられた時に、一緒に壊されたみたいだね」
視線の先には、もはや原型をとどめていない邪竜を縛るはずの枷の跡――。
「アレが壊れたからそのうち《神焉竜》も消える、みたいなことは?」
「見た感じそんなことはなさそうだね。……はぁ、修復不可能なほどに粉々に砕け散った帝国七大秘宝と、神話に登場する《神焉竜》の出現かぁ……こんなのどうやったら責任取れるのかなぁ……」
……ナイアには悪いんだけど、常に快活で生気あふれるナイアが、遠い目をしてぼやくのを見るのはなんだか新鮮だった。
まぁそれくらい現実離れしすぎた状況ってわけなんだけど。
目の前には支配の頸木から解放され、猛り狂う《神焉竜》がいて――。
「……なぁナイア、これ、どうすんの?」
「……どうしようか?」
「……やばくね?」
「……やばいよねぇ」
「……今から《神焉竜》と戦うってこと?」
「……いやはや、まいったね、たはは……」
「……」
「……」
「グウオオオオオォォォォォォォォォオオオオンンンッッッッ!!」
ドラゴン――《神焉竜》アレキサンドライトの耳をつんざく大咆哮が街中に響き渡る――。
こうして。
俺とナイアのSS級『幻想種』《神焉竜》アレキサンドライトとの戦いが幕を上げたのだった――。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,938
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる