異世界でひとりぼっちのSub ~拾ったDomを育てたら執着されてしまいました~

てんつぶ

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元・大魔法使いの今

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 すっかり日が昇る時間が遅くなったというのに、鳥たちは今朝も騒がしく鳴いていた。
 太い幹をした広葉樹の葉が重なり合う。その合間を朝日が差し込み、その日差しを浴びて小さな木が少しずつ育っていく。
 常緑広葉樹が多いこの森の中では、植物たちですら日々淘汰されている。日の光を求めて上へ上へと育っていき、それを得られなかったものは土へと還っていくのだ。
 自分の為だけに一人で整備した散歩道を歩きながら、ヨウスケはその植物の淘汰を自分の事のように感じた。
(俺もこの森でひっそり死ぬのかもしれない)
 常態化した浅い眠りから目覚めた足取りは今日も重く、ヨウスケは手ぬぐいを握り締めてフラフラと歩いた。
 雪こそまだ降らないがいつ降ってもおかしくないこの季節、既に冷たい土の感触を踏みしめる。
 柔らかい革で作られたヨウスケの靴は、この国では上等なものだ。だが足裏に直接土の温度が伝わるせいか、残念ながらヨウスケにとっては安い靴扱いをされていた。ヨウスケの思う良い靴は、底にしっかり厚みがあって足全体をホールドしてくれるものだ。滑り止めが付いているゴム底のスニーカー、革靴ならソールの反り返りが柔らかく、安定しているものが好ましい。
 だがそのヨウスケの思うどちらも、この世界には無い。結局この世界での一流革職人が作ったサンダルのような靴だろうと、彼の欲しい靴では無い。
 靴に限った事では無い、この世界では、ヨウスケの求めるもの全てが足りていない。
 爽やかな朝の木漏れ日を抜けて、ヨウスケは家の裏にある泉へたどり着いた。ほんの小さな泉だが、覗き込むと地面から硬水が湧き出ているのが見える。細かな砂を押し上げて、ポコポコと動くその流れは見ていて飽きないものがある。
「はは……ひでぇ顔」
 ヨウスケは水面に写された自分の顔を見て片頬を上げた。肌もカサカサで、まだ二十二だというのに慢性的な隈が酷い。顔立ちは悪くは無いと思うが、黒髪黒目で童顔な彼は一般的には地味と言われる容貌だ。
 背も高くなく、かといって取り立てて低い訳でもない。日本ではやや高い方だったはずの百七十五センチの身長は、この世界では平均より少しだけ低い程度だった。
「は……。きっついわコレ。魔法が無ければ詰んでたな」
 そう独りごちるヨウスケは、二年前までごく一般的な日本の大学生として暮らしていた。大学デビューをしようと浮かれていた十八の春先に、この国――ヴィアンシュ王国に魔法使いとして召喚されている。
 そしてその背景を抜いたヨウスケはただの平凡な男だ。――ただの一点を除いて。
「ん……抑制効果はまだ大丈夫だな。魔力は……はは、常時発動させてっからかな、相変わらずカッスカス。しゃーねぇか……Domなんていねぇもんな、抑えるしかねぇ」
 ヨウスケはSubと呼ばれる属性を持っている。現代日本では市民権を得ている、男女の垣根を超えた性――ダイナミクスだ。SubとDomは二人で一つであり、Domは命令を与え世話をし、Subはそれに従う事でお互いが生きる喜びを感じられる。
 その代わりそれが叶わない場合は、今のヨウスケと同じようにDomでもSubでも体調を崩し心身が不安定になってしまうのだ。
 眠れない、食欲がない、イライラして――落ち着かない。
「はあ……もうちょい強めにかけとくか。魔力結構使うんだよな」
 ヨウスケは自分自身に、Sub性を抑える為の魔法をかけていた。ダイナミクスによって、健康を損なうことのない様に。だがその魔法すら、本能的な渇望を完全に押さえ込むことは出来ず、日々浅い眠りと不安感の中で生きている。
 練り出された魔法が、手のひらから淡い光となって零れた。そしてそれがスウとヨウスケの中に吸い込まれて、残った光もどこかに霧散する。
「これで、よしっと」
 DomとSubは日本でも百人に一人いるかどうかだ。それがこの異世界では、男女以外の性が存在しないと知った時には絶望した。
 プレイと呼ばれるDomとSubのやりとりでしか、この不安感は解消できないからだ。
 今この世界で存在するSubは、ヨウスケただ一人。つまりこの体調不良は自分一人で抑えるしか無い。
「日本でSubって診断された途端こっち来たしなあ。まあ、プレイを知らないのはよかったのかも。魔法カッスカスだけど、マジで便利ぃ」
 かつてヨウスケは大魔法使と呼ばれていた。そしてその強大な異世界人の魔力をもって『呪怨』と呼ばれる瘴気を封じたことがある。だがその魔力を使いすぎた反動か、今はもう残り滓程度しか残っていない。
 そしてその微々たる魔力を自分の為だけに使っているヨウスケは、もう魔法使いを名乗っていない。
 ヨウスケはその冷たい水を両手で掬い、顔を洗った。手ぬぐいで荒っぽく拭い、気合を入れる。入れなければ一日をダラダラと過ごしてしまいそうだからだ。
「っしゃ! やるぞ……!」
 パチンと両手で頬を叩き、勢いよく立ち上がった。
 冬が近いのだ。冬支度のために、準備がいる。王都とは違うこの森の中で暮らすと決めたからには、今年ものんびりしている場合ではない。
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