生贄傷物令息は竜人の寵愛で甘く蕩ける

てんつぶ

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湿った男の背中 ※

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 カラヒの側に用意されたメイドは、豹の獣人だった。といっても言葉が通じないためカラヒが彼女と話すことはできないし、メイドもカラヒの言葉は分からない。だが常にニコニコと笑顔で接し、細かい気配りで居心地をよくしてくれる。カラヒが入浴を手伝われたくないと断れば、それ以上強制もしてこない。

 その代わりのように石鹸とタオルを渡し、風呂場の使い方を教えてくれた。カラヒを尊重してくれようとする気持ちが、疲れた心を温かくしてくれる。

 入浴が終わったカラヒの身体には乳液が塗り込まれ、髪の毛には良い匂いのするオイルが付けられた。メイドの手が火傷痕に触れかけ、慌てて手を引っ込めたさせてしまったのは申し訳なかった。だが気遣われているものの、必要以上に哀れまれていないのことは伝わってくる。

 用意された滑らかなシルクのガウンを身にまとい、隣室との壁の前に案内される。室内を出ずに、隣の部屋に行けるのだ。伯爵家もそうであったように、この向こう側が夫婦の寝室といったところなのだろう。

 ノックをしようとして、メイドにやんわりと止められた。エヴィルと同様に、カラヒも隣室の主人だ。ノックは不要だということなのだろう。

 心臓の音がドクドクと耳に響いてうるさい。

「失礼、します」

 扉を開けると、中はカラヒに与えられた部屋よりは多少狭い。だが室内の半分を巨大なベッドに占拠されていた。大きな天蓋に覆われたベッドは既に帳を降ろされ、一部だけが開けられている。そしてそこには本を片手に足を組む人が、一人。

 エヴィルだ。

 カラヒと色違いのゆったりとしたガウンを身にまとい、そこに腰掛けていた。

 隣に置かれたサイドチェストの上には、丸いガラス瓶がある。それに繋がれている細いチューブの口金をエヴィルは口に咥え、吸う。瓶の中に入った水はこぽこぽと音を立てた。

 エヴィルはカラヒの姿を見つけると、フッと目を細めて口から水煙を吐き出す。室内に僅かに漂う甘い匂いは、水煙草の匂いだった。

 エヴィルは水煙草のチューブを瓶に戻す。何も言わないまま脚を組み替え、カラヒに向かって手を伸ばした。来いということなのだろう。カラヒは落ち着かない心臓の辺りをギュッと握り、ゆっくりとエヴィルへと向かう。

 広いといっても室内だ。数歩歩くだけですぐに目的地についてしまう。その手を取るべきか躊躇いながらも手を伸ばした瞬間、エヴィルの腕に抱きしめられた。

「あ、あの」

「いい匂いがする」

 塗り込められた香油か乳液か。確かに品の良い匂いがした。主の好みなのか、それとも本来の番いが好んだ匂いなのか――そこまで考えて、カラヒは首を横に振った。もういない誰かと比べてるなど不毛なことだ。身代わりだったらなんだというのか。

 生贄に捧げられた身で生かしてもらえた挙げ句、好待遇を受けているのだから気にするべきではない。危機から助けてもらった恩を返すためにも、全て受け入れるべきだ。

 カラヒはそう考え直し、自分を落ち着かせようと小さく息を吸った。

 抱きしめる筋肉質な背中に腕を回し、ギュッと抱きしめ返した。それが合図かのように、頭を支えられたままゆっくりと寝台に押し倒される。

「カラヒ」

 甘く響く低音に名前を呼ばれ、その整った顔が近づいてくる。口づけをされるのだ。

 首筋に熱い手のひらが触れ、ガウンが肩へと落とされる。カラヒはきつく目を閉じた。目を瞑っていればきっとすぐに終わる。そう思うのに。

「いやです……ッ」

 頭と身体は裏腹で、気が付けば迫るエヴィルの胸を押し返していた。

 珍しく僅かに目を見張るエヴィルよりも、一番驚いていたのはカラヒ自身だった。番いになってほしいと願われて、喜んで引き受けたのはカラヒなのに。

 男に抱かれたいと思ったことなど人生で一度もなかったが、エヴィルがそれを望むなら差し出してもいいと考えていたはずだ。

 それなのに。

 ――かつて本当に愛した番いがいた。

 ただその事実が、ひたすらにカラヒの心を沈ませるのだ。

「あ、あの……ごめ……ッ」

 神竜に命を救われ、生贄として彼の番いになると決意した。それなのにどうして拒絶してしまったのか。自分の行動に戸惑い、ともすれば泣き出しそうなカラヒの冷たい手に、エヴィルの大きな両手が柔らかく触れる。

「こうして触れるのは、嫌か」

 カラヒは緩く首を横に振った。それは嫌ではない。本当に、嫌ではないのだ。

 それなのに性的な接触だと思った途端、口づけすら拒絶してしまった。それくらい、幼い恋人たちですら戯れで行うというのに。

 自己嫌悪とこれから与えられるであろう罰に、カラヒの身体はブルリと大きく震えた。だがカラヒに触れる手は熱いままだ。

「では口づけは、しない。約束する」

「あ……」

 思わず溢れてしまったカラヒの声には、明らかに落胆の色があった。

 口づけを拒否したはずの本人が、しないと宣言されて喜ぶどころか未練に思っている。そこに何かの答えがありそうなのに、カラヒはそれを自分が至らないせいでエヴィルに気を遣わせてしまったと考えてしまう。

「すみませ、あの僕……それ以外なら! 他はちゃんと、できます! なんでも、しますから……!」

 だからどうかここに置いてほしい。

 必死に追いすがる姿は滑稽かもしれない。どうしてそう思ってしまうのか分からないまま、心はずっとグチャグチャだ。だがせめて、他のことで役にたちたい。身を乗り出すカラヒの姿は、どこか痛ましくも見えた。

 そんなカラヒをエヴィルは座ったまま静かに抱きしめる。首筋に男の吐息が触れる。

「いいのか」

「も、もちろん」

「おれはこれを、カラヒの中に挿入したい。それは許せるか?」

 エヴィルがカラヒの手を取り、自らの身体の中央に引き寄せた。カラヒの手のひらに、ガウン越しの巨大な熱塊がズシリと置かれる。既に滾っていたエヴィルの欲望は、カラヒを泣きそうな気持ちにさせた。

 怖いのではない。恐ろしいわけでもない。

 かつて何度も男から肉欲を孕んだ視線をよこされたが、そこに嫌悪以外の感情を抱いたことはない。それなのになぜか、エヴィルが自分を抱きたいと思ってくれることが嬉しかった。

 自分で興奮してくれていることが嬉しかったのだ。

 あの日、助けてくれた恩に対してカラヒが返せるものはなにもない。だから偽りの番いとしてだろうと、求めてくれるのならばこの身体くらい、明け渡したい。

 この気持ちがなんなのか分からないまま、カラヒは自分の疑問に蓋をした。

「エヴィルが、したいなら僕は」

 手の中で熱塊がピクリと震えた。それと同じくらい、エヴィルの視線が熱っぽい。まるでこの寝台の中だけなら、自分は彼の本物の番いになれるかのようだった。自分は彼の番いになりたいのだろうか――カラヒは自分の気持ちに向き合えないまま、小さく震える腕をエヴィルの首に回した。

 豪奢な寝台が、軋む。

 カラヒの心臓は痛いくらい鳴り響く。それは緊張からくるものなのか、はたまた期待を孕んでいるものなのかは分からない。ただ何も言わず、ジッと自分を見つめてくる蜂蜜色の瞳から目が離せないでいた。

 再び降ってくると思われたエヴィルの唇は、正しい場所からずれ頬へと落とされる。先ほどの宣言通り、唇に口づけはしない。

 チュ、と軽い音が耳元で聞こえて身体が震えた。それは不安からではなく、耳元で鳴った音に僅かな快感を拾ってしまったからだが、エヴィルはそうとは思わなかったようだ。

 自嘲するように小さく息を吐いたエヴィルは、カラヒの隣にごろりと寝転がった。

「今夜はなにもしない。安心しろ」

「え」

 思わず身体を起こすと、エヴィルは自分の頭の下に腕を敷き、瞼を閉じていた。初夜はこれで終了だと告げるような態度に、カラヒの気持ちは沈む。生娘のように怯えるカラヒに、興を削いでしまったのかもしれない。見放されたのだろうか、嫌われたのだろうか。その想像で頭からつま先まで一瞬で血の気が引く。

「昨晩のように、抱きしめて眠るのはいいか」

 しかしうっすらと目を開けたエヴィルは、甘い声音でそう問いかけてくる。 

「え。え、はい。それなら」

 まだ嫌われたわけではなさそうだ。緊張が解けたカラヒの身体を、エヴィルはその胸に抱き寄せる。カラヒが叶えてあげられるのは、この程度のことしかないのかと落ち込んだ。もっと経験豊富であれば、積極性があれば、もっとエヴィルを喜ばせられたのに。

 そんなことを思いながらも、口づけすら許さないのが今の自分だ。番いという立場を主張するのも烏滸がましく、生贄以下だろう。

 それなのにカラヒを抱き寄せる男の手は優しい。優しすぎて、なにもできない自分が惨めになる。

「苦しくないか」

「……はい」

 正確に言うならば、苦しい。胸の辺りはざわざわと落ち着きなく騒ぎ立て、それでいてエヴィルの声や体温を感じると、その辺りが締め付けられるようで呼吸がしづらい。

 それでいて、身体に乗せられる男の腕の重みは心地良かった。この人を離したくないと、カラヒは強く思う。

 それから腹に当たる、硬い熱塊。

 カラヒは少し考え、それから勇気を振り絞る。それからガウンをかき分けて直接エヴィルの熱塊に触れた。片手が回りきらない程の太さに一瞬躊躇するが、思い切ってそれを握り込んだ。

「あの、よかったらこれ、僕が」

 顔を上げると、エヴィルの顔が至近距離にあった。よくできた彫像のようなその目元が、少し赤く染まってえも言われぬ色気が足されている。

「あ……」

「カラヒがしてくれるのか」

「は、はい……ッ」

 欲を孕んだ低い声が、カラヒの耳朶を震わせる。静かな声だが少し上擦っていた。熱い吐息がカラヒの首筋に触れるたびに、くすぐったいようなゾワゾワとした感覚が這い上がる。

 エヴィルがガウンをはだけると、その厚みのある身体が露わになった。カラヒは無意識に喉を鳴らした。

 おずおずと伸ばした手で、直接エヴィルの陰茎に触れた。下生えの中から反り返るそれは、ハッとするほど熱い。ドクドクと脈打つ太い血管の感触が、手のひらに伝わってきた。

「握って、自分でするみたいにしてくれるか」

「は、い」

 自慰の経験がないわけではないが、この美しい男もカラヒと同じように自慰をするのかと思うと妙に興奮した。両手でその太い陰茎を握り、拙い動きで段差を上下に擦ると、エヴィルに頭を撫でられた。

「上手だ」

 ベッドの中で詰めた息を吐く同性に、どうしてこんなにも気分が高揚してしまうのだろうか。先端からぬるりとした液体が零れる。垂れたその体液がカラヒの指先に触れて湿った音を立てる。それがエヴィルが高まってきているからだと、カラヒも同じ男なので理解しているが、なぜ自分の股間まで熱を帯びてくるのか理解が追いつかなかった。

 下肢から聞こえるくちゅくちゅという粘ついた音と、耳元に吹きかけられる小さな吐息がカラヒをおかしくさせているのかもしれない。

 そして無意識に腰が揺れているカラヒを、エヴィルは見逃してくれなかった。

 大きな手が、カラヒの反り返った陰茎を掴んだ。

「ンッ」

「嫌じゃなければ、おれにもさせてほしい。カラヒに触れたい」

 熱に浮かされたようなエヴィルの瞳の中に、同じような顔をしたカラヒが映る。他人に初めて触れられたそこは、いたずらに爪で甘く引っかかれて腰が震えた。

「いやじゃ、ないです……。僕も、し、してほしい」

 言うなり、顔中にエヴィルに唇が落ちた。恐らく口づけをしたいのだろうが堪えているのだ。それからカラヒの陰茎を握り込んだ大きな手が上下に動き、指先が先端を刺激していく。

「あ、あ……っ」

 強烈な快楽に腰が勝手に動いた。もっと、もっとと言うようにはしたなく腰を突き出してしまう。それに応えるようにエヴィルの手は、淫らな動きでカラヒを追い詰める。

 エヴィルの陰茎を緩く握るだけになっていたカラヒの手に、本人の手が重なった。カラヒの手を包むようにして自分の肉欲を扱きあげるその力強さと遠慮のなさに、クラクラした。

「カラヒ……」

「ふ、うっ、んくっ」

 掠れた声で、吐息混じりに名を呼ばれる。いたる所に落ちてくるその唇が、カラヒの唇にだけは触れてこない。カラヒが拒絶したせいだと分かっているが、それが無性に寂しかった。こんなにも近くにいるのに、遠くに感じる。少しでも近くにありたくて、カラヒはエヴィルの首筋に歯を立てた。

 その瞬間、カラヒの身体がベッドに押さえつけられる。

 どうしたのかと考える間もなく、両脚を抱え上げられその間にエヴィルの身体が滑り込む。まさかこのまま抱かれるのだろうかと、恐れと期待がカラヒの身体の中を渦巻いた。

「擦るだけだ。嫌がることはしない」

「ンッ」

 抱えられた両脚の間、カラヒの陰茎の上にエヴィルの剛直が重ねられた。濡れたふたつのそれを擦るように、エヴィルの腰が動き出す。カラヒの腹の上に置かれた二本の竿の上から、エヴィルの大きな手によって押さえつけられる。

「あ、あっ」

 まるで本当に抱かれているようだった。カラヒの肉付きの薄い腹の上にかかる圧力が、ズクズクと腹の奥を飢えさせる。今ですら気持ちがいいのに、抱かれてしまったらどうなってしまうのか。獣のように腰を打ち付けるエヴィルに、本当に抱かれてみたいだ――そんなことを考えてしまう。

「んっ、う、あ……っ! エヴィルさま、すみま、あ……っ! 出る、出る……っ」

「待て。もう少し、……っ、う」

 先にカラヒが、それから少し遅れてエヴィルが射精した。先端からドクドクと溢れる白濁はカラヒの白い腹を濡らす。カラヒよりも量が多いエヴィルのそれは、薄い腹の凹凸に沿ってシーツまで流れ落ちた。

 眉を寄せ、射精の快楽に耐えるエヴィルの表情を見ているだけで、カラヒは腹の奥が疼くようだった。

 荒い吐息のエヴィルが、カラヒのこめかみに口づけた。やはりもう、唇にはしてくれない。自分のせいだとはいえ、それを寂しく思う。カラヒから口づけたら、エヴィルはどう思うだろうか。今更だと拒絶されはしないだろうが、再び自分が無意識に彼を否定してしまったらと思うと、それもできない。

「カラヒ……」

 掠れた男の声が自分の名前を呼ぶ。それだけでこんなにも心が揺れる。本当の番いであればもっと、幸せな気持ちで身体を重ねられたのだろうか。

 湿った男の背中に手のひらを這わせ、カラヒはただ、唇を噛んだ。
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