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命令と拒絶
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月に一度運ばれてくるのは、この森の中では手に入らない日用品や調味料だ。双子がやってくるまでは、城のお抱え魔法使いが物資だけこちらに寄越してくれていたが、半年前からはヴィー自らが持って来てくれるようになっていた。
実際の所ヨウスケは、この森に越してきても意固地になって、この物資すら受け取らなかった。今こうして素直に貰うようになったのは、エダールの存在が大きい。
大人一人が世捨て人の様に暮らすことは出来ても、子供をその環境に巻き込むことはできないからだ。ヴィーに頭を下げたのは丁度三年前。一度途切れた交流が再開されたのは、その時期からだ。
「それで、今回は何持って来てくれたんだ? 頼んでたやつはあるか?」
「ああ、そうだねぇ。リィア、ドゥア。どこに置いてる~?」
自ら、と言っても勿論持ち運ぶのはこの王ではない。
「はい、ヴィー様。あの小屋の前に置いております」
「リィア、あれは小屋ではなく家だと何度言ったらわかるんですか。平民にとってあれは家なんですよ」
「それは失礼。納屋かと思っておりました」
懲りない双子は変わらず口が悪い。隣で無言のまま笑顔を貼り付けている王の背中を、ヨウスケは軽く叩いた。気にしていないと伝えるように。
この国は身分差別が酷く、今まさにヴィーが改革していこうと四苦八苦しているのだ。こんな子供の悪口は、可愛いものである。そう思えるようになっただけ、自分も年を取ったのだろうかとヨウスケは苦笑した。
「ほんとお前らなぁ……ったく。でもまあ、今月もありがとな」
懐かしいヴィーに会えるのも、この双子がいるお陰だ。ヨウスケは自分よりも背の高い双子の頭をクシャクシャと撫でた。もちろんそれは、その双子によって無慈悲に振り払われるが。
そしてそれにムッとするのは、ヨウスケの家族であるエダールだ。
「ヨウスケ、俺も撫でてくれ」
「は?」
「双子を撫でただろう。俺だって撫でられたい」
「はあ?」
意味の分からない主張で、手ぬぐいを被った頭をグリグリとすり寄せられる。
何を張り合っているのだろうか、エダールの行動が理解出来ないヨウスケは、呆気にとられたままどう対応するべきか困惑が続く。こんな風にエダールが甘えて来た事はかつてなかった。頭を撫でるくらいはなんとでもできるが、どちらかというとドライだと思っていた養い子の変わりようにヨウスケは戸惑った。
周囲の目が、お前らは何をやっているんだとありありと伝わってくる。
「な、おま、はあ?」
撫でて欲しいなら撫でるが、今このタイミングで要求されるか? ヨウスケが明らかに引いていても、エダールはお構いなしだ。
「いいだろう。『撫でてくれ』ヨウスケ」
「――っ、コマンド……っ」
まさかこんなしょうもないことでコマンドを使われるとは思わなかった。いくらDomからの命令とは言え、もちろん拒絶することも出来る。だけどSubとしてヨウスケの本能はエダールに従いたいと思っている。だが大人としてのプライドと理性がそれを良しとしない。
こんな衆人環視の元で命令を――プレイを受け入れる事に抵抗があった。
ヨウスケは自分を見つめてくるエダールの身体を、強く押し返した。その拍子に、エダールの頭に巻いた手ぬぐいがずれる。
「エダール? きみ、その頭は――」
ヴィーが小さく呟いた。だがその呟きは、ヨウスケの叫びでかき消される。
「やめ、っろ! こんな所で……!」
Domの命令に反するのは、Subにとって不本意であり不安な事だ。
だがヨウスケは、昔ながらの友人とその付き人である年下の子供達の前で、自分の性をオープンに出来るほど開放的な性格では無い。その結果、エダールの下した命令への拒絶に繋がった。
だがその命令不履行は、思わぬ変化をヨウスケに与えた。
「……っ!? な、んだ……、これ……」
ヨウスケは身体の奥から湧き上がる、言いようのない不安感に襲われた。自分に何の価値も無い、存在すら許されないような人間になったような気分だった。グラグラと足元が揺れ、立っているのも難しい。
「ヨウスケ……? どうした」
「どうしたんだい~? ヨウスケは具合が悪いのかい?」
耳の中に入ってくる複数の声が、ぐわんぐわんと頭の中で反響するようだ。それは音として聞こえてきても、その意味を理解するには至らない。
「……っ、は、これが……サブドロップ……?」
胸元を押さえながら、ヨウスケは呻いた。
――サブドロップ。命令に従ったにも関わらずDomが褒めなかったりした際や、Domの意にそぐわない行動をしてしまったSubに起きる、要は副反応のようなものだ。
今まではヨウスケの管理下で、エダールに命令させていた。そしてエダール自身も、ヨウスケが聞き入れられるような些細な命令しかしてこなかった。
撫でてくれという命令だって、恐らく二人きりであればヨウスケは安易に聞き入れただろう。エダールもこの程度の命令を拒絶されるとは思わなかったはずだ。
初めて我が身で知るサブドロップが、こんなにも辛いものだとヨウスケは知らなかったのだ。知っていたらイヤイヤでも、エダールの頭を撫でただろう。
「う、あ……っ」
「ヨウスケ……!」
足がぐらつきしゃがみ込みかけた身体を、エダールは難なく支えた。カタカタと小さく震えるヨウスケを、エダールは不安そうな顔で見つめる。こんなヨウスケは初めて見たのだ。
「ヨウスケ……?」
「ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
抱きしめるエダールにしがみ付き、ヨウスケは必死に謝罪した。顔は真っ白になり、その瞳の焦点は揺れている。
「ヨウスケ? 大丈夫かい?」
「――『触るな』」
「っ」
手を伸ばしてきたヴィーを、エダールは牽制した。ヴィーはDomでもSubでもない、ただの人間だ。それでも言葉に宿るDomの命令は強烈で、王として生きるヴィーすら気圧される。
「エダール、きみは……。いや、いい。今はヨウスケだね。君に任せても大丈夫かい?」
「ああ」
「それなら僕たちは一度戻るよ。また連絡する」
いくら友人とは言え、なんのもてなしも出来ないまま国王を帰すのはマナー違反だろう。だがエダールにとって最優先するべきは、腕の中で正気を失ったヨウスケのケアであり、またヴィーもそれが第一だと判断したようだ。
「リィア、ドゥア。すまないが魔法陣を展開してくれないか。城に戻ろう」
「御意」
双子の魔法使いは両手を空に掲げた。何も無い空間に輝く小さな魔法陣が現われ、そしてそれはグンと大きさを増す。
「それじゃあ、お大事に」
「ああ……すまない」
珍しく素直に謝るエダールに驚きながら、ヴィーはヒラヒラと手を振った。ヨウスケを抱き上げ自宅へと向かう青年の後ろ姿をじっと見る。
「ヴィー様、あいつひょっとして」
「ヴィー様、それが本当であれば大変な事です」
双子もそれに気がついてしまった。もう見ない振りは出来なさそうだとヴィーはため息をつく。
「分かってる。……城に戻って一度調べよう」
展開された魔法陣に身を包みながら、ヴィーはこれから変化するであろう友人の境遇を憂いたのだった。
実際の所ヨウスケは、この森に越してきても意固地になって、この物資すら受け取らなかった。今こうして素直に貰うようになったのは、エダールの存在が大きい。
大人一人が世捨て人の様に暮らすことは出来ても、子供をその環境に巻き込むことはできないからだ。ヴィーに頭を下げたのは丁度三年前。一度途切れた交流が再開されたのは、その時期からだ。
「それで、今回は何持って来てくれたんだ? 頼んでたやつはあるか?」
「ああ、そうだねぇ。リィア、ドゥア。どこに置いてる~?」
自ら、と言っても勿論持ち運ぶのはこの王ではない。
「はい、ヴィー様。あの小屋の前に置いております」
「リィア、あれは小屋ではなく家だと何度言ったらわかるんですか。平民にとってあれは家なんですよ」
「それは失礼。納屋かと思っておりました」
懲りない双子は変わらず口が悪い。隣で無言のまま笑顔を貼り付けている王の背中を、ヨウスケは軽く叩いた。気にしていないと伝えるように。
この国は身分差別が酷く、今まさにヴィーが改革していこうと四苦八苦しているのだ。こんな子供の悪口は、可愛いものである。そう思えるようになっただけ、自分も年を取ったのだろうかとヨウスケは苦笑した。
「ほんとお前らなぁ……ったく。でもまあ、今月もありがとな」
懐かしいヴィーに会えるのも、この双子がいるお陰だ。ヨウスケは自分よりも背の高い双子の頭をクシャクシャと撫でた。もちろんそれは、その双子によって無慈悲に振り払われるが。
そしてそれにムッとするのは、ヨウスケの家族であるエダールだ。
「ヨウスケ、俺も撫でてくれ」
「は?」
「双子を撫でただろう。俺だって撫でられたい」
「はあ?」
意味の分からない主張で、手ぬぐいを被った頭をグリグリとすり寄せられる。
何を張り合っているのだろうか、エダールの行動が理解出来ないヨウスケは、呆気にとられたままどう対応するべきか困惑が続く。こんな風にエダールが甘えて来た事はかつてなかった。頭を撫でるくらいはなんとでもできるが、どちらかというとドライだと思っていた養い子の変わりようにヨウスケは戸惑った。
周囲の目が、お前らは何をやっているんだとありありと伝わってくる。
「な、おま、はあ?」
撫でて欲しいなら撫でるが、今このタイミングで要求されるか? ヨウスケが明らかに引いていても、エダールはお構いなしだ。
「いいだろう。『撫でてくれ』ヨウスケ」
「――っ、コマンド……っ」
まさかこんなしょうもないことでコマンドを使われるとは思わなかった。いくらDomからの命令とは言え、もちろん拒絶することも出来る。だけどSubとしてヨウスケの本能はエダールに従いたいと思っている。だが大人としてのプライドと理性がそれを良しとしない。
こんな衆人環視の元で命令を――プレイを受け入れる事に抵抗があった。
ヨウスケは自分を見つめてくるエダールの身体を、強く押し返した。その拍子に、エダールの頭に巻いた手ぬぐいがずれる。
「エダール? きみ、その頭は――」
ヴィーが小さく呟いた。だがその呟きは、ヨウスケの叫びでかき消される。
「やめ、っろ! こんな所で……!」
Domの命令に反するのは、Subにとって不本意であり不安な事だ。
だがヨウスケは、昔ながらの友人とその付き人である年下の子供達の前で、自分の性をオープンに出来るほど開放的な性格では無い。その結果、エダールの下した命令への拒絶に繋がった。
だがその命令不履行は、思わぬ変化をヨウスケに与えた。
「……っ!? な、んだ……、これ……」
ヨウスケは身体の奥から湧き上がる、言いようのない不安感に襲われた。自分に何の価値も無い、存在すら許されないような人間になったような気分だった。グラグラと足元が揺れ、立っているのも難しい。
「ヨウスケ……? どうした」
「どうしたんだい~? ヨウスケは具合が悪いのかい?」
耳の中に入ってくる複数の声が、ぐわんぐわんと頭の中で反響するようだ。それは音として聞こえてきても、その意味を理解するには至らない。
「……っ、は、これが……サブドロップ……?」
胸元を押さえながら、ヨウスケは呻いた。
――サブドロップ。命令に従ったにも関わらずDomが褒めなかったりした際や、Domの意にそぐわない行動をしてしまったSubに起きる、要は副反応のようなものだ。
今まではヨウスケの管理下で、エダールに命令させていた。そしてエダール自身も、ヨウスケが聞き入れられるような些細な命令しかしてこなかった。
撫でてくれという命令だって、恐らく二人きりであればヨウスケは安易に聞き入れただろう。エダールもこの程度の命令を拒絶されるとは思わなかったはずだ。
初めて我が身で知るサブドロップが、こんなにも辛いものだとヨウスケは知らなかったのだ。知っていたらイヤイヤでも、エダールの頭を撫でただろう。
「う、あ……っ」
「ヨウスケ……!」
足がぐらつきしゃがみ込みかけた身体を、エダールは難なく支えた。カタカタと小さく震えるヨウスケを、エダールは不安そうな顔で見つめる。こんなヨウスケは初めて見たのだ。
「ヨウスケ……?」
「ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい……っ」
抱きしめるエダールにしがみ付き、ヨウスケは必死に謝罪した。顔は真っ白になり、その瞳の焦点は揺れている。
「ヨウスケ? 大丈夫かい?」
「――『触るな』」
「っ」
手を伸ばしてきたヴィーを、エダールは牽制した。ヴィーはDomでもSubでもない、ただの人間だ。それでも言葉に宿るDomの命令は強烈で、王として生きるヴィーすら気圧される。
「エダール、きみは……。いや、いい。今はヨウスケだね。君に任せても大丈夫かい?」
「ああ」
「それなら僕たちは一度戻るよ。また連絡する」
いくら友人とは言え、なんのもてなしも出来ないまま国王を帰すのはマナー違反だろう。だがエダールにとって最優先するべきは、腕の中で正気を失ったヨウスケのケアであり、またヴィーもそれが第一だと判断したようだ。
「リィア、ドゥア。すまないが魔法陣を展開してくれないか。城に戻ろう」
「御意」
双子の魔法使いは両手を空に掲げた。何も無い空間に輝く小さな魔法陣が現われ、そしてそれはグンと大きさを増す。
「それじゃあ、お大事に」
「ああ……すまない」
珍しく素直に謝るエダールに驚きながら、ヴィーはヒラヒラと手を振った。ヨウスケを抱き上げ自宅へと向かう青年の後ろ姿をじっと見る。
「ヴィー様、あいつひょっとして」
「ヴィー様、それが本当であれば大変な事です」
双子もそれに気がついてしまった。もう見ない振りは出来なさそうだとヴィーはため息をつく。
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