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ヴィーの本音
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エダールが神子だった。百五十年に一度現われると言う、獣の耳を付けた子供。本来であればその外見の子が生れた際、国民は国に報告する義務があるという。そして神殿で育てられ、発生した瘴気を封じる。
しかしエダールの母親は身寄りの無い田舎の娘だったという。我が子と引き離される事を案じて、その耳を隠して育てていたとヴィーは言っていた。僅かな時間でそれだけのことを調べ上げたヴィーは、流石国王だと言えるだろう。いや、以前からの疑いを確信に変えただけだったのかもしれない。
「そんで? エダールが神子だって話は分かった。あの獣の耳はこの世界でも特殊だっつー事は理解してたしな」
だからこそ、ヨウスケ以外には隠していた。友人であるヴィーにすら秘密にしていたのだ。そこにはエダールを偏見の目に晒したくないという、養い親としての建前があった。
ヴィーは穏やかに微笑む。普段こそ態度は崩しているが、ヨウスケの目の前にいるのは、末席ながら王族として生まれ、その弱い立場にありながらこの国の王の椅子を手に入れた男だ。
「ヨウスケ。単刀直入に言うよ。エダールを神殿に預けて欲しい」
(まあ、そうだろうな)
ヨウスケは、すっかり冷めたお茶を啜った。そして少しだけ目を瞑り、あれこれと考える。エダールを失うことで出る自分の損益と、自分から離れる事で得られるエダールの利益。
神子としての名声、立場、未来。それらとただ老いて小さく死ぬしかない、異世界の元大魔法使いのヨウスケ。
その二つは、誰がどう見ても天秤に掛けるまでもない。
ヨウスケはカップをテーブルに置き、細く長いため息をついた。
「エダールに害が及ぶことは無いか?」
「うん。それは大丈夫。大司教からは、代々の神子は神殿で大切に保護している、と聞いているよ。俗世からは離れるけれど、何不自由なく生活できると」
不便な森の中と違って。ヨウスケには言外にそう含みを感じた。
「望めば結婚だってできるんだって。家族の生活は神殿が保証してくれるし、悪くないと思うよ」
そう聞いて、ヨウスケは胸が痛んだ。男の自分では、エダールの望む家族を作ってやることはできない。いくら彼を求めていようが、DomとSubであれ、愛とプレイはまた別の話で――ヨウスケはそう考えた瞬間、自分の思いつきにハッとした。
(エダールから感じる好意はひょっとして、ダイナミクスに引っ張られているだけなんじゃ)
自分の気持ちは疑うことは無い。エダールが愛おしい、大切だ、その感情に嘘偽りはなく、好意は肉欲を伴う愛へと変化しつつある。
だが、エダールはどうだろうか。思春期に拾われ、ほぼ二人きりの生活の中で、Subである自分と暮らした結果が今のエダールではないだろうか。
つまりエダールが寄せている好意はただのDom性からくる刷り込みで、選択肢を失ったあの閉鎖的な生活の賜物なのだ。
「……そっか……」
異世界でたった一人のSub(おれ)、だけどDom(エダール)は違うのだ。この世界で生れた、神子として崇められる尊い存在。
ヨウスケは、膝の上できつく拳を握った。
「ねえ、ヨウスケ。こんな事を言うのは野暮かもしれないんだけど……あの子とそういう関係になってないよね?」
「そういう……ってなんだよ」
ヴィーの意図は分かるものの、あえてヨウスケはとぼけた回答をした。どこまでを指しているのか分からないし、何を目的にしているのか探るべきだと判断したからだ。
「こっちに来たばかりの頃、言ってたでしょう。命令されたい……なんだっけ、サブとかいう体質なんだって。そういうのに、あの子を付き合わせてないよね?」
その言葉に、ヨウスケは身を固くする。
確かに召喚されてしばらく経った旅の途中で、ダイナミクスについて話をした記憶がある。日本では男女の区分と同じように、DomとSubという性別があるのだと言う事を。
そしてこの世界にはそういった人間は存在しないと聞かされて、絶望したのもその時だった。
体調を崩すヨウスケに、ヴィーは親身になって話を聞いてくれた。
魔法で抑制してはどうかと提案してくれたのもヴィーで、それが効果があった事も事実だ。
だが。
「ヨウスケがそういった趣味なのは分かってるけど、もしそういった相手が欲しいなら、加虐趣味の人間を見繕う。だからエダールを手放してくれないだろうか」
お願いだよ、と頭を下げる王に、大人しく後ろに立っていたドゥアは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。ヴィーの問いかけは確信的だ。そしてそれは正解でもあるし間違いでもある。だけどDomとSubの関係を受け入れて貰う難しさは、地球の歴史が物語っていた。
「趣味……。ヴィーは俺の性別を、ただの趣味だと思ってたんだ? 虐げられたいだけの、変態だと?」
DomであれSubであれ、それは性の一つであり本能という欲求だ。だが確かに過去の日本でも、こういった偏見の目は多かったと聞く。努力すれば治る病気だと言われた時期もあった。
「君を蔑んでる訳じゃないよ。だけどそういう遊びに、神子を付き合わせるのはどうかなって思ってるんだ。そうだろう?」
――遊び。
ヨウスケの身体の柔らかい部分が、大事な友人の言葉によって深くえぐられる。良くも悪くも日本でも、そして異世界という森の中でも偏見の目に晒されていなかったのだ。
じっと見つめるヴィーの瞳は、まっすぐだ。自分の意見が間違っているはずがない、そう確信している人間の瞳だった。
「……分かった。ただ一点だけ条件がある」
しかしエダールの母親は身寄りの無い田舎の娘だったという。我が子と引き離される事を案じて、その耳を隠して育てていたとヴィーは言っていた。僅かな時間でそれだけのことを調べ上げたヴィーは、流石国王だと言えるだろう。いや、以前からの疑いを確信に変えただけだったのかもしれない。
「そんで? エダールが神子だって話は分かった。あの獣の耳はこの世界でも特殊だっつー事は理解してたしな」
だからこそ、ヨウスケ以外には隠していた。友人であるヴィーにすら秘密にしていたのだ。そこにはエダールを偏見の目に晒したくないという、養い親としての建前があった。
ヴィーは穏やかに微笑む。普段こそ態度は崩しているが、ヨウスケの目の前にいるのは、末席ながら王族として生まれ、その弱い立場にありながらこの国の王の椅子を手に入れた男だ。
「ヨウスケ。単刀直入に言うよ。エダールを神殿に預けて欲しい」
(まあ、そうだろうな)
ヨウスケは、すっかり冷めたお茶を啜った。そして少しだけ目を瞑り、あれこれと考える。エダールを失うことで出る自分の損益と、自分から離れる事で得られるエダールの利益。
神子としての名声、立場、未来。それらとただ老いて小さく死ぬしかない、異世界の元大魔法使いのヨウスケ。
その二つは、誰がどう見ても天秤に掛けるまでもない。
ヨウスケはカップをテーブルに置き、細く長いため息をついた。
「エダールに害が及ぶことは無いか?」
「うん。それは大丈夫。大司教からは、代々の神子は神殿で大切に保護している、と聞いているよ。俗世からは離れるけれど、何不自由なく生活できると」
不便な森の中と違って。ヨウスケには言外にそう含みを感じた。
「望めば結婚だってできるんだって。家族の生活は神殿が保証してくれるし、悪くないと思うよ」
そう聞いて、ヨウスケは胸が痛んだ。男の自分では、エダールの望む家族を作ってやることはできない。いくら彼を求めていようが、DomとSubであれ、愛とプレイはまた別の話で――ヨウスケはそう考えた瞬間、自分の思いつきにハッとした。
(エダールから感じる好意はひょっとして、ダイナミクスに引っ張られているだけなんじゃ)
自分の気持ちは疑うことは無い。エダールが愛おしい、大切だ、その感情に嘘偽りはなく、好意は肉欲を伴う愛へと変化しつつある。
だが、エダールはどうだろうか。思春期に拾われ、ほぼ二人きりの生活の中で、Subである自分と暮らした結果が今のエダールではないだろうか。
つまりエダールが寄せている好意はただのDom性からくる刷り込みで、選択肢を失ったあの閉鎖的な生活の賜物なのだ。
「……そっか……」
異世界でたった一人のSub(おれ)、だけどDom(エダール)は違うのだ。この世界で生れた、神子として崇められる尊い存在。
ヨウスケは、膝の上できつく拳を握った。
「ねえ、ヨウスケ。こんな事を言うのは野暮かもしれないんだけど……あの子とそういう関係になってないよね?」
「そういう……ってなんだよ」
ヴィーの意図は分かるものの、あえてヨウスケはとぼけた回答をした。どこまでを指しているのか分からないし、何を目的にしているのか探るべきだと判断したからだ。
「こっちに来たばかりの頃、言ってたでしょう。命令されたい……なんだっけ、サブとかいう体質なんだって。そういうのに、あの子を付き合わせてないよね?」
その言葉に、ヨウスケは身を固くする。
確かに召喚されてしばらく経った旅の途中で、ダイナミクスについて話をした記憶がある。日本では男女の区分と同じように、DomとSubという性別があるのだと言う事を。
そしてこの世界にはそういった人間は存在しないと聞かされて、絶望したのもその時だった。
体調を崩すヨウスケに、ヴィーは親身になって話を聞いてくれた。
魔法で抑制してはどうかと提案してくれたのもヴィーで、それが効果があった事も事実だ。
だが。
「ヨウスケがそういった趣味なのは分かってるけど、もしそういった相手が欲しいなら、加虐趣味の人間を見繕う。だからエダールを手放してくれないだろうか」
お願いだよ、と頭を下げる王に、大人しく後ろに立っていたドゥアは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。ヴィーの問いかけは確信的だ。そしてそれは正解でもあるし間違いでもある。だけどDomとSubの関係を受け入れて貰う難しさは、地球の歴史が物語っていた。
「趣味……。ヴィーは俺の性別を、ただの趣味だと思ってたんだ? 虐げられたいだけの、変態だと?」
DomであれSubであれ、それは性の一つであり本能という欲求だ。だが確かに過去の日本でも、こういった偏見の目は多かったと聞く。努力すれば治る病気だと言われた時期もあった。
「君を蔑んでる訳じゃないよ。だけどそういう遊びに、神子を付き合わせるのはどうかなって思ってるんだ。そうだろう?」
――遊び。
ヨウスケの身体の柔らかい部分が、大事な友人の言葉によって深くえぐられる。良くも悪くも日本でも、そして異世界という森の中でも偏見の目に晒されていなかったのだ。
じっと見つめるヴィーの瞳は、まっすぐだ。自分の意見が間違っているはずがない、そう確信している人間の瞳だった。
「……分かった。ただ一点だけ条件がある」
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